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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



6


 椎堂 紗月(しどう・さつき)の考えていることは、いい加減椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)にもわかっていた。
 『Sweet Illusion』というケーキ屋に連れて来られて、ケーキと紅茶を頼んで。
 テラスの席に連れ出されて第一声が、
「で、あの子とはどうなの?」
 である。
 何かと思えば案の定か。いい加減頭が痛くなってきた。
「何だよー、ため息吐いて」
「お前は俺の保護者か。ばか」
「ばかって!
 ……だってさ、あの子に対してはこう……なんかこう、違くね?」
 違うって何だ、とばかりに見据えると、桜色のスイーツにフォークを刺しながら紗月が呟く。
「アヤメって優しいから、誰かを突き放したりってのは滅多にしないけど。それだけじゃないだろ、あの子には。
 それが悪いとかじゃなくてさ。っていうかむしろ、俺とかパートナー以外にも心開こうとしてるっつーか、歩み寄ろうとしてるっつーか、それは良いことだと思うんだけど」
 アヤメは紗月と契約する前、他人のことを信じようとはしなかった。自分と他人の間に壁を作って拒絶して、周りからも嫌われて、だからずっと独りでいた。それでいいと、思って。
 紗月と契約してからだって、そこまで誰かと深く関わろうとはしなかった。紗月が、そのことに関して心配していると知っていても。
「アヤメがさ。誰かと深く関わろうとしてるんなら、それは嬉しいことだなって思うんだよ。あの子の方だって、アヤメには結構懐いてるみたいだしさ? そういう面では脈ありだろ。
 この前のバレンタインの時だってアヤメに作ってきてくれたみたいじゃん? 友チョコかもしれないけど、アヤメのことを想って作ってくれたのは事実だしさ」
「…………」
「でもさ、やっぱ思うんだよな。クリスマスの前から、あの子アヤメにべったりなこと多かったし。多分、純粋に友達としての感情だけでもねーと思……って、ごめん。これ以上俺が考えてもしゃーねーか」
 ひとつ、間を置いて。
「紗月は、俺とあいつの関係の進展を望んでいるのか?」
 アヤメは問うた。紗月が紅茶に手を伸ばす。一口、二口、紅茶を飲んで。
「そういうのは外野が口出すもんじゃねーかなって。でもお似合いだとは思うぜ?」
 出された返事は、そういうもの。
 望まれているのだろう。きっと。
 だけど。
「……友だとは思っている」
 そう思えたことが、自分としては大きな変化なのだ。
「だがそれだけだ。紗月が思い、願っているような恋愛感情はない」
「アヤメ、」
「だが。……他の奴らよりも大きく感じるのも事実だ」
 あいつの笑顔を見れば心は安らぐし、あの笑顔を消したくないと思う。
 だけど、アヤメの心の中で何よりも大きいのは紗月の存在なのだ。紗月と共にありたいと願い、望む。それがアヤメの気持ちだ。答えだ。
 でも、と思う。
 ――だとすれば、俺にとってあいつは何だ?
 と。
 他人だ。パートナーでもなんでもない。本当に、ただの他人だ。
 ――なのに、どうして俺はあいつを受け入れる?
 他人に関わろうとしなかった。関わらないように、自ら距離を取ってきた。
 それなのに、あいつに対しては上手く距離を置けない。それどころか、笑顔の記憶を残し、また見たいとも思ってしまう。
 『アヤメ様!』
 元気な声。夏に咲くひまわりのような笑顔。手を繋いだ時の、柔らかな感触。体温。
 ――何で覚えてるんだ。
 他人の、ものなのに。
「……駄目だな。考えたがわからない」
「え?」
「自分でも、あいつに対する感情がわからないんだ」
 この感情に名前はあるのだろうか。
 ぼんやりとプランターに咲いた春花を見て、彼女にも見せたいなと思った。


*...***...*


 春の陽気に誘われて。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、外に出掛けた。
「今日が一番、お花見日和だそうですよ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がそう言って微笑む。確かに、今日は天気も良いし風も暖かい。街中にある花も咲いていて、この具合で桜が咲いているならさぞかし見事なことだろう。
「フィルさんのお店見えてきたね!」
 お弁当と、フィルへのお土産を持ったセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が前方を指差した。
「こんにちはー」
 それから率先して店に入る。
「いらっしゃいませー」
 にこり、いつも通りの笑顔で迎えられたメイベルたちはショーケースに並ぶケーキを見た。
 色とりどりのメインメニューに加え、期間限定のポップが踊る桜のケーキ。
「美味しそうですぅ」
 思わずそう呟いてしまう。
「フィルさん、いつもお世話になってるお礼だよ」
「お礼? なんだろー」
 メイベルがどのケーキを購入するか真剣に吟味する中、セシリアはフィルに手土産の和菓子を渡した。
 洋菓子店に洋菓子のお土産を持っていくのも変だから、と考えた結果の桜餅だ。
「わーい、桜餅♪ あ、両方ある。私どっちも好きなんだよねー」
 両方というのは桜餅の種類、長命寺と道明寺のことである。どちらもそれぞれ特徴があり美味で、どちらか片方だけ、というのは勿体ない気がしたから両方作ってきたのだ。どちらも好きと言ってくれたので、その甲斐あったというものだろう。
「お口に合うと嬉しいな。緑茶じゃなくて、アールグレイなんかを合わせてもいいと思うし」
「その組み合わせはやったことがなかったなー。やってみるよ、ありがとう」
「よしっ、決めましたぁ! フィルさん、これとこれをお持ち帰りさせてくださいですぅ」
 メイベルが買ったのは、モンブランとシフォンケーキだ。どちらも桜が使われた、春色のものである。
「テイクアウト?」
「はいっ。美味しいケーキをお店で食べるのも素敵ですが、折角ですから桜の花を観賞しつつ食べようかと思いまして〜」
「ああ、だからセシリアちゃん大荷物なんだねー」
 セシリアの持っていたバスケットを指差して、フィルが笑う。バスケットの中身はサンドイッチやマフィンだ。
「花より団子?」
「いいえ。花も団子も楽しみますぅ」
 欲張り宣言をして微笑み、ケーキを買って店を出た。


 目的地まで、のんびり歩く。
 途中、クラスメイトや見知った顔に出会い、軽く挨拶したり手を振ったり。
「素敵なことです」
 フィリッパは小さく微笑んだ。隣でステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)も笑っている。
「桜、綺麗ですね」
 ステラに話しかけると、こくり、頷く。
「……季節ごとのイベントを楽しめるのも、メイベルさんと知り合う以前には考えられないことでした」
 それからぽつりと呟いた。
「こうした日々を送れることに感謝しつつ、精一杯楽しもうかなって」
 幸せそうに笑ってから、数歩前を歩いていたメイベルたちの横に並んだ。
 三人の後ろ姿を見つめつつ、フィリッパは思う。
 ――メイベル様も、セシリアさんも、ステラさんも。
 ――今日という日を思い出にして生きていくのですね。
 辛いこともたくさんあるけれど。
 それと同じくらい、幸せなこともあるのだと。
 フィリッパも、今日という日を思い出に残す。
 咲き誇った桜の美しさを忘れないように。


*...***...*


 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、イナテミス防衛の結果に責任を感じていた。
 思い詰めて、塞ぎ込んで。
「フレデリカさん、お花見に行きませんか?」
 衰弱するフレデリカを見かねたのだろう。フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が花見に誘ってくれた。
 好きな相手に誘われたとあれば、少しでも元気を出そうと思うもの。
 フレデリカはお弁当を作って会場に向かった。


 お弁当を作って待ち合わせ場所まで来たのはいいけれど、上手に出来たか不安である。
 バレンタインデーの時には失敗してしまったし、今度こそフィリップに喜んでもらいたい。お弁当を食べてもらいたい。美味しいと思ってもらいたい。
 ――満足してもらえなかったらどうしよう?
 そう思うと、おなかのあたりがきゅっとして内臓がひんやりする。ちょっとだけ、怖くなる。
 そのたびに、だけど、と思いなおす。
 ――ううん。あれだけ頑張ったんだもん。きっと大丈夫。
 ――でも、バレンタインデーの時のこともあるし……。
 ぐるぐる、ぐるぐる、立ち直っては落ち込んで、立ち直っては落ち込んで。
 繰り返すうちに、
「フレデリカさん」
 フィリップと合流してしまった。
 同じシートに座って、桜を見上げる。
「桜、綺麗ですね」
 微笑まれて、ぎこちなく頷いた。
 ――緊張してるなぁ、私……。
 すぅはぁ、一度深呼吸をして。
「フィリップ君!」
「はい?」
「お、お弁当、作ってきたの! ……食べて?」
 ドキドキと、高鳴る心臓を抑えながらお弁当箱を開いた。中身はフィリップが好きなイタリア料理である。好きだと聞いたから、ニョッキやオムレツ、メインにピザとパスタを作ってきた。
「お花見らしくはないけれど……」
 腕によりをかけて作ってきた。味に自信は……あると言い切れないがないとも言わない。
 割り箸と紙皿、おしぼりを手渡して、食べてもらうのを待つ。
「…………」
「……そんなに見られたら、食べづらいですよ?」
「あ、ご、ごめんなさい?」
 慌てて顔を逸らす。が、視線だけフィリップに向けた。だってどうしても気になってしまう。
 フィリップに美味しく食べてもらえるだろうか?
 ドキドキ、ドキドキ。
「……ん。美味しい!」
「ほ、本当?」
「はい。本当です」
「本当の、本当?」
「ですって」
 フィリップの温かい笑顔に、フレデリカも笑顔になる。周囲の花に負けないくらいの笑顔で。
「嬉しい……っ」
 喜んでもらえたことが。
「……ひとつ、わがまま言ってもいい?」
「? なんですか?」
「愛称で、呼んでもらいたいの」
 ほんの少しでもいい。
 進展したい。
 そう思って言ったのだけど、言ってしまってからはっとした。
「ご、ごめんね!? 嫌ならいいから! 気にしないで!」
 ぶんぶん両手を振って、気を散らそうとしてみた。
 思案気な顔をしたフィリップが、小さな声で、
「……フリッカ?」
 一度だけ、名前を呼んだ。
「…………」
「…………」
 お互い顔を真っ赤にして。
 それきり何も言えなくなる。
「……や、やっぱり恥ずかしいですね」
 はにかむフィリップに、
「……ありがと」
 フレデリカは礼を言う。
 願いを叶えてくれてありがとう。
 それから、花見に誘ってくれてありがとう。
 両方の想いを込めて、満面の笑みで。


*...***...*


 今年は桜が綺麗に咲くという。
 そんなニュースを受けて、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は携帯を手に取った。
 『お花見に行きませんか?』
 それだけのメールを作成して、送信するは泉 美緒(いずみ・みお)
 返ってきた答えに口元を綻ばせ、正悟はいつが見頃かニュースを追った。


 そして迎えた花見当日。
「美緒さん」
「ごきげんよう、正悟さん」
 二人は湖の傍で待ち合わせた。
 運よく場所が取れたので、大きめのシートを敷いて二人並んで腰掛ける。
「お弁当。作ってきた」
「正悟さんのお手製ですか?」
「いや? パートナーに頼んで」
 同じく持参したお茶をコップに注いで、こつんとカップをぶつけて乾杯。
「「いただきます」」
 声をそろえて飲み物や食べ物に口をつける。
 美緒を見ると、じっと桜を見上げていた。口元には笑みが浮かんでいる。
「……『いい天気ね』だって」
「え?」
「桜が」
 【人の心、草の心】を用いて、桜の気持ちを聞いてみたのだ。美緒が、空を見上げる。青空。雲がゆっくりと流れていた。
「そうですわね。すごくいい天気」
「暖かいと目が覚めるのが早いって」
「春眠暁を覚えず、の逆なのですね」
「だね。俺はつい寝過ごしちゃうけど。美緒さんは寝坊したりとかしない?」
「あまりありませんわ。でも、窓際や外でのんびりしていると、うとうとしてしまいますけど」
「陽気に誘われちゃうよね」
「ええ。……実は今も、少し」
 恥ずかしそうに笑って言う美緒。
「寝ちゃおうか」
「え?」
「だっていい天気だし」
 言って、ころんと寝転がった。空が視界いっぱいに広がる。桜が空を見る場合、どんな風に映るのか。今の自分のように、上に広がるのか。それとも立っている時のように見えるのだろうか。
 そんなことを考えていたら、美緒の顔が近付いた。寝転がっている。
「空」
「はい」
「広いね」
「とっても」
「腕、貸すよ」
 おいで、と二の腕を叩く。
「腕枕、ですね」
「あ。嫌?」
 それならば、とタオルを出した。
「枕代わりにどうぞ」
「でも、正悟さんは?」
「心配するなら腕枕されちゃえばいいよ。そうしたら俺がそのタオル使うから」
 ね、と提案してみると、美緒の小さな頭が腕に乗った。
「重くないですか?」
「大丈夫」
「辛くなったら言ってくださいね」
「うん」
 とか言っている間に、うつらうつらしてきてしまうのだけど。
 こういうのんびりとした時間は、とても幸せだなぁと感じながら。


*...***...*


「わあ……」
 桐生 理知(きりゅう・りち)は思わず感嘆の声を出した。視界に広がるのは桜の樹。
 満開の桜を見て、「綺麗」と呟く。
 頭に浮かぶのは、同じ学校の彼のこと。
 ――翔君、桜好きかな?
 ――一緒に見たいな。
 ――明日とか。都合のいい日、一緒に来れないかな?
 そう思って、携帯を取り出した。辻永 翔(つじなが・しょう)の番号を呼び出し、かけてみる。
 いつも持ち歩いているお守りをぎゅっと握り締め、コール音を聴いた。


 翌日。
 空京の高台にある、街を見渡せる場所で。
「ねえねえ翔君、桜好き?」
 来てくれた翔に、理知は尋ねる。
「嫌いじゃないな」
「そっか。良かった」
「理知は好きなのか?」
「うん! 好きだよ」
 街を見下ろしながら、笑う。街に咲く桜は遠く、近くで見るものとはまた違った趣向があった。
「今年は例年より見事に咲いているらしい」
「そうなの?」
「今朝のニュースで言っていた」
「そうなんだ」
 去年の桜と比較してどうかはわからないけど。
「昨日見た桜より、今日の方が綺麗だなぁ……」
「昨日と今日じゃ、あまり変わらないだろ?」
「でも、翔君が居るから」
「俺?」
「うん。昨日一人で見たときより、今日翔君と一緒に見ている桜の方が綺麗に咲いてる気がする」
「そうか? 気のせいだろ」
「そんなことないよ。綺麗だよ」
 ――二人で過ごせて嬉しいから。
 曖昧だし、ちょっと照れくさいから言わないけれど。
「あ。遅くなっちゃったけど、ホワイトデーのクッキーありがとう。甘すぎなくて、ほろ苦いクリームがすっごく合ってて美味しかったよ」
「どんなのがいいかわからなかったからな。喜んでもらえたなら俺も嬉しい」
「えへへ。……ね、翔君。手を出してくれる?」
「手?」
「いいからいいから」
 翔の掌にそっと桜の花びらを乗せて、その上に理知自身の掌を重ねる。
「1,2,3!」
 声をかけて、ぱっと掌を離すと。
 桜の花びらが、栞に変身……
「……あれ?」
 ……するマジックのはずだったのだが、花びらが掌の上に残ってしまった。
「マジックって難しいね。失敗しちゃった」
 あは、と照れ笑いを浮かべながら、
「お礼になるか分からないけど、使ってくれると嬉しいな」
 栞を渡した。
「この栞、桜を使っているのか」
「うん。ここの花びらだよ」
 昨日見ていて綺麗だと思って、舞っていた花びらを持ち帰って加工したのだ。
「綺麗だよな」
 栞を見ながら翔が言った。
「うん。桜も景色も、綺麗」
 こんなに綺麗な景色を、壊したくない。壊されたくない。
「守ろうね、絶対!」
 差し出した小指に、翔の指が絡められた。