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第40章 迷い

 バレンタインデー当日。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、様々な誘いや、パーティの出席に忙しくしていた。
 そんな彼女に、イルマ・レスト(いるま・れすと)は臨時の日雇いメイドとして付き従っていた。
 決して並んで歩いたりはせず、メイドとしての領分を弁え、後方から付き従い、ラズィーヤの社交に口を挟むようなこともなかった。
 そして1日の仕事が終わり、私邸でくつろぐラズィーヤにお茶を入れた後で。
 イルマは用意してきた箱を手に、ソファーに座るラズィーヤに近づく。
「ラズィーヤ様、こちらもお召し上がりになってください」
 蓋を開けて、イルマは箱をテーブルの上に置いた。
 それは、地球のベルギーから取り寄せたプラリネの詰め合わせセットだ。
「ありがとうございます。いただきますわ」
 紅茶を一口飲んだ後、ラズィーヤはチョコレートを一つ手にとって口の中に入れた。
「……とても美味しいですわ。さすがイルマさん、素敵な贈り物をありがとうございます」
「はい。ラズィーヤ様にふさわしい品を選んだまでですわ……」
 そう答えるイルマだったが、次第に元気がなくなっていく。
 イルマはラズィーヤを見ていた。
 ソファーに座っているからだけではなく……こうして見ると、ラズィーヤも小柄な女性だ。
(美しくて聡明で、いつも政治と社交の中心にいて……だけど、孤独な人……)
「どうかいたしましたか? ……最近、何かお悩みのようですわよね」
 ラズィーヤがイルマを見ずに言った。
 気付かれているのだろう。そう、ラズィーヤに隠せるわけがないのだ。
 そう思いながら、イルマは一点を眺めて口を開いていく。
 ……もう、潮時かもしれない。
「アイシャ女王陛下の治世となった今、先の女王の血筋であるヴァイシャリー家の影響力は低下するのではありませんか? ましてや、アムリアナ前女王陛下の身の安全の為とはいえ、戴冠を妨害したのも事実ですから……」
 そもそも、イルマがミルザムを見限ってラズィーヤに近づいたのは、ミルザムが期待はずれだったから。
 ヴァイシャリーは故郷だし、愛着があったという事情もありはしたが……。
 冷静に考えれば、蒼学に戻ってアイシャに近づいた方が利口だ。
 そうすべきなのだ
 新しくアイシャ女王陛下のファンクラブを作るのはどうだろうか。
 そんな考えが、イルマの頭に浮かんでいく。
 だけれど……。
(そんな不敬なこと出来る訳ありませんわ)
 自分の考えを、自ら否定してしまう。
 これまでなら、こうも迷うとはなかったのに。
「ラズィーヤ様は、私はこれからどうすればよいでしょうか?」
 迷いながら、悩みながら、イルマは今でも敬愛しているラズィーヤに目を向けて、答えを求めた。
 紅茶を飲んでいたラズィーヤが、カップを皿の上に下した。
 ラズィーヤの言葉を待ちながら、何を言っているのだろう自分はと、イルマは軽く苦笑した。
 仕事の指示を求めているようにしか、聞こえなかっただろう……と。
「本当にそうでしょうか。わたくしは、ヴァイシャリー家の立場は特に変わらないと思っていますわ。……あなたが、現女王陛下のお傍でお仕えしたいのでしたら、止めはしませんわ。ですがイルマさん」
 ラズィーヤが賢しさを感じる笑みを見せる。
「それは、あなたにとって楽しいでしょうか。……賢いあなたには、物足りないと思いますわよ?」
 そしてまた、ラズィーヤは紅茶とチョコレートに目を移す。
「ラズィーヤ様……」
「本当にこのチョコレート美味しいですわ。一緒にいかがです?」
「いえ……そんな畏れ多いことは……」
 イルマの声は次第に小さくなっていく。
 ラズィーヤは無理にイルマに進めはしない。
 そして、無理に、自分の下に残るようにとも言わない。
 だけれど、最後にこう悪戯気に微笑んだのだった。
「わたくしに仕えるというお気持ちがあなたになくなりましたら、一緒にお茶をして女同士の忌憚ない会話を楽しめるのでしょうか。それはそれで、面白そうですわ☆」