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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
 その、新幹線ホームでは。
 
「…………」
 人の波に混じって、ホームに降り立つ一人の少女。黒の髪に青の瞳は、先代女王と同じもの。
 しかし、彼女はアムリアナ・シュヴァーラではない。彼女からその記憶と力は既に失われている。かといって、理子のパートナーであったジークリンデ・ウェルザングとも言い難い。その記憶さえも、彼女からは殆ど抜け落ちていたからである。
「…………」
 どこか虚ろな表情を浮かべて、少女が手にしていた一通の便箋を見つめる。
 それこそが、理子が送った招待状であった。中には、ここから空京スタジアムまでの道程を示すものと、たった一言だけ添えられたメッセージカードが入っていた。
 
『あたしは、あなたの友達だよ!』
 
 ――どうして自分は、こんな所に居るのか。
 そもそも自分は誰なのか――。
 
 今の少女がそれを考えても、答えは出て来なかった。
 
 少女がここに来たのも、少女が身を寄せていた家の者たちが三日三晩説得を続けた末のことであった。
 帰りたければ帰ってもいい、新幹線に乗った当初の少女は、そう告げた家の者たちの通り、そうするつもりでいた。
 
 けれども、こうして空京に降り立った今は、少女からそうした思いは消えていた。
 
「…………」
 便箋から目を離した少女が、ホームに据え付けられたモニターに視線をやる。
 モニターは、間もなく開催されようとしている『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』の模様を中継していた――。
 
「秒読み開始……三、二、一、今!」
 黎の合図で、緞帳が引き上げられると同時に照明が焚かれ、フランツの指揮するバックバンドの演奏が始まる。
 立ち込めていたスモークが散らされる中、スポットライトが司会を担当する二人を照らし出す。

「お茶の間の皆様、大変長らくお待たせいたしました。
 只今より『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』、開幕です!」

 
 瞬間、スタジアム全体から割れんばかりの拍手と歓声がもたらされる。
 様々な出来事がありつつも、こうして五千年の時を経て再び、『シャンバラ』という国が成立したことを喜ぶ声が、スタジアムを揺るがしていた。
 
「白組の司会担当は私、クロセル・ラインツァートが務めさせていただきます」
「同じく紅組担当は私、神倶鎚 エレンが担当いたしますわ」

 
 白組、紅組の司会がそれぞれ挨拶をした後、今回の歌合戦を審査する審査員の紹介に移る。
 アトラ率いるバニーガール隊に両脇を挟まれる格好で、山葉 涼司(やまは・りょうじ)金 鋭峰(じん・るいふぉん)コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)(姿は見せられなくとも、そのことについて注釈が挟まれ、ちゃんとガールは用意されていた)、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)桜井 静香(さくらい・しずか)がステージに並ぶ。
 
「知っての通り、シャンバラはつい先日、一つにまとまった。ここまで来るには色々あっただろう。
 ……だから、今日はその想いを全力でぶつけてこい!
 お前たちの魂を感じさせる歌、待ってるぜ!」
「今日という日が、長きに渡り語り継ぐに相応しい日となるよう、貴公らの立ち振る舞いを注視させてもらおう」
『……厳正なる審査に努めよう』

 
「今日までの道程は、順風満帆とは程遠いものじゃった。
 故に生じた様々な軋轢を、歪みを解き、明日へと繋げる。
 今日という場が、そのように機能してくれることを願っとるぞ」
「わっちの心に響く歌を聞かせるでありんす!」
「あ、えっと、その……みんな、頑張ってね!」

 
 挨拶を済ませたそれぞれが、審査員のために設けられた席へと案内される。
 ステージは、今回のイベント開催に当たり尽力してくれた個人及び法人の紹介へと移っていく。
 
「はー……お母さん、私こんな広い所に来たの初めてで、どうしていいか分かりません」
「思うままにすればいいと思いますよぅ? ……それにしても、大ババ様は私をこんな所に座らせて、何させるつもりですかぁ」
 ステージ近く、契約者用に用意された観覧席で、左にミーミル、右に明日香という位置で座るエリザベートが、ぷぅ、と頬を膨らませて訝しげな表情を浮かべていた。
 
「……嫌ね、その声を聞いて安心した私がいたわ」
 
 そこに聞こえてきた声に、ミーミルがハッとして振り向き、エリザベートがびくっ、と身体を震わせる。
「環菜さん! しばらく見ませんでしたから、どうしたのかと思ってました。
 ほらお母さん、環菜さんですよっ」
「……ほ、ホントにカンナなんですかぁ? 大ババ様のイタズラとかじゃないですよねぇ?」
「失礼ね、幽霊じゃないわよ。……まあ、そう思うのも無理ないわね。私は一度死んでるから」
 環菜の言葉にえっ、と声をあげるミーミルの隣で、エリザベートが振り返り、そこにいた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の顔を見て、一瞬喜ぶような表情を見せた後、直ぐにぷい、とそっぽを向いて意地を張るような態度を見せる。
「ふ、ふんですぅ。別にあなたが生き返ったところで、嬉しくもなんともないですぅ」
「あ、あの、一体どういうことでしょう?」
 
 かくかくしかじか、と環菜から説明を受けたミーミルが、納得したように頷く。
「そうでしたか……あの、それでルミーナさんは?」
「ルミーナはまだナラカにいるわ。……ルミーナは必ず、私が連れ戻してみせる」
 強い表情のまま、環菜が言葉を続ける。
「ここに来たのだって、シャンバラ独立を祝うためもあるけど、今日という日を契機に、自分を見つめ直してやるべき事を明確にする意味もある。涼司君から聞いた程度だけど、シャンバラ独立の時だって、色々あったそうじゃない。
 だから、ここにいる人達も少なからず、迷っている部分があるのかもしれない」
 実際どうかは分からないけどね、と呟いて、環菜が思い出したように言う。
「そういえば、いつの間にかイルミンスールが浮いてたわね。しかも何よ、あんな派手な登場してきて。私たちはまだ良くても、一般市民は大層驚いたでしょうね」
「どうですか、驚きましたかぁ! ユグドラシルに帰れなくて困ってたから、私が契約してやったんですぅ!」
 上空から直接、ニーズヘッグの背に乗って会場入りを果たしたエリザベートがえっへん、と胸を張り、しかし次には彼女にしては珍しく、表情を翳らせて口を開く。
「……私の力不足で、生徒を危険な目に遭わせてしまいましたぁ。
 私はイルミンスールの校長として、生徒の皆さんを守らなくちゃいけないって思うですぅ」
「じゃあ私は、そんなエリザベートちゃんを守りますね♪」
 一度死の淵を彷徨ったことなどすっかり忘れたとばかりに、明日香が微笑みながらエリザベートの頭を撫でる。
 そして、そんなエリザベートの言葉を耳にして、環菜がフッ、と微笑を浮かべる。
「あら、あなたもようやく、校長としての自覚が出てきたのね」
「当たり前ですぅ! ナラカでサボってたあなたとは違うんですよぅ!」
「あんなのサボりの内に入らないわ。……そう、サボってなんていられないのよ――」
 言葉の途中で環菜が身体をふらつかせ、それをミーミルが慌てて支える。
「環菜さん、大丈夫ですか!? 顔色が優れないようですが……」
「……やっぱり、抜け出して来たのはマズかったかしらね」
 自嘲気味に呟く環菜が、つい数時間前に病室から抜け出してここに来たことを告白する。医務室に行った方が、と言いかけたミーミルを制して、エリザベートが視線を合わせずに口を開く。
「……私は見なかったことにしてやるですぅ。ちび、カンナを守ってやるですぅ。また死なれたら困りますからねぇ」
「一言余計よ。……感謝するわ」
 こちらも視線は合わせないまま、感謝の言葉を口にした環菜が、ステージを真っ直ぐに見つめる――。
 
「後一分です、皆さん、準備をお願いします」
 スタッフに促され、アイシャ、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)がステージ脇にスタンバイする。格好は普段の格好ではなく、ティセラから『歌って踊れる国家神』になりませんかとの要請を受けた後で彼女たちに用意された、それぞれ紫、紅、藍を基調にした和ゴス衣装であった。
「うぅむ、流石の私も緊張してきたぞ」
「あはは……あたしなんて緊張しっぱなしなんだけど。いつになってもこういうのは慣れないなぁ……」
「おぉ、こういう時は『掌に人という字を書いて飲み込む』といいと聞いたぞ! 早速やってみるのだ! ……む? こんなもの、どうやって飲み込むのだ?」
「……あんた、真に受けて飲み込もうとしないでよ。アレはたとえよ、たとえ」
 アイシャの背後に位置する理子とセレスティアーナが、そんなやり取りを口にする。それはもちろん、彼女たちも緊張しているからということもあるが、おそらく一番緊張しているであろうアイシャを少しでも和ませる意味も含まれていた。
「……大丈夫ですよ、理子さん、セレスティアーナさん。
 ここで足踏みなんてしてたら、アムリアナ様に笑われてしまいます」
 振り返ったアイシャが、微笑みながら理子とセレスティアーナに告げる。
「十秒前、秒読み入りまーす」
 スタッフの声に、三人がそれぞれ真剣な表情を浮かべ、その時を待つ。
「三、二、一……どうぞ!」
 合図に合わせて、アイシャ、理子、セレスティアーナの順でステージに上がる。三人を出迎える拍手と歓声が、スタジアム全体から雪崩のように響き渡る。
 
 アムリアナ女王が、守りたかった人たち。
 そして、これからは自分が、守っていかねばならない人たち。
 
(……重いですね。これほど、重いものなのですね……)
 自身の両肩にかかる責任を、重さを、一歩ずつ確かめるように歩いて、アイシャが用意されたスタンドマイクの前に立つ。
 静まり返る観客を前にして、一つ息をついたアイシャが、言葉を紡ぎ出す。
 
「本日は、突然のことにも関わらず、これほど多くの方々にお集まりいただき、嬉しく思います。
 皆さんも御存知の通り、シャンバラは五千年の時を経て、このパラミタ大陸に一国家として独立を果たしました。
 しかし、それまでには多くの苦難があり、そして、多くの想いがあったと思います」

 
 言葉を切って、アイシャが目を閉じる。開会の言葉が続くものと思っていた観客は、アイシャの振る舞いに一旦ざわめくものの、やがて落ち着きを取り戻し、同じように目を閉じる。その中には、自らの想いと向き合う者も現れ始めた。
『アイシャの顔、最大ズームで!』
「今やってる!」
 リーンの指示が飛ぶ前に、政敏は手持ちのカメラを最大ズームにし、アイシャの顔を一杯に映し出す。
(……アイシャにしか、出来ない事があるんだろうな。
 でも、俺達は開拓者だ。『当たり前』のまま留まり続けたくはない。
 今はアイシャの『出来ない事』をするのを優先する。だけど、その中で探してみるよ。
 ……シャンバラを、より良いモノにする道を)
 
 モニターに見知った顔が映り、少女の顔が少しずつ色彩を取り戻していく。そして、アイシャの顔がモニター一杯に映し出されると、少女はそこに自分と同じものを見たような錯覚に陥る。
 
 ――髪の色も目の色も違う、完全なる赤の他人。
 だけどどうしてだろう、あの人は私と似たものを感じさせる――。
 
「……アムリアナさま!」
 
 人気の消えたホームに響く声に、少女はそれが自分の名前でないにも関わらず、ハッとして振り向く。
 少女より頭一つ分程度小さな少女が、息を切らせて少女を見つめ、口を開く。
 
「アムリアナさま、理子さんに会ってあげてくださいです。理子さんはきっと、アムリアナさまを待ってるです」
「……私は――」
 少女が呟きかけた瞬間、モニターに映し出されていたアイシャの目が開き、再び言葉を発する。
 
『今日は、皆さんの想いを聞いて、その想いに私も、歌という形で、あるいは様々な形で、答えてみようと思います。
 ……私の想いを、聞いてみてください。そして、皆さんの想いを、聞かせてください』

 
 微笑むアイシャが、紅白歌合戦の開催を宣言すると、会場は再び拍手と歓声に包まれる。
 
「私は……私の、想いは……」
 そう呟いた少女が、自らの胸に手を当て、そこにあるであろう『想い』に触れる――。
 
 こうして、シャンバラ独立後最初の大規模イベント、『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』は幕を開けたのであった――。