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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



25


「は、はっ……ハンニバッ! ハンニバッ!!」
 という、世にも奇妙なくしゃみの声を上げたのは、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)である。
「うぅ……ずびっ」
 はなみずをすすり、ごしごしと鼻の下を擦る。
「ああもう。ハンニバルさんってば、そんな大きくくしゃみしてはしたない。あとすすらないの、ほらまたずるずるしちゃって」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はポケットからティッシュを取り出し、ハンニバルの鼻に宛がった。
「ほら、ちーんしてください。はい、ちーん」
「ちーん! ズビビッ」
 鼻をかませて、ゴミはゴミ袋へ。
「ふう。助かったのだクド公。褒めてつかわ……ハンニバッ! ハンニバッッ!!」
 しかしかんだ傍からまたくしゃみである。
「あれ? ハンニバルさん、花粉症でしたっけ?」
「そんなわけないのだ。ズビッ」
 再び鼻にティッシュをあてて、ちーんとやって鼻水をかませながらハンニバルの顔を見た。
 繰り返されるくしゃみ。心なしか普段より赤い顔。
「もしかしてハンニバルさん、風邪気味ですか? ちょ、それなら早く言って下さいよ」
 知っていたら外に連れ出したりはしなかったのに。
「いや、断じて違うのだ。ボクは風邪でも花粉症でもないのだ。ただ鼻がむずむずっとしただけであってな……は、はっ――ハンニバッ! ハンニバッ!! ハンニバッ……くしょん!」
 さらに、連発。
「結構ひどいじゃないですか。これから暗くなって寒くなるんですし、一度うちに帰って――」
 言いかけたところで、脛をげしっと蹴られた。
「うるさいのだ。風邪ではないといってるだろうになのりゃ!!」
「いや、言えてないですし」
「うるさいうるさいっ」
「痛い痛い! 連続蹴りとかね、ダメージ蓄積がひどいんですから止めて下さい!」
「クドが! 頷くまで! ボクは蹴るのをやめない! のだ! ハンニバッ」
「くしゃみしながら言うことですか!? わかりましたわかりました! わかりましたよもう!!」
 きょろきょろと辺りを見回し、先程飲み過ぎ食べ過ぎの面々に胃薬を渡したりしていた花梨を探し。
「すみません、風邪薬とかマスクとかありますかねぇ? ウチのハンニバルさんが風邪気味みたいで……」
「あるよー。はいどうぞ。大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなさそうなんですけど、帰らないって言って聞かなくて。困っちゃいますよねぇ」
 薬とマスクをもらってきた。
「ほら、これつけて。うつしちゃったらいけませんからね」
「息苦しいのだ」
「我慢です。あともしこれ以上ひどくなるようでしたら意地でも連れて帰りますからね!」
「何をぅ? クド公のくせに生意気なのだ。ボクは帰らんぞ! 意地でも花見を楽しむろら! へっくち!」
 世話が焼ける上に我儘な娘である。
 仕方がないですねぇもう、とハンニバルの傍に座り、大事がないように見守るクドだった。


「鬼羅星!」
 ビシッ、といつもの挨拶で登場したのは、ご存知天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)だ。鬼羅の頭にはリョーシカ・マト(りょーしか・まと)がちょこんと座っている。
「自分も来たでぇ♪」
 楽しそうに手を振って、花見の面子に挨拶だ。
「ほわぁ、お花が綺麗やなぁ〜……!」
 早速リョシカが桜に心を奪われた。瞳を輝かせ、あっちを見たりこっちを見たり。
「あ! クロエちゃんや!」
 そうしているうちに、クロエを見付けたようだ。鬼羅もそちらを見遣る。リンスから離れ、一人散歩し桜を見ているクロエが居た。
「クロエちゃーん! やっほ」
 リョシカがクロエに向けて手を振りかけたところで、鬼羅はリョシカの身体を掴む。
「き……鬼羅ちゃん?」
 不安そうな声が頭上からする。
「ちみっこ同士、盛り上がってこい」
「や、でもなんで自分を掴むん? なあちょ、やめよな? な?」
 何をされるか予想がついたらしいリョシカの、涙交じりの声。
 鬼羅はそれらを一切無視して、
「いってこい!!」
 クロエに向けて、リョシカを全力投球した。
「やめっあぶっこわあわわぎにゃぁあああ!!」


 響き渡る悲鳴に疑問符を浮かべながらクロエが振り返ると、風を切って飛んでくるリョシカを見た。
「どういうことなの!?」
 驚きの声を上げながらも、その姿からは想像もつかないスピードと反射神経でリョシカを抱きとめる。
「リョシカちゃん、だいじょうぶ?」
「は、はわぁ……! クロエちゃん、ごめんなぁ? びっくりさせて……」
「ううん、へいきよ。それよりどこかけがしてない?」
 わたわたと慌てるリョシカを肩に乗せ、問い掛けた。
「平気やで。自分、鬼羅ちゃんの無茶には慣れてるもん。心配してくれてありがとうね」
 リョシカは笑って手を振った。確かに、どこにも怪我はなさそうだし元気そうだ。
「それよりそれより。な、な、このお花って、『さくら』言うんやっけ?」
「そうよ! さくらよ。いましかさかないんですって」
 リンスから聞いた知識だ。今の時期、短い間しか咲かないそうだ。すぐに全て散ってしまうと。
「話に聞いてたより綺麗やね♪」
「ね! いっぱいさいてると、すっごくそうかんだわ」
「楽しいしな! お花見!」
「うん。とってもたのしいわ」
 人がいっぱい集まって、美味しい物を食べて、誰かが馬鹿をしたり、それを見て笑ったり。当然メインの桜も見て、愛でて、この時間を楽しんで。
「自分、お花見って初めてなんやけど。
 クロエちゃんや、みんなと一緒にお花見を楽しめる。それはとっても嬉しいなって思うんよ」
「リョシカちゃん……」
「な、なんちゃって♪ いやもう、自分、恥ずかしいこと言うなぁ!」
 クロエが感激して言葉を失くしていると、それを呆れているとでも取られたのだろうか。肩に乗っていたリョシカがそこから飛び降りて、照れたように笑って歩きだす。
「やーも、ホント恥ずかし。クロエちゃん、忘れてな! ……っぶ!」
 振り返ってそう言ったら、落ちた花びらに足を取られてすてんと転んだ。
「あわ……花びらまみれやわ」
 苦笑するリョシカを、クロエは抱きあげる。花びらと一緒に。
「わたし。わすれないからね」
「えっ、」
「リョシカちゃんが、いまいったこと。ぜったいわすれない」
 だって、クロエだって同じ気持ちなのだ。
 大切な人達と一緒にお花見を楽しんだこと。
 それがすごく嬉しいと思ったこと。
「そんな、恥ずかしいなぁ〜……」
 照れくさそうに笑うリョシカに、クロエも笑いかけた。


「リョシカはクロエと楽しそうにやってるみたいだな」
 地面に座り込んで笑う二人を見て、鬼羅はふっと笑う。
 居座った場所は、リンスの座るシートだ。
 なにせリンスだけいつも通りであまり騒いでいない。
 ――これはなんとしてでも笑わせねぇとだろ!
 夕暮れからの夜桜。酒だつまみだ団子もあるぞとドンチャン騒ぎ。
 それなのに盛り上がっていないだなんて、言語道断。
 ――オレが盛り上げないで誰がやるってんだ!
 意気込む鬼羅に、
「さっき思いっきりマトのこと投げてたけど、あの子大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない!」
 キリッ、とドヤ顔で言ってみた。
 現に、あの全力投球でリョシカはクロエの腕の中に着地したわけだから一番いい投球だったともいえよう。
 ドジして転んだ時もクロエに抱き上げられたし、いい具合にキャッキャウフフと楽しそうだし。
 ならば問題は、この鉄面皮のみではないか。
 そういうわけで。
「ところでリンス。こいつをどう思う?」
 鬼羅は思いっきり変な顔をしてみた。
「天空寺、お笑い芸人になれるよ」
「なら少しは笑ってみせてくれよな……お世辞にすら聞こえねぇ」
「お世辞じゃないんだけど」
 面白いと思ってるんだけどな、とリンスが言うが、ならくすりとでもいい、笑ってくれ。
 続いて、男女問わずに冒険屋ギルドのメンバーの物真似をしてみた。レンから始まり、衿栖やルイの真似をしてみせる。とどめとばかりにクロエの真似もしてみたが、
「似てるねぇ」
 表情を変えないまま、ぱちぱちと拍手された。がくり、項垂れる。
 敵はどうやら相当手強いようだ。
 ――もう、こうなったら……!
「うぉおおおおおおおお!!」
 服を脱いだ。
「……は!?」
 さすがにリンスも驚いたらしい。声が少し大きくなった。
 ほぼ全裸で披露するは、ブレイクダンス。大事なところが見えてしまうかもしれない。が、笑いのためなら気にしない。それに昔からいうではないか、ポロリもあるよと。
「ちょっ、鬼羅さんなにしてるんですか!」
 目を引く行動に、クドが声をかけてきた。
 もちろん、止めるためではない。
「お兄さんにも一声かけてくださいよね! まったくもう!!」
 などと言いつつ、クドも服をキャストオフ。
 パンツ一丁ブレイクダンスの仲間入りである。
 ちなみにクドのパンツは花見らしく桜柄だったのだが、誰も気にしてくれなかった。
 メンバーが二人に増えたことにより、ブレイクダンスは激しさを増す。
 とても上手い。華麗だと言える。ただしパンツ一丁だが。
 踊り終えた鬼羅はリンスを見た。
 ――さあ何か、感想を!
「あのさ」
 その願いが通じたようにリンスが口を開く。
「冷え込んできたから、そんな恰好じゃ風邪引くよ?」
 駄目だった。
 鬼羅、撃沈。
 一方でクドは、
「宙を舞う可憐な桜の花びらのように空を舞いますよッッ!!」
 テンションゲージが振り切れて、一人になってもまだ踊り狂っていた。しかも今度は地面でのパフォーマンスだけではなく、空中パフォーマンスも入れている。
 しかし、
「見苦しいのだっ!!!」
「ふおぅっっ!!」
 飛び上がった瞬間、ハンニバルからの空中踵落としを食らった。地面に顔面から突き刺さる。
「まったくクド公には風情というものがないのか? アホ丸出しな――ハンニバッ! ハンニバッ!!」
 粛清したハンニバルは、くしゃみをしながらクドを放置して去って行く。
 見送ってから、鬼羅は再びリンスを見た。
「……まあ、なんだ。クドみたいに吹っ切って楽しめとまでは言わねぇけどさ。もっと楽しめよー」
 なー? と言うと、
「いや、俺かつてないくらい楽しんでるんだけどね? 桜、好きだし。みんな面白いし」
「ちょ。てめえの反応、すげぇわかりづれぇぞ……!?」
「それは申し訳ないけど、これが俺だからねぇ」
 のんびりと言ってから、リンスがふっと笑った。
「あ。笑った」
「? そりゃ笑うよ」
「笑わせようとしても笑わなかったじゃねぇか」
「ああ突飛過ぎるものに対してどんな顔をすればいいかわからないんだよね」
「笑えばいいと思うよ」
 

「うわあ、猥褻物陳列剤すれすれだよー? あれ放置でいいの?」
 店の営業を終えたフィルが、パンツ一丁の鬼羅とクドを見て笑いながら問い掛けてきた。
「ああ、ほっとけ。アホが移るぞ」
 ザミエルは軽くあしらい、フィルに甘酒の入ったコップを渡す。年齢がわからないのでアルコールは避けた。見た感じでは未成年だし。
「まあ飲んで楽しんでいけ」
「ありがと♪」
 いい飲みっぷりでコップを空にしたフィルが、ザミエルの目を見た。
 聞きたいことがあって近付いたことに気付いているように。
 ザミエルは黙ったまま煙草を銜えた。火をつける。吐き出した煙が空に溶けた頃、
「依頼がある」
 話を切り出した。
「内容は?」
「リンス・レイスの過去について」
 リンスのことが知りたかった。
 能力のことではない。それも充分興味深いものではあるが、もっと気になるのはリンスの内に潜む悲しみ。
 ザミエルがリンスについて知っていることは、断片的な情報。それだけでは共有はできない。共有したいと思っているのに。
「別に悪用するつもりはないさ。……それとも、知り合いの情報は売れないか?」
「まっさかーぁ。仕事と私事は別物でしょ? でも少し時間ちょうだいね、まとめておくから」
「頼んだ」
 依頼成立。ザミエルはその場から離れる。あまりフィルに近付いていてリンス本人から不審に思われるのは得策じゃない。
 ――まあ、そんな疑いはしないだろうがな。
 念には念を、と料理を食べるノアや花梨のところへ向かった。