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リアクション
4.マスコット。
工房に着くや否や。
「リンス、おかえり! おきゃくさまがおまちなのよ」
と、クロエから言われた。
出がけは火村 加夜の膝の上に座っていたクロエだが、今は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の膝の上に居る。クロエの声に顔を上げた月夜と目が合ったので、会釈しておいた。月夜の隣には樹月 刀真(きづき・とうま)と玉藻 前(たまもの・まえ)の姿。
「ただいま……それと、いらっしゃい」
それから、クロエたちから少し距離を置いた席に、真剣な顔をした宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が座っている。
「お邪魔してます」
牙竜が軽く頭を下げ、その声に弾かれるようにして祥子が立ち上がった。
バッ、とバスケットを差し出しながら、
「お願いします! 私に人形の作り方を教えてください!!」
頭を下げる。見事に直角、九十度。
気押されて口を閉ざすリンスが何か言う前に、祥子が言葉を続ける。
「自分でも作ろうとしてみたんです、だけど、どうしても上手く行かなくて……。
大切なあの人に人形を贈りたい。だったら、少しでも上手に作りたい」
来年の5月10日に控えた、ティセラ・リーブラの誕生日。
その日に間に合うように、人形を作りたいと祥子は思っていた。
ビスクドールなどでなく、ぬいぐるみやフェルト人形など、いわゆる可愛いマスコット人形。ティセラを含む、十二星華を模した人形。
自分でも痛いかなあ……と首を傾げてしまうけれど、大切なあの人への、あの人の大切な人たちを模した贈り物をしたくて。
けれど、今言ったように、独学では限界が見えている。
「名にし負う人形師、リンスさんに弟子入りしたら……作り方を教わったら、きっと上手になれる、そう思って」
普段ヴァイシャリーに居ないのに弟子になってどうするんだとか、自分でも思うけれど、だけどそれでも、上手に作りたい。
技術に拘らず気持ちが大切だ、とはいろんな人に聞かされたし、またそれは納得のいく言葉だけれど。
でも、贈りものだ。
少しでも上手に作りたいと思うのが、人情というもの。
だからしてみた、弟子入り志願。
「上手くなりたいんです! 独学だけど設計図も書いてきました!」
ドキドキしながら、お土産で持ってきた葦原コーチンの炭火焼チキン入りバスケットを差し出した体勢のまま、答えを待つ。
間もなく、手から重量が消えた。頭を下げたまま視線をリンスに向けると、目の前の人形師は感情の薄い表情を少しも変えずにバスケットを受け取って立っていた。
わからない。いいよと言われるのか、いやだと言われるのか、表情から読み取れない。
けれどそんな祥子の内心の揺れを一蹴するように、
「いいよ」
リンスはいともあっさり承認した。いいよと言いながら、バスケットを台所に持って行き、姿を消すから今の一言がいや、の言い間違いなのではないかと一瞬錯覚。
「? 作らないの」
戻って来てそう言うリンスに、
「えっと……弟子入り、OK、ですか?」
思わず再確認。
「うん、設計図見せて」
喜ぶ間もなく手を差し伸べられたので、祥子は慌てて設計図を鞄から取り出した。
――やけにいそいそこそこそしていると思えば。
こっそりと祥子の後を追いかけてきたイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が見たのは、リンスに十二星華人形の設計図を渡す祥子の姿。
「祥子さんってば、乙女さん」
思わず呟いて微笑んでしまった。
目の前に居るのが凄腕の人形師なら、その人に作るのを任せてしまってもいいものを。
自ら作りたいと弟子入りするなんて。
「祥子さんの新しい一面を見られましたわ」
あとでこれをネタにからかってみよう。内緒でこんなことをしていたお返しだ。
顔を赤くして反論するか、頷くか。どちらにしても可愛いものが見られるだろう。
イオテスはそんな祥子の姿を想像しながら、工房のドアを開けた。
「こんにちは、初めまして。わたくしにもお人形の作り方を教えて頂けますかしら?
わたくしも、大切な人にお人形を贈りたいと思いまして」
驚いた顔でこっちを見ている祥子には気付かない振りで、にっこりと。
*...***...*
目の前で祥子が弟子入りを果たした。
それをめでたく思い、牙竜は微笑んで見守る。
人形作りが開始され、真剣な様子の祥子とイオテスをリンスが見守る。そんな構図になったのを見計らって、刀真が牙竜にアイコンタクトを送る。
――きっかけを作りますよ?
――頼んだ。
「こんにちは、リンス。実は惚れた女の為に人形作りについて聞きたいことがあるという人を連れてきたのですが、話を聞いてもらえませんか?」
ワンクッション置いてから。
「お初にお目にかかるな、リンス殿。
ちょっと、聞きたいんだけどいいか?」
牙竜は声をかけてみた。
向こうは何も言わない。ただ、静かに見返してくる。
その視線に、どうぞ? と促された気がして、牙竜は言葉を続けた。
「惚れた女が居るんだ。そいつが、親しい人へ手作りのプレゼントが送れるように手助けをしたい」
パッフェル・シャウラが、料理上手だとか人形作りが上手いとか、そういった手先が器用であるという噂は聞いたことがある。
が、セイニィ・アルギエバがそうであるという噂は、一度として聞いた事がなかった。
もしかしたら、不器用なのかもしれない。
そんな彼女が、親しいパッフェルやティセラに何か手作りでプレゼントを贈れるようにと思って。
「少しの練習で人形を作れる素材や入門セットがないかな」
そう、尋ねに来たのだ。
お節介になるかもな、とか、無茶なことを言っているな、とは思うけれど。
それでも、何もしないよりはいいだろうと、行動してみた。
セイニィのために、何かしておきたい。
あるのは、その気持ちだけ。
問われたリンスが立ち上がり、棚に向かい。棚からいくつかの品物を手にして戻ってきた。
「これは、一部縫製が済んでる人形。綿を詰め込んで、その部分を縫えばもう出来上がり」
ひとつを手にして、説明して。
「それじゃ作った気にならない! って人は、こっち。
今の人形の作り方を書いた本と、型紙と生地、綿が入ってる。
……入門セットなんかだと、これくらいしかないな」
しげしげと、説明されたものを見つめてみる。
うん、これくらいなら、不器用かもしれない彼女でも作れる……気がする。
「よし。これが欲しい」
「包む?」
「頼む」
「じゃあこれも」
「?」
渡されたのは、メッセージカード。
そうか、プレゼントだと包むのなら、書いた方がいい。
メリークリスマス? ……は、今日明日だから、もう間に合わないだろう。誕生日か、なにか記念日に渡せるようにできるように、書き出しの文章を考える。
『セイニィ様へ
マスコット人形を作れるセットを送ります
親しい友人のティセラとパッフェル…そして、いい意味でのライバルのフリューネにも作って送ってみてください
心を込めた手作りの贈り物は、きっと喜ばれると思います』
書いてから、ちょっと気障ったらしいかな……と心配になったが、それよりも不安になることがあった。
「……あのツンデレ、素直に受け取ってくれるかな……?」
まずはそこからだ。
*...***...*
月夜が、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)と共にクロエに渡すはずだったクリスマスプレゼントを一人で持っていくと決意を固めたので。
刀真も、それについてきた。
月夜が心配だというのはもちろんのこと、――刀真も、落ち着いて考えたかったのだ。白花が扶桑に取り込まれてしまったことを。
けれど、一人で考えるとろくな事になりそうにない。誰かのところで……と考えていたところ、思いついたのはリンスだった。偶然にも牙竜が人形作りに興味があると言い出したので、彼も一緒に。
そんな牙竜はセイニィに渡すプレゼントを受け取って、少し嬉しそうにしていた。友人が嬉しそうにしているのを見るのは、良い。
周りからリア充、リア充と囃し立てられる牙竜だが、実のところ惚れた女の為に頑張る青春真っ盛りの男の子。そんな彼だから、応援したくなった。それが上手く行ったようで、なによりだ。
ぼんやりしていた刀真の前に、人影ひとつ。
「……?」
視線を上げると、武神 雅(たけがみ・みやび)が仁王立ちしていた。
「どうかしました?」
「刀真……白花のこと、思い詰めるなとは言わん。だが、少し肩の力を抜いておけ」
「え、」
「そんな顔をしている事を彼女が知ったら……余計に心配するだろうな」
言われて自分の頬に手を当てる。普段と変わりなく思えるが。
今、自分はどんな顔をしているのだろう?
雅も心なしか辛そうな顔だ。
「白花はきっと、刀真が助け出してくれると信じて待ってくれてるのだろ?」
世界樹に取り込まれてしまった白花。
雅が言うように、刀真の助けを待っている、白花。
だけど、助け出す具体的な方法が見当たらないのだ。
焦っている事を、自身で解している。
このままだと、焦りすぎて上手く行くことも上手く行かなくなりそうだ。
「だから、肩の力を抜けと言っているだろう?」
俯いた刀真に、雅が続ける。
「刀真。助けたいと思っているのは、刀真一人ではないのだぞ。私も助けたいと思っているし、月夜もそう思っているだろう? 他にもたくさん、居るだろう。
一人で、一人で、と――抱え込むな。
頼れば良いし、言い方は悪いが利用もすればいい。私の愚弟とか、な。マホロバなら動きやすいように手を回せる」
白花を助けた時に笑顔で居られるようにな、と雅が笑った。
言われて、気付く。
「一人で、気張りすぎていた……ってこと、ですか?」
「ああ。そんな様子では塞ぎこむ一方であろう?」
そうならないようにと、工房に来たのに、勝手にそんな考えに向かっていたようだ。
自分でなんとかしようと、自分だけでなんとかしようと、責任を負いすぎてしまうところは癖なのかもしれない。
「そういうわけで、愚弟は遠慮なく使えばいい。なに、過労死してもその保険金は私のところに入るからな、問題ない。
酷い姉だと思うならとんでもないぞ、姉という生き物はだいたいこんな感じだからな……」
ふふ、と笑う彼女に苦笑いして。
「そうですね……頼らせて、もらいます」
「存分にな」
「ありがとうございました」
少し心が軽くなった。微笑める程度には。
「リンス」
「ん?」
口を挟まず、静かに話を聞いていた人形師へと声をかける。
「俺も、人形を作って良いですか? 何かを作りながら……前向きに、考えていきたい」
「どうぞ。型紙から作る? それとも既存のものを使う?」
「型紙からで。パートナー達や、環菜の人形を作りたい」
白花の人形も作ろう。
そして、帰ってきたら、おかえりと言って、渡そう。
*...***...*
「とうまおにぃちゃん、あかるくなった!」
クロエが、刀真の表情の違いを察知して言った。
「……良かった」
刀真を見て、月夜は呟く。
良かった。本当に。
いろいろと悩んでいるみたいだし、自分からは何も言えなかった。
相談に乗るよとは言ったけれど、彼にも思うところが――それは実のところ、月夜だって悩んでいるから彼女の負担にはなりたくないという、ある種両想いの感情だったのだけど――あって、打ち明けてくれなかったし。
きゅっとクロエを抱き締めると、その手をクロエが握り締めてきた。
大丈夫?
そう、問いかけるような瞳に。
月夜は笑って答える。
大丈夫だよ、と。
それから、
「メリークリスマス!」
白花と一緒に作ったプレゼントを渡すのに、笑顔以外で渡せようか?
「受け取って? 白花と一緒に作ったの」
「ありがとう! ……でも、えと、びゃっかおねぇちゃん、は?」
今まではたぶん、気を遣って聞いて来なかったのだろう言葉を投げかけてきた。月夜が白花の名前を出したから、聞いたのだろう。
「白花はね、ちょーっと体調不良で。来れなかったの。だから、今日は私だけ」
「そうなの……」
真実をぼかして伝えると、クロエが悲しそうな表情で俯いた。
「だけど、元気になったらまた一緒に来るよ。あったかくなったらピクニックにでも行こうか。お花見とかどう? 綺麗に咲いた花を一緒に見に行こうよ」
「おはなみ、したい!」
「ね! お弁当作って、花で冠とか作って……あ、でも私、作り方知らないや」
「わたし、おはなのかんむりつくるの、じょうずよ!」
「本当? じゃあ、作り方教えてもらっちゃおう」
小指を差し出すと、クロエがそれに指をからめてきた。
ゆびきりげんまん。
「約束」
「やくそくね!」
笑顔で約束を取り交わし。
――この約束を守るためにも、白花を助け出さなくっちゃ。
強く、月夜は心に誓う。
*...***...*
そんな月夜や先程の刀真を見て、玉藻はほう、と感嘆の声を漏らした。
白花が扶桑に取り込まれて、思い悩み暗い表情でいたのに、いまや、と。
「環菜が戻ってきたと思ったら次は白花、もう嫌だ!」と頭を抱えていた月夜は前を向き。
刀真も、見る限りは良い方向に考えを向けられたようだ。
解り易く悩む月夜はともかくとして、刀真が解り辛かった。
どうでも良い他人には無反応、だけど身内とした人間の事となると深く思い悩むタチ。
更に、その思い悩む時間は無駄だと表には出さない。
だからこそ心配だった。
悩み過ぎて、無理をしていないか。
――大丈夫そうだな。
見る限り、だいぶ気を楽にしたように思える。
話を聞いてもらい、意見をもらって、軽くなったのだろうか。悩みが、少しでも。
だったら良い。
悩む姿をただ見ている身は、当人が思うよりも辛いことだから。
「……む?」
ふと、玉藻は気付く。
視界に映る、ミニスカ腹チラサンタ姿の人物に。
その人物を見て、疑問符。首を傾げる。
なぜなら、ミニスカを穿いているその対象が、女ではなく男だったからだ。
*...***...*
ミニスカ腹チラサンタ衣装の男――もとい、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は顔を赤くして、だけどどこか吹っ切れた様子で刀真に近付く。
警戒したように、玉藻が刀真の傍につくがお構いなしだ。
「……あの?」
「何も言わずに受け取れ!」
渡したのは、サンタ衣装。
ただし、お揃いの。
さらに言えば、スプリングロンド・ヨシュアが着る予定だったので、サイズの違いもかなりあるものだ。
尤も、きちんとラッピングが施されているから外から見ても中身はわからないけれど。
「……えっと」
だから、この微妙な視線は、全てルオシンに向けられているということで。
…………。
「言うな、何も言うな……!」
ルオシンはさっと工房の陰に身を隠した。
そんなルオシンを見て、ごく一般的なサンタ衣装を着たコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は笑う。
本当ならペアルックでラブラブしながら配りまわりたかったのだが、懐妊中の身。腹出しはいただけない。
だが、これはこれでよかった。
「やっぱり、ルオシンさん……お似合いです〜♪」
つい見惚れてしまうくらい、似合っているのだ。ルオシンのミニスカサンタが。
――はっ。見惚れている場合じゃありません……!
そう、今年のコトノハは、サンタさんなのだ。
みんなに素敵なクリスマス! を合言葉に、プレゼントを配って回る。
幸せのお裾分けなのだ。
はずれが入っている? それは御愛嬌。
蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)も、メイド風にフリルがあしらわれたサンタ衣装で幸せのお裾分けをしている。丁度、牙竜に禁猟区をかけたお守りを手渡しているところだった。
さて、娘が頑張っているなら母はもっと頑張らねばなるまい。
コトノハが渡そうとしたのは、コスメセットだ。誰かに恋をしているみたいな、祥子に向けて。
だけど祥子は真剣に人形作りをしているから、邪魔をしてはいけないなと。
そっと、机の端に置く。
――あとで気付いてくれればいいな。
そして喜んでくれればもっと嬉しい。
聖なる夜だから、ひとりでも多くの人に幸せが訪れますように。
*...***...*
コトノハたちの動きを素知らぬ顔して受け流し、リンスは椅子に座っている。
人形を、マスコットを作る祥子をぼんやりと見て。たまに口を挟んだりして。
そんなリンスを、加夜は友愛を強く含んだ瞳で、見る。
「弟子入りを許すなんて、ふふ。他人嫌いだったリンスくんも、随分変わりましたね」
思ったことを言うと、僅かにリンスが首を傾げた。
「そうかな、……そうかも?
でもさ、自分が誰かの、何かを変えるきっかけになれたらさ。なんとなく嬉しいじゃない」
言われて加夜の頭に浮かんだのは、山葉 涼司の姿。
「……私も、あの人の何かを変えられるでしょうか」
無意識に、願望が口をついて出ていた。
「どうだろう。それは火村の頑張り次第?」
「ですよね。よし、私も頑張ろう……!」
拳を固め、決意を新たに立ち上がる。
「頑張れ、いってらっしゃい。
……あ。これ、店番ありがとうってことで」
そんな加夜に手渡されたのは、クリスマス仕様のお人形。
「メリークリスマス」
「ありがとうございます。メリークリスマス!」
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