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リアクション
第二章 ゲルバッキーと娘と時々息子 3
そしてもう一人、逆のパターンで「似たようなこと」を考えている者もいた。
「ゲルバッキー殿ッ! 父上と呼ばせていただきたいでござる!」
ゲルバッキーに会うなりそんなことを言いだしたのは、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)。
エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)に想いを寄せている――というよりベタ惚れの彼にとって、彼女の「父」であるゲルバッキーに直接挨拶でき、あわよくば交際の許可をもらえるかもしれないというのはまさに千載一遇のチャンスである。
とはいえ、初対面の「彼女の父親」にいきなりそんなことを言うのは、もう本当に、この上なくハードルの高いことであるはずなのだが……そのハードルを、彼は「愛の力」で飛び越えてみせたのである。
伝えるべきことを言い終え、頭を下げたまま返事を待つ鹿次郎。
それは実際にはほんの数秒のことであったが、彼にはひどく長い時間のように感じられた。
「ああ、もちろん構わない。これからも娘をよろしく頼むぞ、婿殿」
その言葉は、はたして本当に耳から入ってきたものだったのだろうか?
答えを待つことに疲れた脳が勝手に作り上げた幻聴ではないのか?
顔を上げた鹿次郎の目に、満足そうに頷くゲルバッキーの顔が映る。
(――我がこと、成れり!)
心の中で何度もガッツポーズをしつつ、鹿次郎は力強くこう言い切った。
「大丈夫でござるよ! 全て拙者にお任せ下されば問題無しでござる!」
そんな様子を、姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は生暖かい目で見つめていた。
鹿次郎がこんな感じで暴走するのはもうすでにいつものことであるし、今回だってうまくいったと思っているのは鹿次郎だけである。
頭を下げていた彼には気づけるはずもないことであるが、あの数秒の間に、ゲルバッキーは一度雪の方に目をやって、それから返事をしていた。
さらに、鹿次郎とゲルバッキーのどちらも、「エメネア」という名前は出していない……これがどういうことか、おわかりいただけるだろうか?
そう、鹿次郎が意図している「娘」はエメネアのことだが、ゲルバッキーが意図している「娘」は、エメネアではなく雪のことなのである。
(まったく、おかげで妙な誤解を――)
そう考えてみて、雪はふとあることに気づいた。
「何らかの物的執着が強い」という点や、服装の好みなど、自分とエメネアにはいくつもの共通点がなかったか?
彼女とは、どこか「赤の他人のような気がしない」感覚をいつも感じていなかったか?
そして――自分の制作者は、今目の前にいるゲルバッキーではなかったか?
(誤解ではなくて、これで正解だったのかもしれませんわね)
そう考えるとなんだか面白く感じて、雪はくすりと小さく微笑んだ。
もちろん、鹿次郎の誤解をわざわざ指摘する気などない。
少し誤解させておいたままの方が面白そうでもあるし、何より、今の彼は「父上」にいいところを見せるべく、俄然やる気になっているのだから。
さて、「父」に会いに来る理由は、何もパートナー関連のことだけではない。
ましてその「父」が資産家のゲルバッキーともなれば、当然「別の用件」も容易に思い浮かぶだろう。
「おとーさーん!」
満面の笑みで駆け寄ってくるのはテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)。
「おお、テレサか。久しぶりだな」
迎えるゲルバッキーの前まで行くと、彼女は笑顔でこう言った。
「お小遣い頂戴♪」
「わかった、一段落したらな」
その返事に、ジョークのつもりだったテレサの方が面食らう。
「え、いいの?」
「一段落したらな」
ゲルバッキーの返事に、テレサはそういうことかと苦笑した。
ゲルバッキーは「何が」一段落したら、かを言っていないので、この言葉に大した意味はない。
あえて意味を見いだすとしたら、「今はノー」ということだけである。
「あー。敵わないな」
そう言ってテレサは引き上げたが、これまた似たようなことを考えているものがもう一人いた。
それは誰か、と言うと。
「誰だ貴様と問われれば――応えてあげるが世の情け」
わざわざ高いところから現れた一人の女性。
「あたしの名前は如月 夜空(きさらぎ・よぞら)、真面目が取り得の――遊び人だッ!!」
決めのセリフとともに、背後で謎の爆発が起こる。
戦闘前に何やってんですかとか、余計なことして周囲の敵を引きつけたらどうすんですかとか、いろいろツッコミどころは腐るほどあるのだが、曰く「高い所から登場するのと謎の爆発はヒーローのお約束」なのだから仕方がない。
ともあれ、そうして派手な登場シーンをこなした後、夜空はそこから華麗に飛び降り……るのではなく、ちゃんと回り道して降りてきて、ゲルバッキーにこう呼びかけた。
「Hey,dad!!」
「ん?」
首を傾げるゲルバッキーに、夜空が言った次のセリフは。
「マンション買ってくれ!!」
……いやそれはパパはパパでも別のパパだろとか、そもそも一体いつの時代の話なんだとか、いろいろツッコミどころはあふれ返らんばかりにあるのだが、少なくとも、ゲルバッキーにとっての最大のツッコミどころは、ただこの一点だった。
「人違いだろう。君に父と呼ばれる筋合いはない」
そう、そもそも夜空はゲルバッキー作の剣の花嫁ではなかったのだ。
「夜空……ここまで来て言いたかったことってそれか?」
ゲンナリしつつそう尋ねるのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)。
夜空に半ば無理矢理引きずられてきた彼としては、まさかこれがその動機だということはさすがに認めたくなかった、のだが。
「そう! あたしは、これを言う為だけに此処に来たッ!!!!」
「おい、ふざけんのもたいがいに……」
「ふざけてないっ! あたしは真面目!! 超真面目!!」
「真面目だったらなおさら……」
「ジョークだけどな!!」
まあ、この手の不毛な言い争いになると、皐月に勝ち目があるはずもなく。
結局どうやっても勝てないということを悟って、ガックリと肩を落とすはめになるのであった。
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