校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 門出の日 ■ 空京駅は今日も多くの人でごった返していた。 駅、それは出会いの場所であり、また別れの場所でもある。そこここでかわされている涙や抱擁は、やってきた者の為のもの、それとも旅立つ者の為のものか。 そして今、駅のざわめきの中に立つ結崎 某(旧姓:匿名 某(とくな・なにがし))たちもまた、新たな局面を迎えようとしていた。 「ニルヴァーナでの出来事からもう何年経ったんだろうな」 色々あった、なんて一言で片づけられないほど様々なことがあった。 何度も世界が危機に瀕するも、契約者たちの力でその全てを退け、パラミタへの往来手段も確立し、万事解決となったのだから上出来と言うべきだろう。 しみじみとそう思ってから、某は目の前の状況に意識を戻した。 「綾耶、座ってなくて大丈夫?」 フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)に気遣われて、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は大丈夫だと笑顔で答え、お腹に手を置いた。 肉体の変革に苦しんでいた頃と比べ、綾耶は20cmほど身長が伸びた。今は新しい命をお腹に宿している為に、幾分ふっくらとした身体のラインになっており、それがより一層綾耶を健康そうにみせている。 健康そう、ではなく、実際今の綾耶の身体に不調は無かった。 長く綾耶を苦しめてきた痛みはもう跡形も無い。痛みのない成長した身体と、体内に宿る子がお腹を蹴る感触は、まるでこれまで苦しみ、それを乗り越えてきたことに対するご褒美をもらったように嬉しい。 「大丈夫ならいいけど、ともあれ綾耶、気を付けるのよ。絶対重い荷物持つとかそういう無茶しちゃダメ。ああ、無茶なら隣のダメ亭主にさせておけばいいから」 「でも……」 「気にしない気にしない。あいつだって喜んでやるだろうから。何せ、自分の子がここにいるんだもんね」 フェイは綾耶がお腹に当てている手に、自分の手を重ねた。あと数ヶ月もすれば、某と綾耶にとっての第一子が産まれてくるはずだ。 「出産近くなったら連絡してね。何があっても駆けつけるから。なんだったら私の恋人を連れてきて、綾耶に紹介しても……」 「え、恋人さんの紹介、ですか?」 「って、これは関係ないし、まだ早いか」 綾耶に驚かれて、フェイは照れた顔になった。 数年前までは綾耶べったりだったフェイは、綾耶の結婚を機に変わった。『綾耶離れ』を模索し、その過程で結い髪への情熱を買われて美容師の道へと進むことになったのだ。 現在は専門学校に通い、日夜勉強中であり……かつ、少し前に同じ学校で知り合った、結い髪男の娘と恋人関係になる、という思わぬオマケまでついてきた。 まさか自分が男と恋愛するとは予想外だったけれど、相手が男の娘であることで、限りなくぎりぎりではあるけれどセーフの範囲内に収まっている。というか、かなり可愛い男の娘なので、範囲内どころかフェイの好みど真ん中だったりする。 「あ、ちょっとごめん」 フェイは皆に謝って携帯電話に出た。 いそいそとしたその様子から、相手はきっと話題の結い髪男の娘に違いない。 「でかっ子にも恋人が出来るなんてな。……ってちょっと待て。某とちみっ子が夫婦、ってことは俺だけ仲間外れだ!」 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)はいきなり大声をあげた。 といっても、康之にも一番大切に思う女の子はいる。 その子を近くで支えたいからと、シャンバラ宮殿に勤め、その傍ら自分の故郷たる孤児院の手伝いをしたり等、康之は忙しいながらも充実した日々を送っている。 今はあの子と恋人として暮らしている姿は全く想像できない。けれどいつか、某の隣で綾耶が笑っているように、自分の隣であの子が笑っていてくれたら。 (もしそうなれたら、きっとすげぇ幸せなことだろうな!) 某と綾耶も順風満帆に歩いてきた訳ではない。綾耶の身体のことをはじめ、様々な不安や困難を乗り越えた先にこの幸せがある。 自分とあの子にもそんな日々が……そんなことを康之はぼんやりと考えた。 「夫婦どころか、もうすぐ父親と母親になるんだよな、俺たち……」 康之の言葉に、某は今の自分たちを改めて見つめ直す。 始めてパラミタに足を踏み入れたとき、いや、もっと言えば綾耶と初めて出会ったときからは、今の自分たちの姿は想像もできない。 それだけパラミタでの生活が、某を変えたのだろう。 ずっと悩んできた綾耶の身体のこと。パラミタを巡って起きた様々な事件や戦い。 そしてパラミタ分離に伴う離別……。今なら思い出話で済むけれど、あの時は本気でこのまま別れることになると思ったから、生きているのが辛いほどの絶望を味わった。後にも先にも、あれほど絶望したことはない。 だからこそ、あの時はパラミタとの道を繋げる試みに関して、全力で取り組んだ。あれだけのパワーが自分の中にあったのかと、驚愕するほどに。 ここに来るまでのパラミタでの日々は、楽なものではなかった。楽なものではないどころか、思い返せば辛いことばかりだ。 けれどそのおかげで、某は知ることができたのだ。綾耶が自分にとって、世界そのものと同じぐらい大事な存在だ、ということを。 「起こったこと全部に感謝しなきゃな」 某の言葉に、綾耶は頷く。 「某さんの言うとおり、こんな関係になるなんて、出会った頃……からなれたらとは思ってましたけど!」 後半はちょっと恥ずかしそうに早口になると、綾耶は某を見つめた。 「私の身体のこと、パラミタ離別……大変なことばかりでしたけど、私だって某さんが大切な人だって……」 「綾耶……」 ここが駅であることも忘れ、綾耶と某はひたと見つめ合った。 が、その雰囲気を康之の声がぶち毀す。 「まったく、結婚してからずうっとラブラブだなぁ、2人とも! でかっ子もそうだけど、ここだけ空気が甘いぜ!」 「甘いって康之さん……ふ、ふにゃぁぁぁ!」 冷やかされて綾耶が赤くなる。 「えぇい、名無し野郎と綾耶はともかく、私はそんな奇怪な空気なんて発していないだろうが!」 「なんだその生ぬるい視線は! それにフェイ、自分だけ圏外に逃れようとするな!」 フェイと某の声が重なる。 「だって本当のことだろ」 三者三様の抗議に、康之はけろっとして答えた。 「と、とにかくだ」 これ以上康之に喋らせないのが得策と、某は軽く咳払いして話を戻す。 「今日を以て、俺たちも一旦お別れってことになる。だから各々、また会う時まで好きなことを存分にやっておこう」 「っと、そろそろお別れの時間か」 康之が時計に目をやった。 某と綾耶は出産に伴う事情により、これから地球に帰省する。新しい命が誕生するのも地球でのことになるだろう。 それを機会に、これまで行動を共にしてきたパートナーの皆と一旦別れることにした。これより先は、それぞれがそれぞれの道の為、全力で進むことになる。 「私が地球に行っている間、家の掃除はお願いしますね。それからご飯はきちんと食べること。手を抜いちゃダメですよ。しばらく私はいなくなりますが、そういうところはしっかりしてもらいますからね!」 もう母になったように、綾耶は細々とした家庭に関する注意をした。生活の根幹がしっかりしていないと、その上に何も積み上げることは出来ないのだから。 「綾耶の言うとおり、やらなきゃならないことはしっかりやること。……というわけで、みんな」 某はフェイの顔を、康之の顔を、それぞれ目に焼き付けるように見た後、 「また会うときまでさよならな」 シンプルに別れの挨拶をした。 「バイバイは無しだぜ! またしばらくしたら会えるからよ! ってことで、いってらっしゃい! また会うときまで元気でな!」 康之は最後まで、元気ににっと笑って手を挙げる。 「綾耶……」 フェイは別れを惜しむように、ぎゅっと綾耶を抱きしめる。綾耶もそんなフェイを抱き返した。 それも短い間だけ。 フェイはすっきりした顔をあげると、綾耶から手を放す。 「……よし、綾耶成分補給した。じゃあ、いってらっしゃい。またね」 「私も、フェイちゃん成分補給完了♪ それじゃ、また笑顔で会おうね!」 そして皆は歩き出す、それぞれの目指す方向へ。 各々歩き始めたら、誰も決して後ろは振り向かない。 別れは済んだ。ならば後は進むだけだ。 いつかまた、道が交錯するときがあるかも知れない。けれどそれまでは、各々が向かうべき先へ、まっすぐ歩いていく。 ただ、それだけだ。 そうして歩いていく力を、一緒に過ごしたあの日々が築いてくれたのだから。 今はただ、前へ――。