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chapter.10 刑事事件について(2)・本格派! 


 お怒りのハマーらに対し、「あと少しで終わるから」ごねることでどうにか舞台を続けさせてもらえることになった生徒たちは、すぐに第6部を再開させた。
 ヒラニィが倒れ、近遠らが目撃し、アキュートらが殉職し、壮太が推理を披露したところまでが第6部の前半であった。つまり、被害者と目撃者と探偵が出てきたということである。となれば後半に活躍する役柄が何かは、もうお察しの通りである。



 セットは先程の署内のものをそのまま流用しているのか、見覚えのあるものだった。しかし、演者がガラリと変わっていた。並んだデスクの、奥まったところに座っているのはスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)。そこに、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がカップを持って近づく。
「ロンド署長、コーヒーをお持ちしました」
「ああ、すまない」
 完全に役になりきっているのか、口調もいつもとは若干違うように聞こえる。
「……」
「どうしました、ロンド署長」
「……これ」
「え?」
「コーヒー……か?」
 あらためてふたりはカップの中をのぞく。そこに黒さはまったくなく、むしろ御茶のそれに近かった。
「あ、すみませんロンド署長、間違ってセンブリ茶を!」
 どうやらローザマリアが演じているのは、この警察署に新しく入った、新米刑事ということらしい。その役柄ゆえの、あえての失敗なのだ。あえてでセンブリ茶を淹れるのが、もう故意犯のにおいがするが。
「そういえば例のあの事件、まだ手がかりすら掴めてませんね」
 話題を切り替えようと、ローザマリアが話す。それはもちろん、ヒラニィの件だった。未だ犯人の情報は出てきていない。
「それなら、既に応援の要請を出した。ちょうど今日あたり来る頃……」
 スプリングロンドが言い終える前に、ドアがバンと勢い良く開いた。中に入ってきたのは、まさに今ふたりが話題に出していた人物、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)だった。
「丁度いいところに来た。紹介しよう、スコットランドヤードから出向してくれた英国の刑事、マイト刑事だ」
「よろしく」
 ともすると、やや気取った風とも見られてしまいそうなクールさでマイトが軽く挨拶を済ませる。
「聞いた話では、大分手こずっていると」
 意外だ、とでも言いたげな表情で、マイトが言う。もちろん彼は英国紳士として、冷静に話を聞きたいだけで他意はない。しかし、その落ち着いた物腰が、逆に気性の荒い彼らには引っかかってしまった。
「なにぶん、自由が過ぎるきらいがあるからか……」
 ちら、とスプリングロンドがそう言って、近くに座っていたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)を見る。
「? どうしました? 計算なら、もうちょっと待ってくださいね」
「彼女は何を?」
 マイトの当然の問いに、スプリングロンドは答えた。
「もし爆破という作業が必要になった時のために、ガソリンの分量などを計算しているらしい」
「爆破!?」
 目を丸くして、マイトが驚く。同時に彼に湧いた感情は「やっぱり」だった。
 元々、ここの警察の者たちは荒っぽい捜査で有名だとは聞いていた。それは、彼のやり方とは些か違っていた。マイトは少し黙った後、「早く、事件を解決しないとな」とだけ告げた。彼らとの連携に、少しの不安を抱えつつ。

 さて、その物騒な計算をしているコトノハのパートナー、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)はというと。
「空京にはけしからん者が多い……そういった犯罪者を取り締まらなければな」
 彼は、空京警察の捜査課長という役どころを演じていた。
「周りから固めていくべきか」
 やるべきことはもう、見えている。ルオシンは、聞き込みを行うため、ある場所を他の者たちに提示した。そのある場所とは、意外にも場末のスナックであった。
 耳を疑う刑事らに、ルオシンは堂々とした態度で言う。
「全責任は我が取る」
 なお、この時のルオシン、完全なる客席目線とドヤ顔である。さてはこれ言いたかっただけだな疑惑が急浮上中だ。
 それはそうと、このルオシンの言葉を、まったく聞き入れなかった者がひとりいた。それが、先程から微妙にスプリングロンドたちとも境界線を引いていたマイトだった。
「俺には……ヤード時代からの相棒がいる。なあ、ロウ」
「わうっ、わうっ!」
 呼ばれて返事をしたのは、その言葉通りマイトの相棒、ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)。機晶警察犬という、あまりお目にかからないタイプだ。
「俺とロウなら、すぐに犯人を突き止められる……!」
 そしてマイトはロウを引き連れ、他の者たちと群れることなく地道な聞き込みを開始した。

 一方で、指示を聞き場末のスナックに向かったのは、リーダー役として演技をしているスプリングロンドの契約者、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)であった。なお、捜査課長役とリーダー役が、今回の立場的にかぶり気味じゃないか疑惑もあるが、その辺りはあくまで演劇なので、気にしないこととする。どっちも違って、どっちもいい。そんなことだって、あるんじゃないかな。
 話を戻す。
 リアトリスが舞台に上がった時、既にセットはガラリと変わっていた。そこは、いかにも人気のなさそうな、寂れたスナックの店内だった。看板には「スナック ミューズ」と書かれている。カウンターの向こう側には、おそらくママと思われる雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がいた。パートナーのベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)はそれぞれ黒服役、新入りの女の子としてフロアで仕事中の演技をしている。
「あらぁ、お客さぁん?」
 いつもの倍以上派手な化粧と、ラメの入ったドレスを見せびらかすようにリナリエッタがリアトリスに反応した。
「ちょっと、聞きたいことが……」
「まぁ、とりあえず座ったらぁ? ほら、座らせてあげて」
 目で合図すると、一番立場が弱いと思われるアドラマリアが走りよってきて、カウンター席の椅子をひとつ引いた。リアトリスが一礼し、そこに座ると、ベファーナが水を持ってくる。
「遠いところをご苦労様です。公務中でしょうからお冷やくらいしか出せませんが、どうぞ」
「まぁ、出せって言われたら水以外の液体も出しちゃうわよぉ」
 さらっと下ネタを織り交ぜつつ、リナリエッタが会話に絡んでくる。リアトリスは、参ったなぁ、という反応をしつつ、ベファーナの言葉の違和感に気付いた。
「あれ、なぜ公務……警察だって」
「ふふっ、ここはねぇ、行方不明な少女が年齢を偽って働いてたり、いかにも怪しい男たちが喧嘩したり飲んだり、外にアロエが置いてたりするとこなの。分かったぁ?」
「……ま、まぁ……なんとなく」
 よく分からないが、話をスムーズに進めるため、リアトリスは調子を合わせた。最後にアロエに至っては、何か隠されたメッセージでもあるのかというくらい意味が分からない。
「それで、このスナックミューズに何を聞きにきたのぉ?」
「実は、こういう事件が……」
 そこでようやくリアトリスは、ヒラニィの一件を話した。するとリナリエッタは、最初自分では答えず、他のふたりに話を振った。
「犯人ですか。生憎ですが心当たりはありませんね……。何かもっと、特徴とかが分かれば予想できるかもしれませんが。たとえばお尻の……」
「だ、だだだめですよ!」
 アドラマリアが、顔を真っ赤にしながら慌ててベファーナの言葉を止める。どうやらこの3人の店員のうち、まともな感覚を持っているのはこのアドラマリアしかいないようだった。
「君は?」
 そのアドラマリアに質問するリアトリス。しかしやはりというべきか、手がかりになりそうな情報は持っていなかった。
「捜査がまた振り出しに……!」
「刑事さん、大変ねぇ」
 リナリエッタは悔しい表情をするリアトリスを見ると、からかうように言った。
「たまには息抜きも必要よぉ。ねえ、まだ夜にはなってないけど、楽しいことしていかなぁい?」
 すっ、とドレスに手をかけたリナリエッタ。
「わわわ……リナリエッタ様!?」
 アドラマリアが再度制止する。この人、とても大変だと思う。肝心の情報がまったく得られなかったリアトリスは、溜め息混じりにスナックを出ようとする……が、それをリナリエッタが後ろから呼び止めた。
「あら、ちょっと待ってよぉ。スナックミューズはがスナックミューズでいられる理由を教えてあげるから」
 意味深なセリフに、リアトリスの足が止まった。というか彼女は、単にスナックミューズという単語を言いたいだけなんじゃないかと思う。どうもシボラへ行ってからというもの、彼女の中でミューズがマイブームなようだ。
「理由?」
 それはそうと、振り返ってそう尋ねたリアトリスに、リナリエッタは新事実を伝えた。
「そのヒラニィって子、飲み物売り場で倒れてたんでしょお? ちょっと前、ここに『飲み足りない』みたいなことを言ってお酒をいっぱい飲んでったふたり組がいたんだけど、もしかしたら何か関係があるかもねぇ」
「その話……もっと詳しく!」
 リアトリスは慌てて手帳を取り出すと、大急ぎでメモを取り、電話をかけ始めた。相手はもちろん、同じ署の仲間たちだった。

 その頃、相棒のロウと共に捜査を続けていたマイトもまた、同じ情報を掴んでいた。
「犯人は、一度現場に戻ると言うからな……あのスーパーに行ってみるか」
 言うと、マイトは冒頭にあったスーパーのセットに足を踏み入れた。
「ん……?」
 そこで彼は、重要な手がかりを発見した。棚に陳列されていた飲み物のうち、妙にお酒だけが少なくなっているのだ。
「もしかしてこの事件は、お酒飲みたさに……」
 マイトが核心に迫りつつあったその時だった。
「あれ? 誰?」
 突然後ろから現れたのは、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)だった。横にはパートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)も控えている。
「っ!?」
 驚き、振り返るマイト。彼女らは、あろうことか、その手に酒瓶を握りしめていた。倒れたままのヒラニィを見ても動じないその反応、そして手にしている瓶と、陳列棚から減っているお酒。それらのことから、マイトはすべてを繋げるに至った。
「まさか、君たちが……!」
「あれ? もしかして警察の人? うわ、うっかり見つかっちゃったよ」
「透乃ちゃん、もうちょっと飲みたいと言い出したのが失敗でしたね」
 たいして慌てた様子もなく、刑事を前に平然と会話を行う透乃と陽子。マイトは警察犬であるロウを、自分の背後から逃がした。いや、逃がしたというよりは向かわせたのだ。他の刑事たちに伝えるため、彼らの元へ。
「わうん!」
 吠えながら舞台を去っていくロウを背中で感じ、マイトは再び目の前のふたりに意識を集中させた。1対2とはいえ、勝機がないわけではない。特技である柔道で、ひとりだとしても戦い抜く覚悟はできていた。
「お縄についてもらう」
 言って、マイトは怪我させない程度に動きを止めようと、透乃の懐に潜り込み、綺麗な一本背負いを決めようとする。が、しかし。
「そんなんじゃ、捕まんないよ!」
 決まりかかっていた技からするりと抜け、透乃はふわりと床に着地した。そのまま彼女は、陽子と挟み込む形でマイトを包囲した。彼に、逃げ場はない。
「しくじったか……」
 とその時、突然どこかから名乗りが聞こえた。
「ダンディ〜・ネルソン!」
「セクシ〜・ドレーク!」
「え!?」
 キョロキョロと辺りを見回す透乃と陽子。すると入口の方から、サングラスをかけたふたり組が並んで現れた。そのふたり――ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)はローザマリアのパートナーで、本来なら彼らも空京警察という役柄を演じていたはずだったが、何の勘違いか、彼らはあぶない方の刑事をやってしまっていた。
「お前さん、老けたな?」
 ホレーショの言葉に、フランシスが笑って返す。
「お前こそ、小じわが増えたんじゃねぇの?」
「そういうお前こそ……」
「仕方ねえよな――だって俺たち」
「リターンズだもんなぁ」
 最後はふたりが声を合わせて言った。彼らは英霊なので、リターンズとは言っても、ナラカからの、という意味でらしい。もう色んな意味であぶない刑事たちだ。
 ちなみに犯人と戦うことになると演劇前に聞かされた時、彼らは当初「俺はバイクにまたがりながらショットガンを乱射する」「なら、俺様は車でも運転しながら銃をブッ放すか」と楽しそうに話していたが、ステージ上で出来るわけないじゃないかと注意されたので大人しく弾の入っていない銃を構えるだけとなった。
「た、助けに来たのか……? この、孤立してた俺を」
 本人の思慮の外だった乱入に、マイトは驚いていた。同時に、勝手にそりが合わないとギクシャクしていた少し前の自分を、恥ずかしく思った。
「もうすぐ、他も来るぞ?」
「俺たちは足止め……ここまでよ」
 ホレーショとフランシスがマイトに言う。他も……ということは。マイトが頭に思い浮かべようとした次の瞬間、それは実際に姿を現した。
「待たせたな! 空京警察だ! 悪人は、光条兵器で成敗する!」
「ドラゴンアーツに、鬼神力と超感覚も発動させた上ヒロイックアサルトも使ってるからね……容赦しないよ」
 駆けつけたのは、ルオシンとリアトリスだった。情報を統合したところにロウが伝言に来たので、大至急現場へ向かったのだった。
「こんなに? うーん、しょうがない、逃げるよ!」
 陽子の手を引き、スーパーから逃げ出そうとする透乃。しかしそれを阻んだのは、スプリングロンドだった。
「逃がすわけには、いかない」
 やや離れたところからスナイパーライフルで狙いを定めた彼は、透乃たち本人ではなく、近くにあったドラム缶を撃ち抜いた。
 すると次の瞬間、衝撃的な光景が広がった。
 ボン、という大きな音と共に、舞台上に爆発が発生したのだ。恐らく彼らが事前に仕込んでいたのだろう。いや、よくよく思い返せば、小道具をつくっていた時、ザミエルが機晶爆弾をスタンバイしていた気がしなくもない。それらが重なり、このトラブルが起きたのだろう。何よりも懸念されたのは観客にまで爆破の衝撃が届いているかどうかだったが、コトノハが安全性をしっかり確認し分量を調節していたため、被害はゼロであった。と言っても、舞台はセットも含め跡形もなく吹き飛んでいるが。
 結果、爆破に驚いている隙に透乃と陽子は取り押さえられ、無事犯人は逮捕された。
「なぜ、こんなことを?」
 署に連行される前、そう聞かれた透乃は事件当初を思い返して言った。
 ここから、時間はその時へと遡る。

「陽子ちゃん、ただで飲む酒はおいしいね!」
「ワインをこんなに気兼ねなく飲めるのは、嬉しいですね」
 ふたりは、件のスーパーで人気がないのを確認してから、好き放題酒をかっくらっていた。もちろんその後代金を払うことは考えていない。立派な犯罪である。そこにたまたま通りがかったのが、ヒラニィ、そして鳳明とセラフィーナだった。
「はっ、これって、犯罪者の人……!? えっと、こういう時ってどうするんだっけ!?」
 早速慌てふためく鳳明は、自分の役割を懸命に思い出そうとする。
「た、確かこういう時って被害者は崖から突き落とされて……あ、でも崖がないからバールのようなもので後頭部を殴られて……」
「ふっ、鳳明よ、被害者役が必ずしも被害に遭わねばならぬとは限らんぞ?」
「え?」
 不敵な笑みを浮かべて、鳳明の考えを遮ったヒラニィ。どうやらヒラニィは、被害者役でありながらあえて犯人を倒そうとしているらしかった。一般的に、それを被害者役とは言わない。が、幸か不幸か、ヒラニィはご存知の通り結果的に被害者となる。その真相が、監視カメラが捕えたこの映像である。
「お主さては凶悪な犯罪者だな!? ここはわしが捕まえふぐっ」
 真っすぐ突っ込んだヒラニィは、透乃が床にぶちまけていたエステ用ローションで足を滑らせ、顔面から倒れ込んだ。
「って、ヒラニィちゃん!?」
「ぬ……ぬかりはない。こんなこともあろうかと、スペランカー魂を……ん? んん!?」
「すみません、奈落の鉄鎖で動きを封じさせてもらいました」
 いつの間にか、陽子がスキルを発動させていた。復活したはずなのに、体が重い。
「ヒ、ヒラニィちゃんが大変だよセラさん!」
「ええ鳳明、大丈夫です。これは予定通りです」
「予定通りなの!?」
「くふふふ……その通り、心配は無用。わしも甘く見られたものだ。良いか! わしは媚びぬ倒れぬ省みぬげばっ」
 セリフを言い終える前に、またしてもヒラニィは陽子の放ったエンドレス・ナイトメアにより強烈な頭痛を引き起こされ、バタンとその場に倒れた。
「ま、またヒラニィちゃんが!」
「これならまだギリギリ予想通りです」
「これも!? え、これでも、ええ!?」
 至って冷静なセラフィーナ。というより気のせいか、先程からあえてすべての攻撃がヒラニィに当たるようセラフィーナが立ち回っているようにも見える。
 その後もヒラニィは立ち上がっては陽子のスキルの餌食となり、セラフィーナはそれを見てより一層ヒラニィを焚き付けていた。
「おやおやヒラニィ、不死身のごとくですねっ。さぁ、もっと、ずずいっと犯罪者さんに向かっていきましょう!」
「ちょまっ、さっきから妙な流れに……ぶべぼばっ」
「う、うわぁヒラニィちゃん……」
 もはやヒラニィは、ボロボロになっていた。まさにリアクション芸人……もとい、やられ役者の鑑である。
 ちなみにヒラニィがやられまくっている間、鳳明とセラフィーナはそそくさと退場していたという。冒頭の惨状は、こういうことだったのだ。

「だから、私たちはただお酒飲んでただけで、むしろ絡まれた側なんだよね」
 透乃がそう答えるが、果たしてそれが認められるかは別の話である。
「あ、私は大食いだから、カツ丼は5人前くらいでよろしく」
「私は牛丼の方が好きなので、取り調べ中の食事はそちらでお願いします」
パトカーに乗せられそうになった透乃と陽子は、自由極まりない発言をしていた。さらに、透乃は最後に一花咲かせようとしたのか、会場に響き渡る声で叫んだ。
「というわけで、みんなは何か飲みたくても、ちゃんとお金を払ってからじゃないとダメだよ! ただで飲んでいいのは、両思いの子から溢れ出すし……もがっ!?」
 既に舞台での爆発という事態が起きていたことで、警備の者たちがステージに上りかけていたことが逆に幸いした。透乃の危険な言葉は、ギリギリで防がれたのだ。
 そのまま透乃たちは、強制退場となった。

 事件が無事解決した後、署内では今回の事件の報告書をスプリングロンドが書いていた。そこに、再びローザマリアがカップを持って近づいてくる。
「……悲しい事件でしたね」
「……」
 何も答えず、スプリングロンドはカップを見た。同じ失敗は繰り返さないのだ。中に入っている液体は、濁ったコーンスープのような色をしていた。
「……これは?」
「コーヒーです」
「そう、か……」
 もう流れ的に、飲まざるを得ない空気に追い込まれたスプリングロンドはそれに口をつけた。
「……バター茶だ」
 ちなみに、署内と言ってもステージが爆破でボロボロになったため、セットも何もない。どうにか最後に刑事ドラマっぽいBGMが流れたことで終わりということに出来たが、主催者はもうカンカンであった。これだけやりたい放題されたのだから、当然だろう。
「おいお前ら、まとめて楽屋来い」
 全部の舞台が終わり、会場からは拍手が聞こえたため観客はそれなりに楽しんでくれたはずなのだが、企画者のハマーの怒りはそんなことでは収まらなかった。
「これにてすべての演目は終了になります。みなさん、最後までお付き合いいただいてありがとうございました」
 そんなナレーションが、生徒たちにはやけに遠く聞こえた。目の前で、目を吊り上げているハマーがいるからだ。一体この後、どんなことを言われるのだろう。それを思うだけで生徒たちの胸は、上演前よりもドキドキしていたのだった。