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44


 先日地球に里帰りした際、鎌倉にある蓮見家の墓で家族にアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)との結婚報告は済ませたけれど、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)には心残りがあった。
 それは、みんなが生きている間に花嫁姿を見せてあげられなかったこと。
 だけど今日に限り、本当ならもう二度と会うことの叶わない死者に会えるという。
 ――もしかしたら……私の願いは、叶うの……?
 人形を握り締め、朱里は深呼吸をした。
 手元にある人形はひとつだけ。
 つまり、呼び出せるのは一人だけ。
 誰を呼ぶかは決めていた。祖母の、蓮見 千草だ。
 ――両親に会えないのは残念だけど、せめてお祖母ちゃんだけでも……。
 幼い頃千草に買ってもらった『四葉のクローバーのぱっちんどめ』をつけながら、アインと共に千草を待つ。
 間もなく人形の姿が消え、自宅兼用にしている仕立て屋『ガーデニア』の扉が叩かれた。
「はい……?」
 もしかして、という期待を抱きながら扉を開けると、
「久しぶりだねえ、朱里」
 生前と変わらぬ、優しい目をした祖母が立っていた。


 家に招き入れ、お茶を用意し一段落してから。
「お祖母ちゃんがいなくなってから、私ずっと独りぼっちで寂しかった」
 ぽつりぽつりと朱里は千草に話しかけた。
 今の言葉は比喩でもなんでもない。朱里の両親は朱里が六歳の時に事故死してしまっており、祖母の死は文字通り朱里を独りにさせたのだ。
「ごめんなさいね。もっと身体に気をつけるべきだったわね」
「ううん。私こそごめんなさい、せっかく会えたのに寂しかったなんて言っちゃって。
 今日はね、もっといい報告をしたいの」
 くい、とアインの手を引いた。頷き、アインが立ち上がる。
「初めまして。僕は朱里の契約者で、アイン・ブラウです」
「あらまあ、ご丁寧に。私は蓮見千草と申します」
 千種も立ち上がり、丁寧に一礼。
「存じております。以前から話は聞いていましたので。朱里を小さい頃から見守り、育ててくれた人である貴方に、一度会って話がしたかった」
「あらあら。私はごく普通の地球人ですよ。何も面白いところなんてないけれど、構わないかしら?」
「勿論です。……ああ、すみません、立たせてしまって。どうぞお掛けになってください」
 アインが促し、千草が再び椅子に座る。アインも座ったのを見てから、朱里は「あのね」と話を切り出した。
「私、今、幸せだよ」
「ええ。見ればわかりますよ」
「本当?」
「もちろん。幸せというのはね、人の外面によく出るものなのですよ。本当に良い方に巡り会えたのね」
 千草の言うとおりだ。
 アインと契約して、パラミタに来て、友達もたくさんできて。
 養子も居るし、実子も今おなかの中に居る。
「朱里。結婚、おめでとう」
 千草が言った。まだ、結婚したことは話していないのに。いや、話した。墓前で。あの時のことをしっかり聞いていてくれたのだ。
「ありがとう。今ね、おなかの中には彼の子供が居るの」
「……そう、赤ちゃんが」
「うん。今五ヶ月で、冬には生まれる予定。お祖母ちゃんから見たらひ孫になるね」
 報告を済ませていると、千草の目が遠くを見ていることに気付いた。「お祖母ちゃん?」と声をかける。
「どうかした?」
「あなたが生まれた時のことを思い出していました」
「私が生まれた時……」
「あなたももう、立派なお母さんね」
 祖母に認められたことが嬉しくて、目頭が熱くなった。
「うんっ。あのね、他にも身寄りのない子を養子として引き取って、家族として暮らしているの。
 もう、寂しくないよ」
 涙をこらえて、千草を安心させるように微笑んだ。
 そう、と千草が頷き、
「あなたならいいお母さんになれるわ。いいえ、もうなっているのでしょうね」
 優しく朱里の頭を撫でた。


「これがね、パラミタに来る前の私。お祖母ちゃんと一緒に出かけたときの写真だよ」
 アルバムを取り出して、アインと子供たちに見せて思い出を語る。
「お祖母ちゃんには何から話そう? パラミタに来てからした冒険の話? 恋の話とか、は……聞いてもつまらないよね?」
「そんなことありませんよ。朱里の幸せは私の幸せでもありますからね」
「……えへへ。ありがとう。……あっ、そうだ!」
 思い立って、朱里は椅子から勢いよく立ち上がった。ぱたぱたと小走りに、自室のクローゼットに向かう。
 クローゼットから出したのは、結婚式当日に着た自作のウェディングドレス。
 もう式は終わってしまったけれど、こうして見せてあげたくて。
「……お祖母ちゃんっ」
「まあ。よく似合っているわ。それを着て執り行ったの?」
「うん。すっごく幸せだったよ。写真もあるの。これだよ」
 アルバムを手繰り、見せ。
 そうして過ぎる時間は本当にあっという間で――。
「あ……」
 気付けば、外はもう暗く。
「……お別れ、なんだよね……?」
 時間を気にしだした千草に、問うた。
「ええ。短い時間だったけれど、とても楽しかったわ」
「私さっき『もう寂しくないよ』って言ったけど……やっぱり寂しいよ」
 会ってしまったから。
 今度は別れが辛くなる。
 我慢していた涙が、零れた。
「あれ、おかしいな。……変だよね。私もう、『お母さん』のはずなのに……」
 本当はまだまだ『子供』で。
 泣き虫で。
 ぎゅ、と握り締めた拳を、アインが優しく包んだ。その手の感触が妙にほっとした。
「私、お祖母ちゃんが居ないと――」
「朱里」
 朱里の言葉を遮って、千草が静かな声を出す。
「泣かないで。あなたの大事な子供たちが心配するでしょう?」
 ぴしゃりと放たれた言葉に、涙が止まった。顔を上げる。
「遠く離れても、私はいつだってあなたたちを見守っています。
 だから寂しがらないで。泣いたりなんてしないで。見えているんですから。どうせ見せてくれるなら、笑顔がいいわ」
「……うん」
「それに今は支えてくれる人が居るでしょう? 守りたい家族も居るんでしょう? ……ならあなたは強くなれます。それに何より、私の孫なんですからね。自信をもってお生きなさい」
 涙を拭いた。背筋もぴしっと伸ばす。
「はい!」
 それから張りのある声で、大きな声で、返事を。
 よろしい、と千草が笑った。歩き出す。
「千草さん」
 後姿に声をかけたのは、アインだった。千草が振り返る。
「僕は契約者として、何よりも彼女の『夫』として――生涯をかけて、彼女を守ります」
「ええ。よろしくお願いしますね」
 答えた千草の表情は、とても嬉しそうなものだった。