校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 雨がやんだら ■ 出掛ける時には空は晴れていた。 少し雲は出ていたものの、空は十分明るかったし、天気予報でも今日は晴れのち曇りだと言っていた。 だから本宇治 華音(もとうじ・かおん)は何も警戒することなく出掛けたのだけれど。 「……雨……」 華音の肩の上でまとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)がぼそりと言った。 空がどんどん暗くなってきた時から厭な予感はしていたのだけれど、とうとう雲は大粒の雨を落とし始めた。 雨の音に取り囲まれながら、華音はどうしようと周囲を見回した。 「降らないって予報だったから、傘持ってきてないですよ」 空京の街だったら、どこかの建物に入れば雨宿りもできるのだろうけれど、ここはシャンバラの町外れ。雨をしのげそうな場所も無い……いや、向こうに建物が見える。 「あそこなら雨宿りできるかも知れないですね。走りますよ」 こくんと頷いてしっかり掴まったまとはを肩に載せたまま、華音はその建物目指して駆けた。 それは何の飾り気もない、ただの四角い建物だった。 建物の周りには雨をしのげる場所は無さそうだ。 「すみません、誰かいますか?」 華音がドンドンとドアを叩いてみると、 「誰じゃ?」 中から応える声がして、ドアが開けられた。 出てきたのは大柄な男性だった。華音から見ればお爺ちゃんと言ってもいいくらいの歳ではないかと思われる。 「いきなり訪問してすみません。雨に降られて困ってるんです。もし良かったら、しばらく雨宿りさせてもらえませんか?」 華音がそう頼んだ時、ガチャンと派手な音がした。 見れば部屋には男性の他にもう1人、華音と同じくらいの歳の子がいて、音はその子が落とした工具箱が立てたもののようだ。 華音と目があうと、その子は慌てて目を逸らし、落ちた工具を拾い集め始めた。 もしかしてこの訪問はかなり迷惑だったのかもと、華音は慌てた。 「あ、お邪魔なようですから私……」 ぺこりと頭を下げて早々に退去しようとすると、男性がそれを笑いながら止めた。 「いや、構わぬよ。マーキーは私と業者しか見たことがなくての。驚いておるだけじゃ。さ、そこに立っていては濡れてしまう。早く中に入ると良い」 研究所の中に入れてもらい、華音とまとははほっと息をついた。これでびしょ濡れにならずにすむ。 「マーキー、タオルを貸してやっておくれ。このままじゃ風邪を引いてしまうでのう」 ヒューイ・ロシェットと名乗った男性は、そうマーキー・ロシェット(まーきー・ろしぇっと)に言いつけた。 マーキーは言われたようにタオルを持ってきはしたが、渡すとすぐに身を翻してヒューイの後ろに隠れてしまう。 さっき戸口から見たときには女の子かと思ったが、近くで見ると顔立ちこそ可愛らしいがマーキーは男の子だった。 電極がモチーフな+−のオッドアイ、機械らしい長い耳。一目で機晶姫だと分かる外見をしているが、緊張で頬を紅潮させているさまは、人間と変わりない。 「マーキーは私が組み立てて以来、ここから出たことがなくてのう。女の子を、それも同じ年頃の子に会って戸惑っておるのじゃ」 振り返るようにしてマーキーを見たヒューイの目は、とても優しかった。 機晶姫を製造する技術が失われて久しい。 新たに機晶姫を生み出すことの出来なくなったアーティフィサーは、今は遺跡などで遺跡などで機晶姫のパーツと機晶石を拾ってきて、組み合わせるなどして作ることしか出来なくなっている。 ヒューイもそうして、遺跡で集めてきたパーツを組み合わせ、マーキーを作りあげたのだ。 マーキーの顔立ちが女の子のように可愛らしかったり、体型がスレンダーだったりするのは、最初は女の子の機晶姫を作るつもりでパーツを集めてきたのを、途中で男の子のほうが良いと思い直して変更したためらしい。 作られてからずっとこの研究所にいて外の世界を全く知らないというマーキーの為に、華音は自分のこと、自分を取り巻く世界のことを話した。 「私は地球人なんです。契約してパラミタにやってきました」 地球にいた頃の話、パラミタに来てからの話を、華音は思いつくままにしていった。 「パラミタにはたくさん学校があって、それぞれ特徴があるんですよ。私が通っているのは空京大学で、ここでは……」 話していくうちにマーキーも興味を惹かれたのだろう。徐々にヒューイの後ろから顔を出し、やがては身を乗り出すようにして夢中になって華音の話に耳を傾けた。 やがて、屋根を叩く雨音は途絶え、窓からは小鳥の声が聞こえてくるようになった。 「どうやら雨はあがったみたいですね」 華音が言うと、ヒューイは窓辺に寄って外の天気を確かめた。 「おお、太陽が照っておるわ。暗くなる前にあがって良かったのう」 これなら帰りも心配ない、とヒューイも天気の回復を喜んでくれた。 少し濡れた服ももうすっかり乾いている。 また雨が降り出さないうちに、と華音は立ち上がった。 「では私はこれで失礼しますね。雨宿りさせてくれて、ほんとうにありがとうございました」 礼を言って出ていこうとする華音を、マーキーが呼び止める。 「待って……僕……僕、ここから出て華音さんについて行きたい」 「えっ?」 華音が驚いていると、何を言い出したのじゃとヒューイがマーキーをいさめる。 「初めて同年代の子と話したもんだから、そんな気になったのじゃろう」 「それなら私、またおしゃべりしにここに来ますね」 「ほら、華音さんもこう言ってくれておるでの」 ヒューイにそう言われても、マーキーは諦めなかった。 「そうじゃなくて……華音さんといっしょに行きたい……」 本気でそう言っているらしいと気付いたヒューイは、口をつぐんでマーキーを見た。 マーキーはヒューイにとって、息子であり孫であり後継者であり仕事仲間だ。大事に育ててきたし、マーキーもヒューイをパパと慕い、パパとお揃いが良いからと伊達眼鏡までかけているほどだったのに。 そのことを寂しくも思うが、マーキーがこれほどまでについて行きたがるのなら、外の世界を見てくるのも良いかとも思う。 しばらく迷った後、ヒューイは自分のゴーグルを取ると、マーキーにかぶせた。 「……行ってこい」 「え、いいの?」 「ああ」 「パパ、ありがとう!」 マーキーはヒューイに飛びついて礼を言った。 そしてマーキーは華音のパートナーとなった。 研究所を出て広い広い外の世界へ。