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リアクション
■ 記憶は瓦礫に埋もれて ■
クロス・クロノス(くろす・くろのす)はカイン・セフィト(かいん・せふぃと)との契約の経緯を憶えていない。
病院で目を覚ましたときには契約は済んでいて、カインは入院中のクロスの世話をしてくれた。
目を覚ますよりも前の記憶を失い、困惑していたこともあって、クロスはカインに頼り切っていた。そして退院後、カインに誘われるままにパラミタでの生活を始め、今に至る。
一体どんな経緯があって自分がカインと契約をしたのか、何故自分は怪我をして病院に入院していたのか、その記憶はクロスから失われたままだ。
龍杜の秘術の話を聞いたとき、クロスはこれで自分の中に眠る忘れた過去が見られるのではないかと考えた。
カインが語りたがらないこともあって、そのままになってしまっているが、出来ればその契約の場面を見てみたい。
そう言うと案の定、カインは賛成しかねると難しい顔つきで答えた。
それを説き伏せて、カインは龍杜へとやってきた。
記憶には無い出会いの時を見たいのだと説明すると、龍杜 那由他(たつもり・なゆた)は頷いた。
「じゃあ、クロスさんはその時期とパートナーとの出会いを見たいということを強く思ってね。憶えてるほうのカインさんは、その場面を……どうかした?」
「いえ、何でもありません」
クロスに心配そうな視線を当てていたカインは、かぶりを振ると水盤に視線を移した――。
■ ■ ■
2018年11月末 空京――。
クロスは書類を入れた封筒を胸に抱え、空京中心部に建つビルに向かっていた。
「お父さんったらこんな大切な書類を忘れるだなんて……」
言いながらもクロスの口元はほころんでいる。
クロスの父は、技術者としてパラミタに渡り、ビル内の会社で働いている。
幼い頃に母が他界してから父一人子一人の生活だったけれど、クロスは父が大好きだったし、幸せに暮らしていた。
会社まで届け物をするのも稀なことではなかったから、クロスは父が働くビルに到着すると、すぐにエレベータに乗って父の会社がある階のボタンを押した。
音も無くスムーズにエレベータは動き出す。
1つずつ増えてゆく階数表示を眺めながら、クロスは何故か今まで感じたことのない空気を感じた。
薄暗い気配がビルを包んでいるかのようで、胸騒ぎがする……。
父の会社のある階でエレベータを下りたときには、その気配は息苦しいほどにクロスにのしかかっていた。
「おお、ありがとう。助かったよ」
書類を受け取る父の笑顔を見ても、不安は解消されることなく蟠る。原因も分からないので対処のしようもなく、クロスはお仕事がんばってと声をかけ、帰ろうとした。
――その時。
耳を劈く爆音が、震動となって全身を揺るがした。
悲鳴が……多くの人の悲鳴が聞こえる。
何が起きたのかは分からないが、何かが起きたのは確かだ。
「クロス、こっちだ!」
父とクロスは階段へと急ぎ、駆け下り始めた。
一方。
クロスの父と同じ会社で働くカインも、仕事場でその爆音を聞いた。
突然のことに動揺しながらも、カインはこれがテロではないかと推測した。最近の噂の端々に、きな臭いものがあがるようになっていた。まさかという思いも、このビルが標的になるというのが予想外だというのもあるが、今はとにかくこのビルから出なければならない。
やりかけの仕事も何もかもをそのままに、カインは階段へと走った。
階段を下り、踊り場を曲がり、また階段を駆け下りる。
それを何度か繰り返したとき、前方に同僚と少女が見えた。少女の顔には見覚えがある。
(娘さんが来てたのか、災難だな)
同僚も気が気でないだろうとカインが思った次の瞬間。
ひびの入っていた階段の壁が、大きく剥離し……コンクリートの塊が同僚と少女に襲いかかった。
壁が崩れる轟音が収まっても、しばらくは砂塵で周囲を確認することが出来なかった。
「ああああ、目を開けて! お願い私を置いていかないでお父さん!」
埃の向こうから少女の痛切な声が響いてくる。その声を頼りに、カインは同僚と少女のいる場所へと近づいた。
瓦礫の間に同僚の姿が見えてくる。
頭から大量に出血し動かない同僚。
その下で泣き叫ぶ少女。お父さんという叫びが胸に詰まる。
カインは駆け寄るとすぐに同僚の脈を確認した。これだけの怪我と出血なのだから……と予測していた通り、彼は既に事切れていた。
覆い被さる父の身体にかばわれてはいたけれど、少女もかなりの怪我を負っている。
「お父さん、なんでどうして……」
少女の声はどんどん弱くなってゆく。出血を止める手だてのないこんな場所では、少女もそう長くは保つまい。
父を求めて宙をさまよっていた少女の手が、力を失って落ちる……寸前。
カインのその手を掴まえて叫んだ。
「父親が守った命を無駄にするな! 行きたければ望め、俺と契約すると!」
契約者になれば、一般人とはかけ離れた力を得ることが出来る。少女を救える方法があるとすれば、契約しかない。
出血で朦朧としながらも、少女はそれに答え……直後に気を失った。
少女の軽い身体を抱えると、カインは階段を下りピルから脱出したのだった――。
■ ■ ■
そこでクロスは過去見から覚めた。
今見た場面が真実であるのならば、クロスはテロに巻き込まれて肉親を失ったことになる。
だからカインは積極的に記憶を取り戻させようとはしなかったのだ、とクロスは理解した。
けれど過去の場面を見、自分に肉親がいないという事実を知っても、クロスには何の悲しみも湧いてはこない。
薄情だと言われるかも知れないが、この過去を見てもクロスの失われた記憶は蘇らなかった。
(もしかしたら、記憶を取り戻さないことで私は私を守っているのだろうか……)
記憶を失ったことで自分を守ったのなら、記憶を取り戻すべきではない気もするが、今のクロスにはどうするべきなのか、決められなかった。
だから今は、自分に出来ること、しなくてはならないと思うことをする。
隣で心配そうに様子を見守っているカインを、クロスは振り仰いだ。
「いままでありがとう、そしてこれからもよろしく」
契約してくれたこと、そばに居てくれること。ただただ、そのことに感謝を――。
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