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第30章 新たな関係へ

 皆川 陽(みなかわ・よう)は、寮の自室にいた。
 バレンタインデーに、デートをする相手がいなかった彼に、予定などあるわけがなく。
 ひとり、ぽつん、と部屋の中にいた。
 でもそれは、いつもの事。
 陽はいつも、孤独だった。
 誰にも必要とされていないと、地球にも、パラミタにも、薔薇の学舎にも、必要のない人間。
 無価値な有機物に過ぎないと、思っていた。
 でもそれは……嫌だった。
 悲しかった。
 辛い、現実だった。
 だから、部屋から出て、寮の中をぶらぶら歩きまわってみる。
 すれ違う寮生と挨拶を交わして。
 寮長や来客にも挨拶をして……。
 でもそれだけで、陽を誘ってくれる人や、立ち止まって話をしようとしてくれる人は、いなかった。
 皆、用事があるようだった。
「暇なのはボクだけ……」
 ため息をついて、部屋に戻ろうとしたその時。
 見慣れた人物の姿が目に留まった。
 ……パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だ。
 彼もまた、何の目的もなさそうに、寮の中を歩き回っているだけのようだった。
「あ……」
「お茶でもどう? ボクの部屋で」
 こちらに気付いたテディに、陽が声をかける。
「うん」
 テディはにっこり笑みを見せる。
 だけれど、その笑みは少しぎこちない。

 クリスマスに、テディは陽にプロポーズをした。
 それからしばらく考えた陽は、気づいてしまったのだ。
 テディは『陽』のことを、見てはいない。
 『陽』を愛してはいない。自分である必要はなかった。
 契約してくれる人なら、だれでもよかったのだと。
 気づいたから。
 2月の半ば。
 陽はテディをプロポーズを拒絶した。
 それ以来、2人はまともな会話をしていなかった。

 部屋の中で。
 ポテトチップスの袋をまん中から開けてテーブルの上に置いて、ボリボリ食べながら陽の方から話し始める。
「ボク達は契約し合ったパートナーだ。確かにそれは一生変えられないよ」
「……うん」
 テディも陽の方を見ずに、持参したエビ煎に集中し、ばりぼり食べていた。
「でも、なにも、無理矢理同じ道を歩む必要はないと思うんだよ。テディはテディで好きに生きなよ」
 ちらりと、テディは陽を見る。
 見たのは顔ではなくて、彼が身につけている指輪。
 それは、テディが騎士の忠誠の証として贈った指輪だ。
(身につけてくれてるのは、『そういう仲じゃなくても、傍にいてもいいよ』っていうことなのかなー)
「家族が欲しいんでしょ? 誰か女の人と付き合ってさ。結婚して、子供たくさん作ったりするといいんじゃないかな。キミ、そういう賑やかなの好きでしょ?」
「んー。そりゃ、エロいのは好きだよ。昔は嫁もいたし」
 互いの顔は見ずに、ばりばり、むしゃむしゃ菓子を食べる音を響かせながら、会話をしていく。
「テディのキレイな顔ならさ、彼女とかすぐじゃん」
「でも、なんでか最近、そういう気分になんなくてさー」
「……喉渇いた」
 陽がテーブルに手をついて立ち上がる。
 テディの視界に、陽の体が……チラリとのぞいた鎖骨が目に入った。
 途端、鼓動が高まっていく。
「茶淹れてくる。その間に、電話で女の子とデートの約束でもしたらどう?」
 そっけなく言って、陽はキッチンへと向かう。
 自分に背を向けた陽を、テディはじっと見ていた。
(僕には、彼の望むことが何もわからない……)
 家族が欲しいだけだった。
 陽の陽としての人格など、見てはいなかった。
 彼への強い感情は、恋心ではなく、ただの執着心であったことは……彼が見抜いた通りだ。
(でも……)
 今は、少し違う。
(気づかされたんだよ。本当に今更)
 目を閉じて、大きく息をついた。
 心が、疼いていた。

 コンロの前で、陽も大きく息をついていた。
 ズキズキと痛む胸に、思わず右手をあてる。
 皆川陽はテディに必要とされていなかった。
 それは事実だけれど。
 皆川陽という名前の契約者は、彼にとって必要で、全て手に入れたいモノだった。
(ボクは、この体を彼に捧げるべきだった? ……違う、そんなの、嫌だよ)
 断った時の言葉も、態度も。
 今の自分の言葉も。テディを傷つけ、悩ませることは解っていた。
 陽は彼をきちんと見たから。だから彼の真実に気づいた。
 だけれど、テディは陽を見ていなかったから――。
「そんなの知らない。考えちゃダメ」
 大きく呼吸を繰り返して、陽は手を震わせながら悲しげに言う。
「だって――ボクは、必要とされてないんだもの」