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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【17】



「終わったようだな……」
 メルヴィアは安堵のため息と一緒に、隊員たちに戦闘態勢の解除を指示した。
 静まり返った渓谷に、けたたましいエンジン音が鳴り響いた。
 白い雪煙を上げながらこっちに来るのは馬猪駆。鮪とライゼが乗ったあの馬猪駆だ。
「ヒャッハァ〜! 間に合ったようだな!」
 少し遅れて、シャウラ、ナオキ、ニキータ、タマーラも駆け付ける。
 シャウラは涼司を見るなり、拳を振りかぶり、うおおおおおお……と駆け出した。
「このバッカ野郎! てめぇを大切に想ってくれてる女を、泣かせるんじゃねえ!」
「え?」
 涼司の頬を殴る……が、彼の強靭な肉体に弾かれて、逆に30mぐらい吹っ飛ばされた。
 腕が曲がってはいけない方向に曲がって、シャウラは氷よりも顔が白くなった。
「ぎゃああああっ!! 腕がぁ! 腕がぁぁ!!」
「何をしてるんだ、お前は……」
 ナオキは冷ややかにシャウラのひとり相撲を見つめた。
 突然、賑やかになって困惑する涼司の耳に、ふと、聞き覚えのあるその声が聞こえてきた。
『……涼司さん?』
「……か、花音!? 花音なのか!?」
「おらよ!」
 鮪は本物の花音が憑依したパンティーを、涼司の前に突き付けた。
 絵としてはちょっと問題があるが、涼司は震える手で薄布を優しく掴み、抱きしめた。
「花音!!」
『久しぶりですね。しばらく見ない間に、なんだか逞しくなったんじゃないですか?』
「すまない、花音……! 俺が……俺が傍にいながら……!!」
『わ、わ、泣かないでください。染みになっちゃうじゃないですか、もう……」
「え? あ、わ、悪い……」
『……そんなところは変わってないんですね。ふふ、また会えて嬉しいです、涼司さん』
『う、嘘です! これは花音じゃありません! 私が本物の花音です!』
 まだ涼司の背中に貼り付いている光が喚いた。
「もう決着はついたんだ。見苦しいよ」
 そう言ったのは、天音だった。傍らにはブルーズも立っている。
 天音は涼司に近付き、こう言った。
「山葉。そろそろ、君の後ろにいる者の正体が気になってきたんじゃないかい?」
「!?」
「見せてあげるよ」
 天音はシンクロショットを撃ち込み、自分の見ている彼の背中を見せた。
 背中に貼り付いたまばゆい光の中に見える影は、花音とは似ても似つかない。
「な……っ!?」
 涼司は振り返った。
 その瞬間、光は振り落とされて、ごろごろと雪原の上に転がった。
「いたたたた……。急に振り返らないでほしいのさぁ。それは危ないさぁ」
「な、なんだこいつは……」
 頭をさするその人物に、驚愕の表情を全員が浮かべた。
 何せ、禿げた小柄のおっさん。おまけにこの極寒の地で、全裸である。
「なんで全裸!?」
なんくるないさぁ
 全員からの総ツッコミに、おっさんは陽気に答えた。うん、緊張感が削がれる。
ぜ、全然花音じゃねぇ!!
だから、ずっとそう言ってただろーが!!
 おっさんの姿に戦慄する涼司にも、はい、全員からツッコミが入った。
「……って、て言うか、何者だ、お前!」
「おじさんは“ティーラおじさん”さぁ。ハイサイ」
 ティーラおじさんと名乗るおっさんは、ふわりと空中に浮き上がった。
「君を外に連れ出せば、世界がおかしなるのを防ぐ力が得られると思ったさぁ。残念さぁ」
「世界がおかしくなる……?」
 メルヴィアは眉を潜めた。
「貴様が力を求めて彼を必要としたのは、わかった。だが、何故彼を乗っ取るような真似をする?」
「光条世界にはいろいろあるさぁ」
 おじさんの身体がだんだんと上昇を始めた。
「逃げる気だ!」
 誰かが叫んだのに反応し、天音はブルーズに視線を送った。
「ブルーズ!」
「ああ、逃がさん!!」
 けれど、封印呪縛で捕らえようとしたものの、効果は得られず、力はおじさんをすり抜けてしまった。
「なんと……!」
「おじさん、次の手を考えないとねー。んじちゃーびらー」
 おじさんは緩んだ南国の空気を残し、空の彼方へ消えていった。
 その時、雪原にそびえる柱では、雲が裂けて、ブライドエンジェルがおじさんの迎えに現れたという。
 もっとも、それを見たものは誰もいなかったが。

 ・
 ・
 ・

「……また花音さんが戻って来てよかった」
 加夜が微笑むと、涼司も一緒に笑った。
「ああ、一緒に帰ろう、花音」
「お……」
 何か言おうとした鮪を、ニキータがぽんぽんと肩を叩いて、止めた。
 たぶん彼はこう言おうとしたのだろう、それ俺のパンツなんだけど、と。
『……涼司さんに加夜さん、皆にまた会えて嬉しいです。でも一緒には行けません……』
「ど、どうしてだ?」
『きっとそれは“この世界”が……ゆる……してくれ……ないと……』
「花音!?」
 次の瞬間、パンツから淡い光が弾けた。
 彼女の気配も一緒に消えてしまったので、皆の間にざわめきが走った。
「あの時と同じだ。掻き消されるように消えた……」
 メルヴィアは最初に光を見た時のことを思い出す。
「花音……花音……」
 涼司はパンツをぎゅっと握りしめ、ぽろぽろと涙を流した。

花音ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

 再び静寂を取り戻した光条世界に、しんしんと雪が降り始めた。
 雪は色々なものを覆い隠す、喜びも、悲しみも、冷たい雪の下にそっと閉じ込めて。
 だけど……。
 彼女の消えた空を見つめる一同は、雪がまた同じ景色を作り出そうとも、ここで得た希望は忘れない。
 きっとまた会える。
 そんな予感を感じずにはいられなかった……。