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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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chapter.1 オクタゴンへ 


 月に来た、という感動に浸る間もなく、彼らは港へ到着してすぐさま、オクタゴンへと通じる通路を進んでいた。
 この通路を抜ければすぐまた別の通路が何本もある。それらの道はブライドオブシリーズを収める台座へと繋がっており、一同は既に船内でそのチーム分けとブライドオブシリーズの割り振りを行っていた。

 ニルヴァーナ探索隊として同行していた安倍 晴明(あべの・せいめい)は、そのうちのふたつ、ブライドオブハルパーブライドオブダーツを預っている。
 無論台座への道が分かれている以上彼がふたつとも所持するわけにはいかないのだが、誰にもう一本を託すかまではまだ決まっていなかった。
「ハルパーは俺が持っていくとして、ダーツを任せられるのは誰だ……?」
 歩を進めながら、晴明がちらりと自分の班としてここに来た生徒たちに目を向けた。その中には見知った顔も少なからずいたが、実際に彼と言葉を交わした者となるとある程度限られていた。
 晴明がそう悩んでいると、それを察したのか、ふたりの男が話しかけてきた。
「晴明、前も言ったろ? お前が動きたいように動けってな」
「たまには、僕も役に立ちたいねぇ」
 それは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)永井 託(ながい・たく)であった。ふたりとも、葦原の地下城で晴明と共に行動していた者たちだ。託が続きを話す。
「班をここからふたつに分けるって聞いたよ。晴明さん、よかったら僕にダーツを預からせてもらえないかなぁ」
 晴明は託を見て、次に唯斗に視線をずらした。唯斗は少し言いづらそうにしていたが、「俺も同じことを言おうとしていた」と話した。ふたりを見比べ、晴明は小さく、低く唸った。
 せっかくの立候補を、無下に断るのも悪い気がする。おおよそ彼の心中は、そんなところだろう。しかしダーツは一本、どちらかにそれを託さなければならない。
「……そう、だな」
 晴明は少し悩んだ末、ダーツを唯斗に手渡した。
 彼を選んだ理由は、単純に葦原で共に行動していた時、会話の機会が多かったからだった。時間のみですべてを判断するのは些か早計にも思えたが、少なくともその遣り取りの中で彼が悪い人ではないだろうな、とも晴明は思っていた。
「ダーツは頼んだからな」
「ああ。任せろ。お前は気兼ねなく自分のしたいことを頑張れ」
 唯斗の激励を受けた晴明は、そのまま託へと顔を向け声をかけた。
「せっかく名乗りでてくれたのに、悪いな」
「いやぁ、しょうがないよ。わがまま言うつもりもないしねぇ」
 潔く引き下がる託。と、彼はその時なにかを閃いたように目を丸くすると、晴明にその案を告げた。
「そうだ、晴明さん。どうせなら、僕らなりに手伝えることをやってみたいんだよねぇ」
「手伝えること?」
「たとえば、実際は違うけど、ダーツを僕らが持っているように振る舞っておく……とかかな」
 言うと、後ろから託のパートナー、アイリス・レイ(あいりす・れい)が現れた。
「私の中にダーツをしまう……っていう体で行動したりね」
 そう言うからには、剣の花嫁なのだろう。確かに彼らのその提案は、拒む理由がなかった。
「……なるほどな」
 晴明は「それも相手を惑わせる一手になるかも」と頷き、唯斗の方を見た。視線を向けられた唯斗も、こくりと頷く。
「いいんじゃないか? ただ、危険な目に遭うかもしれないのは覚悟の上か?」
「僕らのところで迷惑はかけたくないしねぇ。大丈夫、全力でいかせてもらうよ」
 温和な外見と口調ではあったが、その言葉を発する託の雰囲気は充分に責任感を伴っていた。その様子に晴明も唯斗も、幾許かの安心が芽生える。
「よし、じゃあハルパーは俺が持って、ダーツは唯斗に任せる。他のメンバーはそれぞれフォローを頼む」
 晴明が指示を出し、通路の先を見据えた。オクタゴンはもう目前である。
 と、そこで同行していた沢渡 真言(さわたり・まこと)が晴明に声をかけた。
「晴明さん」
「ん?」
 晴明が振り向くと、見知った顔だった。彼は目の前の真言が地下城で自分を「はるあき」と呼んでいたことを思い起こすと、心の中で僅かに苦笑し「やっとちゃんと呼んでくれたか」なんてことを思った。
 その真言が、晴明に言う。
「守りぬきたいですね。ブライドオブシリーズ」
「ああ、だな」
 短く返す晴明。真言は、彼に思っていたことを吐露した。
「私は、ハルパーとダーツ、どちらの班でも構いません。ただ、少々気がかりなことがあるので提案をしたいのですが……」
「提案?」
「はい。もし、内通者がいてこちらの情報が漏れていた時のため、ハルパーの所持者を変える……というのはどうでしょうか? それか、晴明さんがダーツを持ち、ハルパーを代わりに誰かに託すという方法なども有効ではないかと思います」
「内通者か……」
 晴明はその言葉を反芻し、目を伏せた。その所作は、以前身をもってそれに近いことを体感したからだろう。
 真言の提案は確かに一理あった。が、それを受諾できない理由もあった。
「ハルパーを任されてる俺が、それを手元から離すわけにはやっぱいかないと思うんだ」
 それに、と晴明は付け加える。
「オクタゴンにある台座は、各ブライドオブシリーズに対応してるって話だ。ハルパーとダーツを入れ替えたところで、それを収める場所が決まってる以上、入れ替えによる撹乱は無理だろうしな」
 その言葉が示す通り、仮に晴明がダーツを所持したとしても彼が行くのはダーツを収める台座のルートだ。敵側はそれぞれのルートで待ち構えていれば良いだけなのだから、大きな混乱は与えられないという判断だった。
「言われてみれば……そうですね。分かりました。しかしどんな状況になろうとも、同じ班のみなさんと協力して、ブラッディ・ディバインを迎え撃ちたいと思います」
「ああ、そうだな。頼む」
 真言の言葉に晴明が返すと、真言のパートナー、マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)が会話に入ってきた。
「今回の相手が、蘆屋系の美女陰陽師軍団で、遠隔呪法を使ってくるって本当か?」
 晴明が船内で告げた情報の確認も兼ね、マーリンはそう尋ねた。
「ああ。なんであいつらがここにいるかは知らないけど、厄介だってのは確かだ」
「厄介、か。そうだな、美女ってのは気になるけど、そこまで危険なら最初は後方で待機してた方がよさげだな」
 どうやらマーリンは晴明らのハルパールートではなく、陰陽師軍団が待ち構えているというダーツルートを進む決意を固めているようだ。マーリンはさらに告げた。
「まぁ、あと後ろからもし攻められた時のために、警戒しとくってのも重要だろ?」
「それは言えてる。あいつらは手段を選ばないからな」
 晴明が顔を曇らせて言った。その表情に何か言い知れぬ不安をマーリンたちは感じたが、まだそれは漠然としたものだった。彼の言葉の真意を生徒たちが知るのは、まだ少しばかり先である。
「とりあえず、ダーツ班にはこれを今のうち渡しとく」
 晴明が言って、生徒たちに札を見せた。何やら呪印が施されているその札からは、神聖な気を感じる。
「これは……どう使うんだ?」
「……」
 マーリンの問いに、晴明は最初無言だったが、やがて小さく口にした。
「呪法を防ぐ時になったら、たぶんすぐ分かる」
 意味深な晴明の言葉がまたも不安を生むが、とりあえず一同は彼から札を譲り受けることにした。その中のひとり、大岡 永谷(おおおか・とと)が札を受け取る時、晴明に話しかけた。
「さっき他の人も言っていた気がするけど、警戒の方法は多いに越したことはないと思うんだ」
「うん? まあ、そうだな。なんか策があるのか?」
 晴明が聞くと、永谷は自分の考えを伝えた。
「大事なのは、組織だった行動だと思う。これはあくまで提案のひとつなんだけど、フォーメーションを組んで、ローテーションで警戒を行うことで警戒の緩みを避けるというのはどうだろう?」
「ローテーションで?」
「ああ。もし休憩などが必要になった時も、それなら自陣が簡易的な要塞のような状態になるから、警戒番でない人が体力を回復できると思う」
「なるほどな……」
 晴明は永谷の発言を受け、考えを巡らせると、返答を告げた。
「確かに警戒の緩みを避けるのは大事だと思うけど、きっとここから先は、ローテーションを組む余裕なんてないと思う」
 晴明は眼前のオクタゴンに目を移す。
 確かに巨大な建造物ではあったが、ブラッディ・ディバインがあそこに待ち構えており、いつ襲ってくるか分からない現状を考えると、息つく間もない戦場になるであろうことは想像に難くない。
「警戒を強めることは賛成だ。ただ、基本的にローテーションを組んで休憩するような余裕はないと思っててくれ」
 晴明がそう答えると、永谷はあっさりと引き下がり、首を立てに振った。元々、無理に意見を通すつもりはなかったのだろう。
「分かった。俺はとりあえず、防御に重きを置いて行動するぜ」
 それが性に合っているのだと主張するように、永谷が言った。そのまま永谷は、晴明班で行動するようだ。
 晴明は唯斗や託たち、真言たちを見た。彼らが進んで発言し、対策を考えている様を見ている内、晴明は自然と「ダーツルートは任せて問題なさそうだ」と判断するようになっていた。あとは、自分のルートでハルパーを台座に収めるという役目をこなすことに集中するのみだ。
 彼は足を止めた。その前にはオクタゴンがそびえ立っている。中心から放射状に伸びた通路の先に、台座があるという。晴明は高く声をあげた。
「一気に行くぞ!」
 そこにいた全員が声に応じると同時に、晴明は中心部に向かって走りだした。