リアクション
● イーダフェルトの管制室。 そこには、アールキングから無数に飛び立ってくるゴーストイコンや樹化した虚無霊達の姿をモニタに収める{SNL9998631#幻の少女 エルピス}の姿があった。 もちろん、その他にも羅 英照(ろー・いんざお)や複数の契約者達の姿がある。 彼らはエルピスをサポートする役目以外にも、作戦全体の指揮と補助、緊急の場合の戦闘要員、オペレーター兼操縦士としてそこに居たのだ。 そしてその中に、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の姿もあった。 彼女はパートナーであるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)とともにポムクルさん達のご機嫌をとりなすという重大な役目を背負っていた。 決して――甘く見るなかれ。 ポムクルさんは外見からは中々想像出来ないが、実はイーダフェルトと密接に繋がっている存在である。その為、ポムクルさん達の機嫌やテンションの違いは、イーダフェルトの性能そのものにも影響を及ぼす。言わば、イーダフェルトはポムクルさん達のテンションメーターだ。彼らの機嫌が良くなって、調子に乗れば乗るほど、イーダフェルトはその真価を発揮出来るというわけだった。 当初、この話を聞いたエリュシオン帝国の連中は疑いの目を持っていた。しかし、ひとたびポムクルさん達のテンションが上がって、イーダフェルトの放つ星辰結界の範囲が増したのを見た時には、すっかり改心したようだ。それからはポムクルさん達の機嫌を損ねてはマズイと、不用意に近づかなくなっていた。 そんな気むずかしいポムクルさん達の調子の悪さをカバーするのが、さゆみ達の役目である。 さて、どうしたものかと、さゆみは考えた。 「やっぱりまずは…………………………熱海旅行かしら」 ポムクルさん達のテンションが下がっているのは、予定していた熱海旅行に行けなくなったからである。 まあ、そもそも、エルピスの言うようにイーダフェルトから離れられないポムクルさん達が熱海なんかに行ける道理はないのだが……。 そこはそれ、気分の問題だ。 ポムクルさん達はすっかり熱海気分だった為、行けなくなったことに気分を害していた。 「…………やる気が起きないのだー」 「…………つーん、なのだー」 「……………………」 そんなわけで、さゆみはポムクルさん達に熱海気分を味わってもらうことにした。 具体的には、『シュトゥルム・ウント・ドラング』と呼ばれる技を使うのである。 これは中々に便利な技で、芸術表現を通じて相手の魂や感情を揺さぶるというものだった。つまり、それっぽい熱海の歌を歌いながらこの技を使用することにより、ポムクルさん達は熱海の楽しい気分を夢見るというわけだ。 さっそくさゆみは『シュトゥルム・ウント・ドラング』と『幸せの歌』を併用し、ポムクルさん達に歌を聴かせた。 すると―― 「お……………………?」 「おぉ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!」 「熱海だーっ! 熱海なのどぁーっ!」 目の前に熱海の幻を見て、ポムクルさん達のテンションがピッチアップした。 が、もちろん幻は幻。決して本物というわけではなく、ポムクルさん達の現実は、その場に突っ立ってポワ〜っと気分が高潮しているような状態だった。 やがて、十分に熱海の温泉気分を味わったポムクルさん達は、はっと現実に戻ってきた。 「む〜、楽しかったどわのだ〜」 「でもでも、やっぱり本物がいいのだ〜」 残念がるポムクルさん達。 そこに、さゆみはすかさず言い添えた。 「でもポムクルさん達。今日は残念だったけど、熱海は絶対に逃げないからね」 「そうなのだー?」 訊き返すポムクルさん達。 「もちろん」 さゆみは笑みを浮かべ、うなずいた。 「みんなで頑張ってこの危機を乗り越えたら、きっと行けるはずだわ」 「――そうですわよ」 と、さゆみの後ろから言ったのはアデリーヌだった。 彼女もまた、ポムクルさん達を励ます役目を背負っている。静かな微笑みのまま、優しげにポムクルさん達を見つめていた。 「楽しむことは後からいつだって出来ますわ。大切なのは、その為に今を乗り越えることです。それが重要ですことよ。それに――」 彼女はポムクルさん達に顔を近づける。 それから、不気味なくらいの笑みをニコッと浮かべた。 「このままこの危機を乗り越えられなければ、世界は壊滅ーっとなって、熱海も消えてなくなっちゃうかもしれませんのよ〜」 「ひぃっ…………!?」 「な、なのだっ……………………!」 これにはさすがにポムクルさん達も愕然となる。 それから彼らは懸命に働くようになった。熱海消える。これ許すまじ。 その様子を見ながら、 「………………アデリーヌも人が悪いわよね」 さゆみはぼそりと言った。 「あら、そうでもないですわよ?」 アデリーヌは肩をすくめながら答えた。 「そもそも人のオフの時間も削ってしまっているのですから、これぐらいは当然のことですわ。四の五の言ってられないですわよー」 「…………もしかして、すごく怒ってたりする?」 「まさか。おほほほ〜」 わざとらしい笑い声をあげて、にやりとポムクルさん達を見るアデリーヌ。 「………………はぁっ…………。まあ、いいか……」 半ば諦めたさゆみは、そう言って小さなため息をつくのだった。 |
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