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リアクション
●thrak attack
ルカルカ・ルーの、
シリウス・バイナリスタの、
そして七枷陣の、
表情が変わると同時に、放送の『声』は止んでしまった。
もはやエデン内が無秩序な状態にあることは隠しようがない。
爆発音、揺れ、鳴り止まぬ警報、怒号……そういったものが聞こえるのだ。しかもさまざまな方角から。エデン内に複数の侵入者があること、解放された囚人が蜂起していることが露呈している。そればかりか、はるか下方ながら地上に眼を転じれば、空京に騒動が発生していることすら明白であった。
「人手が足りないようだね」
ゼータに呼びかけるように、サビク・オルタナティヴが言った。
「ここらあたりの量産型をそちらに回したらどうかな?」
もちろん皮肉だ。ゼータがこの場所の兵力を動かせないのはわかっている。この場所にはどうしてもレジスタンス本体、つまりシリウスらを制圧できるだけの数が必要だろう。
量産型クランジが何十体も、彼らの前にたちはだかっている。
狭い場所なので『ひしめきあう』と呼んでもさしつかえあるまい。といっても熱気らしいものは皆無だ。彼女らは整然と、ただそこに配備されただけといった様子であった。
少女型ではあれどただの人形、目に瞳はなく、鼻はただ存在しているだけで唇も開くことはない。髪の毛がないことも、その無機質さを際立たせている。
しかし量産型が戦闘準備に入っていることはわかっていた。号令が下るや否、彼女らは一斉行動に移るだろう。
「しかし長くは保つまいな」
と言ったのは仲瀬磁楠だった。
「この場所に能力制御装置が敷かれ、それが俺たちレジスタンスのスキルや力を封じているのは事実だろう。だがこの分では、いずれエデンは陥落する」
磁楠の言葉に刺激されたか、どこかに設置されたスピーカーを通してゼータの苦々しげな言葉が聞こえた。
「エデンを……明け渡せというのかい?」
「そういうこと」
リーズ・ディライドが身を乗り出していた。
「ボクって結構、悪あがきするほうなんだよね。でもさ、ゼータ、キミってそういうの嫌いなほうなんじゃない? 下手に粘らず、すっぱり諦めるのも美学だと思うけど?」
それより離れた場所。
「イイ加減すっパり諦めタラどうダ?」
運命の双子、クシーとオミクロンの戦いには決着がつこうとしていた。
オミクロンは肩を損傷して床に座り込み、これをクシーが見おろす格好となっている。オミクロンの黒髪が乱れ、着衣がやぶれ剥き出しになった肩にかかっていた。周辺の量産機はすべて、鉄屑へと帰していた。
「SIS、そレはアンタの本当のボディじゃナなイんだろ? 急造のスペアパーツ? Aren’t U?」
負けたのも無理はない――そう言いたげなオミクロンである。
だけど加減するつもりはない――そうも言いたげだった。
「アンタを殺スのはアタシの役目だ。妹のよしみデ止めテやルよ、ソのFxxKin’な愚行ヲ」
「……愚行を働いているお前のほうだ……私がどれほど……!」
「Alright、もウ話すナ。ドウセ水かケ論ってヤツだ」
クシーは右手の剣を振り上げた。
「もう終わらせよう。コれがアタシ流っテね。That’s how I roll」
このときオミクロンは、義手でないほうの手でクシーの膝をつかんだ。
「WTF?(ハァ?) 今さラ命乞いしテも……」
クシーはそれを無視しようとした。
されどすぐに、無視できないということを理解した。
「……!?」
クシーの膝が燃えている。赤い火が上がっている。
オミクロンの手が高熱を発したのだ。その手はまるで火炎の塊だった。高熱はクシーの足首を燃やし尽くす勢いで高まっている。
「ヒートハンド……!」
その能力の名前をクシーは知っていた。
「オミクロン! 答えロ! ソのボディ……誰のものダ!」
オミクロンは答えない。
「もう一度訊ク、誰のものダ!! 答えロ!!」
仕方ない、と、言い捨てて、一人の女性が階段の上に姿を現した。
「クランジζ(ゼータ)……あれが」
ダリル・ガイザックは目を凝らした。
彼女は黒い軍服を着込み、ダークブロンドを短く刈り込んでいる。帽子は脱いでいた。一見、男性のようにも見える短髪であり、実際ユニセックスな容貌だが、匂い立つような妖しさも感じられる。それも、これだけ距離がありながら胸がむかつくほどに。
「そうだよ。顔を見るのは初めてだねえ、諸君。ギブ・アンド・テイクといこうか。我々はエデンを明け渡す。そのかわり諸君は私の脱出をとがめない。どうだい? 良い条件だろう?」
「なにが良いものか……!」
陣は歯がみしたが、確かにこのまま全面対決となれば、こちらの損害も大きいはずだ。双方手を引くのは妥当な線ではある。
「エデンについては調べたいこともある。調停案に応じるしかねえか」
シリウスも同様の考えだった。
問うかのように、ルカルカはダリルに視線を向けた。ダリルはなにも言わない。ただ、無言を守ることでこう言っているようでもあった。
――決めるのはお前だ。
と。
「わかった。その条件に応じ……」
「そりゃあよかった」
すべてルカが言い終わるより前にゼータは声を出した。
「ところで私は、他人の能力を『借りる』ことができてね。今はちょうど、地上最強のスナイパーからスキルを借りているところなんだ」
と言ってゼータは帽子を被り直すと、足元からさっとライフル銃を拾ったのである。
「見せて上げようか!」
構える動作すらなかった。ゼータは同時にトリガーを引いたのだった。
「手土産をもらうよ! レジスタンスリーダー『ルカルカ・ルー』……その命を!」
弾丸は一度床に当たり、跳ね返って天井に当たり、そこからルカルカの脳天めがけて落ちていった。
ガッ、と音がした。
着弾の寸前、硬い腕がこれを受け止めていた。跳弾で勢いの落ちた弾丸は、クランジの腕を貫通するには力不足だったか。
クランジφ(ファイ)、すなわちファイス・G・クルーンがこれを受け止めていた。延ばした右腕で。
「能力制御装置はクランジには無効。加えて、この攻撃は予測可能だった」
ファイスはそう言って、ひしゃげた弾丸を腕から抜いて床に落とした。
「量産機! 連中を皆殺しにしろ!」
言い捨ててゼータはきびすを返し、姿を消した。
しかしこのときにはもう、蜂起した囚人たちが到達していたのである。
その中には、びっこを引いて歩くクシーの姿もあった。
「結局こうなるわけね。まあ、それならそれでいい!」
ルカルカは囚人たちに呼びかける。拡声器はなかったが、それでも彼女の声は落雷のように轟いた。
「今日は記念すべき日だ。砦の陥落は支配の終わりを告げる狼煙! のちに今日こそが、解放の日・独立記念日と言われるようになるだろう!」
すでにこのときルカルカも駆けだしている。能力制御装置の範囲は狭いということだ。走ればすぐにこの空間から脱出できるだろう。
「さあ、武器を取れ! 生きとし生ける者すべてのために!」