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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第21章 脱  出(2)

 パラパラと舞い散る粉塵の中。
「……いってーっ!!」
 魄喰 迫(はくはみの・はく)が瓦礫と瓦礫の隙間から身を起こした。落下したときに床の瓦礫で打った頭をさすり、ブルブルッと体をふるってあちこちについた粉を振り落とす。
「ドゥムカ!! てめー何しやがんだ!! あたしらを殺す気かっっ!」
 すぐ近くで半分埋もれているドゥムカの背中を見つけ、げしげし蹴りを入れる。
 上に乗っていた、かなり大きめの瓦礫片をふり落としながらドゥムカも立ち上がった。
「なんだよ? うっせーなぁ」
「やるにことかいて床破壊って! 乱暴すぎるだろ! 第一、アレがほんとーにヨミだったらどうしてくれんだ!! そりゃ高月のヤローが煙幕がすり替え完了の合図だって言ってたけど、マジですり替えられてた保証もなかったんだぜ!」
「あーもうウッセーよ! ただでさえあの爆発で耳がおかしいんだ、ちったー黙れ。
 第一、パラダイス・ロストくらうよりマシだろ。あれまともに入ってたら、おまえ今ごろ立つこともできてねーぜ」
 つかさが一番に落下したため、砕けた床が盾となって防いでくれたのだ。
「うっ……」
「おまえの負けのようだな、迫」
 返答に詰まった迫のすぐ近くに、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が召喚獣:フェニックスとともに舞い降りる。
「姐さん! けどこいつが――」
「いいから、警戒を解くな。まだ終わっちゃいない」
 シャノンは頭上を仰いだ。
 陥没した3階の床――現在いる2階の天井――より上には、バルバトスの魔族兵が飛んでいた。
「厄介だな。距離ができてしまった」
「へんっ! そんなもの!」
 迫はプロミネンストリックを作動させた。一気に加速し、そのまま高速で空中を駆け上がる。
 プロミネンストリックは空中で最も小回りの利くアイテムだ。まるで地を駆けるのと同等の動きで魔族兵の間をすり抜け、槍による攻撃を避けた迫は、こぶしを引き、必殺の閻魔の掌を相手の腹にたたき込んだ。
「くらいやがれ!!」
 相手にまともに入った感触が、迫にぞくぞくするほどの爽快感を与える。
 もちろんそれで満足はしていなかった。近くにいた魔族兵に蹴りを入れ、背中に組んだ両手をたたきつける。
「マッシュ!」
「オッケー!」
 息を詰まらせ、よろけた魔族兵をマッシュの奈落の鉄鎖が次々と引きずり下ろした。
 地に落ちてもがく彼らにバルトが疾風突きでとどめをさす。
「おらぁ!!」
 頭上の敵に向け、ドゥムカもまたマシンピストルを連射した。さっきは室内で、味方もいた中だったからシャープシューターやスナイプを効かせたが、今上空にいるのは敵の魔族兵のみ。遠慮はいらない。
 派手に暴れる彼らを見て、シャノンはふふと笑った。
「私も負けてはおられぬな。
 さぁおまえたちも行け」
 シャノンの指示で、燃える羽をはためかせて召喚獣:フェニックスが飛び立った。炎の鳥が部屋いっぱいに円を描いて飛び、魔族兵の羽を燃え上がらせる。自羽を失い、墜落してくる魔族兵たちを小気味よく見ながらシャノンは昨夜、ロノウェ軍の天幕でロノウェとした会話を思い出していた。
『ロノウェ様、『絶対にヨミ様を守り抜く』と私に命じていただけませんでしょうか』
 そう切り出した彼女に、ロノウェは眉を寄せた。なぜそんなことを言いだすのか理解できないという顔だった。
 さもありなん。このときの彼女はまさか、ヨミを標的にされるとは夢にも思っていなかったのだから。
 あの地で戦っている今もまだ、城がこんなことになっているとは気付いていないだろう。
『私が皆に命じたのはアナトをバルバトス様の手に渡さないことよ。この戦いに水を差されては困るの』
『ええ。ですが、私が真実お守りしたいのはロノウェ様とヨミ様のみなのです。今度の件に限らず、いつ、何時であれ、いざというときすぐ反応できるようにしていたいのです』
 その訴えにロノウェは少しの間考え込み、こう言った。
『つまりあなたは、命令を受けないと不安だというのね? 私への忠誠はその程度でしかないと』
『いいえ、ロノウェ様! ロノウェ様に対する私の忠誠心は他のいかなる者よりも強く、決して劣ることはありません!』
『ではそれを証明してみせなさい。命令などに縛られず、自由な心のまま、私に最上の忠誠を示すことね』
 命令に縛られない、自由なシャノンの心で――
(ロノウェ様、私はあなたの幸せを守りたい。それがあなたに命を救われた私にできる、私の役目です。……あなたの愛するヨミ様は、この命に代えても必ずや……!)
 上空で展開される戦いから視線をはずさず、シャノンは詠唱を始める。
 それが完了したとき、敵魔族兵の集団に向け、シャノンの手の指し示す先から天の炎が落ちた。




 上空の魔族兵たちとて、ただ炎に巻かれ、引きずりおろされて殺されるのを待ってはいなかった。
 援護の魔弾を放ち、地上の人間が受け手に回っている間に他の魔族兵が下降する。武器を手に、彼らに襲いかかった。
 これを迎え撃つべく退魔の符をかまえる高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)
 接近する敵に向かい、彼の指が放とうとした瞬間、その横を、パイロキネシスの猛き炎が走り抜けた。
 瞬時に敵を取り囲み、紅蓮の炎で包み込む。
「高月、遅くなった」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が後方から走り寄った。
「床を崩落させるとは、また無茶をしたものだな」
「これをしたのは僕じゃありませんよ。僕はこんな無茶苦茶なことはしません。……まぁ、ほかに方法がなかったというのは分かりますけどね」
 それでも無茶な力技であるのは変わらない。少々あきれを含んだ声で返す。
「それで、やつらは姿を現したか?」
 「やつら」というのが白津たちを指すのは玄秀も知っていた。
 ダリルとのテレパシーによるやりとりで、バルバトス側のたくらみも何もかも、すべてを把握している。奪還部隊が来る前に彼らが現れたら、東カナンの短剣による攻撃を阻むことになっていた。
「いいえ」
「そうか。おかしいな。俺たちよりかなり早く着いていておかしくないんだが」
「もしかするとどこかで様子を伺っているのかもしれません――われわれの隙をつくために」
「だろうな」
 ダリルはそれらしき姿が見えないかと、周囲を見回した。
 しかし見えるのは魔族兵と戦うロノウェ側コントラクターと奪還部隊の面々の姿だけだ。
 バァルたちが戦闘に加わったことにロノウェ側コントラクターたちは一様に驚き、彼らにも攻撃の手を向けようとしたが、魔族兵と切り結びながらしたバァルの説明に納得し、この窮地を凌ぐまで一時休戦ということに同意した。
「まさかおまえらと共闘する日が来るなんてなァ」
 カナン内乱のときから因縁を持つドゥムカが、バァルを見てしみじみと言う。
 バァルもまた彼を見返して、何か言葉を返そうとしたのだが。
 言葉を奪うように、そこに割り込んでくる、艶を含んだ熱い女の声。
「ふふっ。ダーリン、ほんとにそうだねぇ〜」
 ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が彼にはりつき、鎧の継ぎ目に沿ってつつーっと指を滑らせた。
「アタシ、あれからいーっぱいいろんな技を覚えたんだァ。ダーリンに何もかも受けとめてほしくってさ。今はこういうときだからお預けにしてあげるけど、あとでアタシとめいっぱい殺し合いしようよ。2人とも、頭ン中グラングランに熱くなって何も考えられないくらい燃え尽きるまで、互いを突きまくるんだァ。
 や・く・そ・く♪」
――ヒイイイイイイィィィーーーーッ
 もはや条件反射と化しているのか。
 ドゥムカはヒルデガルドの用いた言葉の半分も聞く前に、脱兎のごとくその場から逃げ出していた。
 それを見て、ヒルデガルドは腹を抱えて笑う。
「ああ! ああ! ダーリン愛してるよ。キスしてあげるからその首もぎとらせてよ! アハハハッ!!」
「……なんだ? いきなり」
 聞こえてきた高笑いにうさんくさげな目を向ける乱世。相手が例の戦闘狂と知って、頭を振りつつ禍心のカーマインと碧血のカーマインの二丁拳銃で空中の魔族兵を撃ち落とすことに戻る。
 その後方ではセフィロトボウをかまえたアン・ブーリン(あん・ぶーりん)に守られながら、グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)がデジカメで戦闘の様子を撮影していた。
「どうですか?」
 彼女たちに気づき、向かってこようとした魔族兵の眉間を射抜きながらアンが訊く。
 その面は常に正面を向いて目を配り、グレアムを振り返ろうとはしない。
「ヨミの姿がないからね。決定打には欠けるけど、城を襲撃しているのは間違いなくバルバトス軍兵だという証拠にはなるかな」
 口で言ってもロノウェは人間の言うことなど信じないに決まっている。ロノウェ側コントラクターも、ヨミが死ねばまた敵となる可能性が高い以上、信頼に欠ける。自分たちの手で確たる証拠を掴まなければならない。
 そのためグレアムはこうして撮影に徹しているのだった。
 気がかりは、先の爆発の際、中央付近にいた女が抱いていた少年だった。あれが、もしもヨミだとしたら――
(いや。ヨミが死んでいれば戦う理由がなくなる。ロノウェ側コントラクターが戦っているということは、ヨミは生きているということだ)
 グレアムはそれ以上考えるのをやめた。憶測には意味がない。
 自らの防御は完全にアンに任せ、彼は液晶モニターの中の映像に集中した。




「今のうちね」
 全員の意識が魔族兵に向いているのを確認して、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は瓦礫を掘り起こした。
 ほんの少しだけ、桃色の髪の毛が見える。血に染まった腕も。
「ママ、どうしたの?」
「これをどけたいのよ。手伝ってくれる?」
「うん、分かった」
「これをどければいいのだな」
 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)の手を借りて、最後の大きな瓦礫を持ち上げ、ひっくり返す。
 下から、仰向けになった秋葉 つかさ(あきば・つかさ)の姿が現れた。
 彼女の姿に、3人は、はっと息を飲む。
 ひどいけがをしていた。
 いや、それは過小表現だ。「けが」どころではない。
 パラダイス・ロストのこともあるが、ほとんどは機晶爆弾を間近で受けたせいだ。それと、この崩落のせい。とっさにバイアセートが魔鎧化し、彼女を包むことで手足が吹き飛ばされることを防いではいたが、無残にも体のあちこちが裂けていた。おそらく骨もグシャグシャに砕けてしまっているのだろう。右腕はヘビのようにS字を描いている。
「……ひどい……」
 おおった口元で言葉を噛み締めるコトノハ。
 だがまだ間にあう。
 人であれば即死していておかしくない状態だが、彼女は不死者、死ねない体の持ち主なのだ。
 生きてさえいれば、回復魔法が効く。
「夜魅、お願い」
「うん」
 夜魅の体が発光を始めた。両手に集めたその輝きを、つかさの中にそそぎ込む。命のうねりがつかさを癒し始め、つかさの目が開かれた。
「……やめて」
 夜魅が何をしているか気づいて、突き飛ばす。力はほとんどこもっていなかったが、夜魅はバランスを崩して後ろにしりもちをついた。
「このままにしておいてください……」
「何を言うの。死ななくても、痛いでしょう!」
 つかさはコトノハを見てはいなかった。最後の記憶、握りしめていたはずのヨミを求めて左手を見る。そこには、ちぎれたヨミの腕があった。――ただし、ヨミちゃん人形の。
 いつかの時点で――あるいは最初から?――あれは本物のヨミではなかったのだ。
「……ああ……」
 すべてを悟って、つかさはぱたりと手を落とした。
 最後の力を使い切ってしまった。もう、指1本動かせない。
「バルバトス様……お許しくださいませ……」
 目じりから涙が流れる。
 そんな彼女に、コトノハはおもむろにポケットからデジカメを取り出した。つかさに見えるよう、角度を調節して液晶モニターにマホロバ将軍鬼城貞継を映す。
 直接写したものではない。ソートグラフィーでコトノハがあらかじめ念写してあったものだ。彼女がザナドゥ側についたと知ってから、いつか入用になるではないかと用意していたのだった。
 まさか、こんなふうに使うことになるとは思わなかったが……。
「ね、つかささん。あなた、貞継様との間に男の子をもうけたのよね。貞嗣くん、だったかしら。そのあなたがなぜ、こんなふうになってしまったの? 子どもがどれほどかわいいか、愛し、守らなければならない存在か……母親であるあなたなら、知っているはずじゃない?」
「…………」
 つかさは何も答えず、液晶モニターを見つめていた。――あるいは、もう首を動かす力もないのかもしれないが。
「その無垢な存在をあなたに殺せと命じるような残酷な者に、どうしてそんなに執着するの。
 もう、いいでしょう? 私たちと一緒に帰りましょう。魂はきっと取り戻してみせるから。――夜魅」
 コトノハの呼びかけに、こくんとうなずいて、夜魅がまた命のうねりをつかさにかけようとする。
「やめ、て……このままに……」
「どうして? このままだとあなた――」
「治、ったら、また、私はあなたたちを殺す……わ。だから……」
 直後、えずいた口元から血塵が散る。
「つかささん……」
「あなたたち……には、分からないの、です……。私は……これで、満足、です。治れ、ば……また……あなたたちを、殺し、ます……何度でも……何度でも……。
 みんな、死ねばいい」
 一番に私が。
「私は……私が、きらい。そんな私から……出たものも……きらい……」
「うそ!! そんなはずないでしょう!! なぜそんなうそをつくの!?」
 目が動き、コトノハを見る。
「いい、から……行って、くださいな……。どうかこのまま……捨て置いて……」
「つかささん!!」
「コトノハ」
 ルオシンの手がコトノハの両肩を抱く。
 そのとき、ピシッと不吉な音がした。
 音のした方を振り仰ぐ。壁に、巨大な亀裂が走っていた。床にも、柱にも。そしてそれは、戦闘の振動を受けて徐々に大きくなっていく。
「まさか……」
 亀裂音に気づいた何人かが、攻撃の手を止めた。きょろきょろと音の出どころを探って見渡していた者たちを狙って、魔族兵が魔弾を撃ち込む。
「させるかよ!!」
 ドゥムカが六連ミサイルポッドで相殺を図る。その何発かがはずれて壁に命中し――……
 弱っていた床や壁にそれがとどめとなって、轟音とともに再び床が崩れだした。