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リアクション
「どうでしょう、フレデリカさん。おかしなところはないでしょうか」
着替えを済ませたルーレンが、再び『乙女モード』でフレデリカに尋ねる。
「……べっ、別に、いいんじゃないですか!?」
思わず綺麗、という感想を浮かべかけ、慌ててぷいっ、とそっぽを向くフレデリカ。体型こそ優劣はない(年の分、フレデリカに分があるように見える)ものの、纏う雰囲気の何と言おう、格の違いはなかなかに覆しがたい。フレデリカの生まれも悪くない(むしろいい、はず)が、相手が悪いといえば悪い。
(……私も、もう少しおしとやかな娘を演じた方がいいのかなあ……)
なんてことを思ってしまうくらいだから、相当なのであろう。
(……ダメダメ! 今から弱気になってどうするの!? 正々堂々と勝負って言ったのは私なんだから!)
だけど、今からそうしたって、きっと自分には無理。だったら今の、ありのままの自分を見てもらうしかないじゃない。
そう結論付けて、フレデリカが自らを奮い立たせたところで、扉が叩かれスタッフがスタンバイの旨を伝える。
「さ、行きましょ」
「ええ」
フレデリカの言葉にルーレンが頷いて、そして二人は連れ立って部屋を後にし、ステージへと向かう――。
「次の歌い手は、ルーレン・カプタ様とフレデリカ・レヴィ様のペアです。
ルーレン様はカプタ姓を名乗られていらっしゃいますが、れっきとしたザンスカール家次期当主でございます」
何やら手帳らしきものを捲りながら、エレンが二人を紹介する。唐突に現れたある意味『大物』に、会場がざわめき立つ。
「ルーレン様、此度のシャンバラ統一をどう思われますか?」
「ザンスカール家は五千年前より、シャンバラ国の建国を悲願としてきました。今それが現実となったことに、わたくしは大きな幸福感を得ています。これでようやく、先祖様方に良い報告が出来ますわ」
エレンの問いに、迷いなく答えるルーレン。やはり相応の教育は受けてきたようである。
「本日はフレデリカ様との出場ですが、そこに何か意味はあるのでしょうか?」
「それは皆様のご想像にお任せいたしますわ」
微笑を浮かべ、エレンの質問をさらりと交わす。もし自分にその質問が来ていたら……と思うと、ホッとすると同時に、優位を付けられているようでムッとするフレデリカであった。
「それでは、歌っていただきましょう。どうぞ!」
エレンが退き、照明が加減され、控えめな曲調の音楽が流れ出す。歌うのは、とある人へ想いを抱く女性を歌ったラブソング。
(……この気持ちだけは、誰にも負けない! ルーレンさんにだって!)
自分がもしルーレンを上回れるとしたら、その部分しかない。
フレデリカが、フィリップへの想いを強く込め、歌を歌う。
「……驚きました。ルーレンさん、あんな立ち振る舞いも出来るんですね……」
ルイーザと共に彼女たちのステージを観賞するフィリップが、呆然とも感心とも取れる呟きを口にする。
「フィリップ君から見て、二人はどうですか?」
尋ねるルイーザに、うーん、と考え込むように唸り、フィリップが口を開く。
「……正直言って、まだよく分かりません。フレデリカさんとは会ってまだそんなに経ってないし、ルーレンさんには今日、僕の知らなかった部分を見せられるし、何と言っていいのか……」
いかにも彼らしい、頼りなくもあり慎重にも見える発言だった。
「でも……二人とも、僕のことを大切に思ってくれているんだなってのは、分かりました。
だから、僕もこれからは、二人の想いに答えられるよう、頑張ってみようと思います」
頷くフィリップ、それは彼が過去の出来事から、女性にトラウマを持っていたことから、一歩進み出した現れでもあった。
「……そうですか。……あ、終わりましたよ。迎えに行きましょう」
「はい、そうですね」
歌が終わり、拍手で迎えられる二人を見やって、フィリップとルイーザが席を立つ。
「お疲れさまでした、フレデリカさん。
今日はこのような機会を与えていただき、ありがとうございました」
戻って来た控え室で、ルーレンがすっ、と一礼して感謝を伝える。フレデリカはそれには答えず、口を開く。
「……最後に一つだけ、お願いがあるの。
フィリップ君を『嫁』じゃなくて、一人の男性として見てあげてくれないかな? フィリップ君にはもっと自信を持ってもらいたいから……」
お願いします、と言って頭を下げるフレデリカ。それはもしかしたら、相手に塩を送る行為かもしれないけど。ルーレンが今の調子でフィリップに迫ったら、とても勝ち目なんてないかもしれないけど。
だけど、正々堂々と勝負なんだから、これでいい。勝っても負けても……負けたら嫌だけど、でも、これでいいと思う。
「他ではないあなたの願い、ですものね。分かりましたわ」
微笑み、ルーレンが応えたところで、扉が叩かれる。
「フレデリカさん、ルーレンさん、お疲れさまです――」
「フィリップー! ねえねえ僕どうだった?」
フィリップが姿を見せるや否や、ルーレンがフィリップに飛び付く。普段の格好とは違い、女性を意識させるその格好に、フィリップが硬直して固まっている。
「あー! ルーレンさん、抜け駆けはダメなんだから!」
負けじと、フレデリカもステージ衣装のまま、フィリップに身を寄せる。これを他の人が見たら、揃って「リア充爆発しろ」と称されるだろう。
(フリッカ……頑張ってくださいね)
そんな光景を見つつ、ひとまず自分はフレデリカを応援する方向に動こう、と思い至るルイーザであった。
『ボク一人のけ者にしてみんな楽しそうだね。
コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・ズ・ニ・オ・ク・べ・キ・カ!』
そんな一行の光景を、ジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)を通じて知ることとなったブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が、リア充死すべし! の想いを込めてジルに返す。彼は今、肉体を失いザナドゥの監獄に収監されている身であり、彼の吐く毒はいわゆる『毒電波』でしかないが、もしかしたら一行には寒気の類を感じさせられたかもしれない。
『さあ、中継を続けておくれ。標的とするエリザベートや他、VIPの顔を覚えるのも忘れずにね』
『ええ、分かっているわ』
踵を返し、ジルが観客席の方に出、まずは目についた方、審査員を務める各学校の校長の顔姿を記憶する。アーデルハイトもいることをジルから知らされたブルタが、ふふ、と不敵な笑みを(もちろん電波として)浮かべる。
『このザナドゥの地にボクを閉じ込めた事を後悔する日がきっと来るよ。その時まで待ってるがいいさ』
一通り顔を覚えたジルは、次に最も重要な人物、エリザベートの姿を探す。周りから向けられる奇異の目――ジルの外見は頭髪なしの上、刺青が入っていることから、危ないパラ実生とでも思われていることだろう――を無視して、ジルはエリザベートを探す。
「もう怒りましたぁ。あなたのお凸を拡張してやるですぅ!」
「あら、私はその前にあなたの縮れ毛を加速させてあげるわ」
そして、何やら言い争いをしている二人の女性――片方は幼女――と、その二人を止めようとする三対の翼を持った少女、微笑ましく見守る少女の姿をジルが見つける。
『ああ、それだよ。ぐふふ、エリザベートちゃん可愛いねぇ……可愛さ余って憎さ一万倍の気分だよ』
ブルタから、今自分が見た人物がエリザベートと環菜、ミーミルと明日香であることを教えられたジルが、彼女たちを記憶に留め、静かにその場を後にした。
「よっしゃ、次はクロエちゃんの番や!
緊張せんと、楽しく歌ってくるんやで!」
「うん! それじゃ、いってくるわ!」
社の見送りを受けて、クロエがステージに上がる。
「次は、846プロ所属、クロエ・レイス様のステージです。それでは、どうぞ!」
「ここにたてばいいのね?」
エレンの紹介を受けて、高さを調節されたスタンドマイクの前に立ち、クロエが作詞、社が作曲を手がけた、感謝の歌を歌う。
いちどなくなってしまったわたしだけど
あなたはわたしをすくいあげて
わたしはまたそんざいできた
なまえもなかったわたしになまえをくれて
たくさんのひとがなまえをよんでくれた
それはわたしのほんとうのなまえじゃないけれど
わたしはほんとうのなまえをおもいだせないくらい、そっちでよばれたことがないから
いま、こうしてなまえをよばれることがうれしいの
しらないことがたくさんあったわ
そらのいろもおおきさも、
しぜんのきれいさもこわさも、
ともだちがいることのうれしさもやさしさも、
ごはんをだれかとたべるしあわせもあたたかさも、
なにもしらなかったから
わたしはなにももってないけれど、
だけどありがとうをいうこえはあるわ
ありがとうをつたえたいあいてがいるわ
だからいうの、こえがかれるまでいうの
ありがとう、
だいすき!
いちどなくなってしまったわたしだけど
そんなわたしをすくいあげて
わたしははじめてわらうことができた
涼司:8
鋭峰:7
コリマ:8
アーデルハイト:8
ハイナ:7
静香:9
合計:47
(日下部……846プロ所属って、クロエに何したの……?)
クロエのステージをテレビ中継で見ながら、リンスは頭を抱える。戻って来たらとりあえず問い詰めようそうしよう。
「ありがとう……か」
ぽつりと呟くリンス、こうして誰かに感謝されることは、決して悪い気分ではない。
「……さてと」
拍手を受けて、深々とお辞儀をするクロエに微笑んで、リンスは放棄していた工房の片付けを再開する――。