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リアクション
●Listen to the call of the wild
空京の街。
灰色の建築物の間を縫うようにして、灰色の服をまとって歩く。
歩道もすべて灰色。橋や、標識も灰色。
常に灰色の空にはお似合いともいえるが、モノクロ映画を観ているようでもあった。音らしい音がほとんどないので、無声映画と言っても通りそうだ。
通りにはゴミ一つ落ちていない。厳しい規制によって、あらゆる住民にゴミの投棄が禁じられているためだ。ゴミの不法投棄によって政治犯と認定されエデンに送られた者もあるというから、単なる禁止事項とみなすことはできないだろう。
これ以上なく清潔で、これ以上なく静謐。アルコール飲料や煙草など存在しない。公害物質もない。争いがあればその当事者を全員(どちらが悪いということではなく無差別に全員!)エデンに収監するという総督府の方針が奏功して、犯罪はおろか諍い一つない。
これが総督府のいう『理想郷』こと現在の空京なのである。
ハンチング帽を目深に被って、歩くその人物はジェイコブ・バウアーだった。
――いつ訪れても心が、寒々しくなる場所だ。
そんなことを考える余裕ができたのは、彼が空京側の内通者……つまりスカサハ・オイフェウスとの接触に成功し、彼女が開発したある装置を手にすることができたためだろうか。
端的に言えば、これは無効化装置だった。能力制御プレートの。
能力制御プレート、これをクランジはしばしば用いる。外見は板状だ。中央に丸い穴が開いており、取り付け時は中央から二分割して、穴の部分を首の前後に当てて填める。一度填めてしまうと二度と外れない。少なくとも常人の力では不可能だ。
その名の通りパネルには、対象の能力を制限する力があった。
逮捕時に契約者やそのパートナーの首にこれを取り付け、スキルをはじめとするあらゆる特殊能力を奪うのだ。とくに契約者への影響は大きい。パネルを取り付けられると契約者となったときに手にした高い運動能力もなくなり、常人並みかそれ以下の存在になってしまう。
エデンの囚人はすべて、このパネルを足枷の代わりにつけられている。
スカサハが開発したのはこのパネルを無力化する装置だという。ジェイコブがこれを知らされたのは今日、スカサハと接触したときだった。スカサハと定例連絡をとったときに渡されたのである。
「秘密が漏れるのを防ぐため、完成するまで黙っていたであります」
スカサハはそう言って、ジェイコブに装置をしっかりと握らせた。
「どうか……ヌーメーニアー様にこれを渡してほしいであります」
わかった、と約束して、ジェイコブが彼女の元を離れたのが一時間前である。
外部から空京への侵入は非常に困難だ。空京から出るのにも同様の困難を伴う。
今回の潜入では、空京の最新警備体制(しばしば変更される)を調べ、このような思いがけない『戦利品』も手にした。
――なんとしても無事、街を脱さねばならない。
その気負いが、態度に表れたのだろうか。
「停止して下さい」
密かに出入り口としてきた地下道の入口まで近づいたところで、ジェイコブは背後から呼び止められていた。
合成音声だ。女性の声に近いが、無感情で気味の悪い声だった。
「当方は空京の警ら機、『B003XFV7W4』、です。市民の方、お忙しいところお手数をおかけし申し訳ありませんが、所持品の検査をさせて下さい」
口調が異様なほど丁寧な一方で、有無を言わせぬ様子で量産型クランジが近づいてくる。通常の電磁鞭に加えショックガンを装備したタイプ、この街と同じく灰色の姿だ。
偽の身分証は作成している。言い逃れの話なら複数用意して来た。
――だが、『装置』は……!
発見されれば愉快なことにはならないだろう。
一瞬で倒せればいいが、武器もない現在の状態で戦闘になれば、たちまちほうぼうから、津波のように大量に量産機が登場するに違いない。
一か八か。
振り向くとジェイコブは両手を挙げた。
「どういう意図ですか……?」
予想外の行動にクランジは弱い……聞いていた通りだ。
「行け!」
ジェイコブは懐から、吉兆の鷹を取り出した。
鷹は彼の忠実なペットだ。両翼を畳み小さくなって隠れていたのだ。雄雄しき鳥は彼のかけ声に応じ両翼を広げ、素早く空に舞った。
「頼むぞ!」
装置は鷹の足にくくりつけてある。簡単な説明もしたためておいた。
鷹は鋭く一声を放つと灰色の空に飛び立つ。
同時にジェイコブも身を翻して街に逃げ込む。これでお尋ね者決定だ。どこまで逃げられるかわからないが、今は自分の身より、装置の安全こそを願おう……!
背後で銃声が轟いた。例の『B003XFV7W4』号か、それとも別のクランジか。いずれにせよ鷹を狙って撃ったのだ。確かめている暇はなかった。
――命中していないものと信じたい。
ジェイコブは奔った。
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