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これが私の新春ライフ!

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●祈り。

 両腕に大きな人形を抱えたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)が、魂を抜かれたような表情で鳥居を見上げていた。赤い塗装はほうぼうが剥げ、材質の木そのものも痛みが激しい。それでもそれは鳥居であった。立派ではないが、神社の入口であった。
 たたずむ彼女を、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が呼んだ。
「フェイちゃん、拝殿はこっちだよ」行こう、と綾耶は鳥居の奥を指す。「そう、あそこで手をあわせるの。え、連れていってほしい、って? じゃあこの手をとって……」
 とさしだした綾耶の手ではなく、その髪の先端をフェイは握った。
「……やっぱりそっちなんだ」
 苦笑いしながら綾耶は、フェイを連れて匿名 某(とくな・なにがし)に続いた。
 空京神社ほど立派ではない。それどころか鳥居も建物も小さく、ややもすると見落としそうな小さな地所であった。しかし必要なのは気持ちだろう、ということで気にせず、某たちはこの神社を初詣の参詣場所に選んでいた。
 混み合いそうな時間を避けたこともあって、他の参拝客の姿はなかった。鎮守の森に囲われた敷地内は暗く、静かで、ザッ、ザッ、と砂利を踏む音がよく聞こえた。よく冷え、閑散としていることが、静謐な雰囲気を醸しているようにも某には思えた。
 古いながらよく整った拝殿の前に彼らは立った。
「ところで賽銭ってのはゴルダと円。どっちがいいんだ? ……まあ適当でいいのか」
 某は呟きつつ賽銭を投げ、鈴を鳴らし二回手を打って合掌した。
(「少ない賽銭で色々祈って悪いけど、神様、年一回のサービスということで聞いてやってほしいんだ」)
 彼は祈った。
 まず、今年こそパラミタで起こってるゴタゴタが解決することを祈願した。
 大切な親友たちの幸福も願った。
 そして綾耶のことを祈った。綾耶のことは、特に念入りに祈った。
 某が妙に真面目な顔をしているのがフェイには奇妙に思えた。彼女にとってはここに祀られているという神も、初詣という風習も、深い意味があるようには見えなかったのだ。もし神が実在するのであれば、どうして世界はこれほど残酷なのだろう。
(「……昔の奴の考えはわからん」)
 だが祈れというのなら祈っておこう。フェイは世界の髪結いっ子の幸福と、綾耶の幸福を祈っておいた。
(「……なるほど」)
 フェイは悟った。手を合わせて一心に願うのは、そう悪い気分ではなかった。いくらか落ちつくのも事実だ。うまく説明できないがこれも、まるで無意味な風習ではないのだろう。もう一度、ゆっくりと綾耶のことを祈ると、フェイは毅然とした表情で顔を上げた。
「持ってて」
 フェイは、抱えていた人形を両手で綾耶に渡した。そして、
「ちょっと来い!」
 叱りつけるような口調で某の袖を握り、ぐいぐい引っ張って本殿の裏へ連れていった。
「珍しい組み合わせですね……」
 綾耶は小首を傾げたが、すぐに拝殿に向き直って祈りを捧げた。
 綾耶の集中は、長くは続かなかった。
「……っ!」
 胸の奥に激痛が走った。まただ、また、予告もなく痛みが襲ってきた。病気や怪我ではない。肉体の異変が訪れようとしているのだ。このところずっと痛みは激しさを増している。なんとか表に出さないようにこらえているが、いずれそれも限界に達しよう。耐えられなくなったとき、何が訪れるのか綾耶にはわからなかった。新たな段階への移行か、それとも、自らの死か。
 某とフェイは本殿の裏で向かい合っていた。
「どうしたんだよ、急に」
「黙れ。今は私が話す番だ!」
 叩きつけるように断じて彼の口を閉ざすと、フェイは目を怒らせて問うた。
「黴々菌、おまえは綾耶が痛みを抱えてる事を知っているのか。もし知っているのなら、なぜ何もしないのか!」
 某は険しい目をしていた。知らないはずがない。
「……もう、話していいんだよな」
「話せ」
「俺のパートナーだ。綾耶が抱えてることは知ってる。そいつが、彼女の生い立ちにも関わってるってこともな」
 ここまでは勢いのよかった某なのだが、語気は徐々に弱々しくなっていった。
「何もしないのかって言われりゃ俺だって何かしてあげたい。けど、綾耶が抱えてることは俺が手を出せる領域じゃない。綾耶自身で解決するしかないことなんだ。だから俺にできることは、そんな綾耶をそばで護ってやるだけ。それだけなんだよ……」
「弱虫」
「えっ?」
「おまえは黴々菌どころじゃない、菌よりずっと役立たず、ただの弱虫だ! 何もせず傍観することが『護ってやる』ことであってたまるか! 私が……私がおまえの立場であれば良かったのに……!」
 フェイがこれだけつづけて言葉を発するのを、某は恐らく初めて聞いた。
 そして彼女が、目に涙を浮かべるのも。
 言葉を見失ったようにフェイはしばし、荒い息を吐き、
「とにかく、そんなの、間違ってる!
 と告げて背を向けた。綾耶の元に駆け戻ると、
「ねえ、寒いよ。帰ろう。綾耶……」
 甘えたような声でフェイは彼女の髪を掴み、引っ張るようにして歩き出した。
 某は無言で足元を見つめていたが、首を振って二人を追った。
「……間違ってる、か。そりゃ、俺だってそう思う。思うけど……」
 だったら、どうすればいいんだ。