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ユールの祭日

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ユールの祭日
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●●● グラディエイター

ついに初戦がはじまった。

スパルタクス・トラキウス(すぱるたくす・とらきうす)はその名が示すとおり、トラキア剣闘士の装束を身に帯びていた。
トラキア剣闘士は軽装の鎧に特徴的な兜をかぶり、小型の盾と曲刀を持つ。
このとき、スパルタクスはまだ兜を身につけてはいなかった。

剣闘というのは多分に興行の要素がある。
剣闘士はパフォーマーであり、戦う前には存分にアピールをしたのだ。

対峙するのはユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)、ガリアの戦役ではローマ百人隊長を務めた男である。
百人隊は歩兵部隊であるが、隊長であるユリウスは軍馬にまたがり、槍を携えていた。

「剣闘士か。名誉あるローマ市民である我が相手に相応しいかどうか」
そういいながら、スパルタクスをしばし凝視する。
剣闘士は奴隷のなるものであり、ローマ市民、とくに正規の兵士が(戯れで剣闘を行うことはあるにせよ)剣闘士になることはなかったのである。

「そうか、剣奴スパルタクスか!」
「そうとも、トラキアの王子スパルタクスとはオレのことだ」

ユリウスは十代の頃を思い出していた。

スパルタクスが剣闘士を率いて反乱を起こしたころ、ユリウスはまだ10歳そこそこの少年であった。
反乱が鎮圧され、ローマ軍は彼らを磔刑に処し、ローマ周辺の街道に十字架をずらりと並べたのである。
十代前半のユリウスは、物言わぬ剣闘士たちの遺骸を何度となく目にしていたのだった。


「うんうん、たしかに今日と言う日には似つかわしいわ」
珠代はスパルタクスの登場にご満悦だ。

剣闘士のパートナーであるアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)は、珠代の様子をみてひとまず安堵した。

アウナスの目的は大きく2つあり、そのうちのひとつは珠代と知り合いになっておくことだったからだ。スパルタクスは土産として充分な効果があった。

「このユールの祭日は剣闘士競技に似ていると思いまして、スパルタクスを連れてきたのですよ。
 私はアウナス・ソルディオンと申します。よろしく」

そういって右手を差し出す。
珠代はいくぶん大げさに、両手でアウナスの手を握った。

「そいつには気をつけな!
 どんな不正を働くかわかったもんじゃないぜ」
狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の鋭い声が飛んだ。
アウナスはむっとして乱世を睨む。乱世も負けずに睨み返す。

ザナドゥでの一連の事件で、乱世はアウナスの動向に注視していたのだ。

「席なら空いてるからふたりとも座ったらいいわ。
 わたしはふたりの戦いを見なくちゃ!」
無頓着な珠代に、乱世は呆れてふうと息をついた。

だがつまり、珠代は暗に
「自分は見ているだけで手出しはしない」
と言っていたのである。

そういうわけで乱世はアウナスの真後ろの席に陣取り、アウナスは背後からの視線に気を取られながら珠代に話しかける、という構図となった。



「この試合では、特訓はあまり役に立ちそうにないな」
そうぼやくのはユリウスのパートナー、天城 一輝(あまぎ・いっき)である。

ユリウスは古代ローマの戦士なので、銃との戦いは不得手であろうと考えて、ここしばらくは「銃を使う相手との戦い」に重点を置いて訓練を行なってきたのだ。
英霊の多くは剣や槍、弓などを得意とするものだが、戦国武将などは銃を用いることもある。

「きっと大丈夫だよ!
 だって食事がちがうもん!」
コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は自信たっぷりだ。
ローマ人は小麦をはじめとした食生活を送っており、肉はあまり食べなかったらしい。
(近年の研究ではそれなりに肉を食べていたという説もある)

プッロは小麦粥以外はあまり食せず、夜になれば葡萄酒をガブ飲みするような日々であった。
そこでコレットは数日前から、蜂蜜やチョコレートをパンに練り込んだものを食べさせるようにしていたのだ。

ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)は敵方の動きを警戒して、小型飛空艇で周囲を飛び回り、なにか不正がないかと見て回っていた。

そのローザの姿を見て、珠代は皮肉っぽく笑った。
「そんなことをしたって、ハンニバルの奇襲は防げやしないのにね」

英霊のなかには奇襲や暗殺で知られるものも少なくない。
一般的な試合では反則とされるような行為ですら、この戦いにおいては当然のように行われうるのだ。

用心深い英霊は銀の杯で持参した酒を飲むものもいた。
銀は毒を見破るとされていたからだ。


さて前置きはここまでとして、いよいよ試合の様子に移るとしよう。

ユリウスは愛馬にまたがり槍をしっかと握り締める。
対するスパルタクスは剣を掲げて鬨の声を上げる。

「SPQR、ローマ市民よ、諸皇帝よ、オレの戦いを見るがいい!」
スパルタクスの叫びが天に届いたか、客席に亡霊の如き人影が次々に姿を現した。

「なんだよ、これ……」
乱世が動揺の声を漏らす。

トーガやチュニックをまとった男性や、ギリシャ風の衣装を身につけた貴婦人たち。
偉大なるアウグストゥスが、穏健なる五賢帝が、血に飢えたるカリギュラが、名高き剣闘士の戦いぶりを目にしようとやってきたのである(呆れたことにインキタトゥスまでいた)。

「これがオレの力、『グランドコロッセオ』だ!
 オレはコロッセオの観客を召喚し、その声援をそのまま力に変えることができる!」

歓声が轟いた。
コロッセオを埋める4万と5千の観客が、スパルタクスの味方である。

剣闘士はさっと間合いを詰め、剣を振りかざして斬りかかる。
ユリウスは馬上の人であり、普通に斬りつけるのは難しい。
そこでスパルタクスは馬を狙った。ざくりと剣が食いこむ。

馬は痛みと恐怖に悲鳴を上げた。
訓練された軍馬は簡単に恐怖するものではないが、今の敵は4万5千だ。
ユリウスはふむと頷く。

「多勢に無勢というわけだな。
 しかし我が武勲を知っておれば、それに何の意味もないとわかるだろうよ!」
右の手にぐいと力を込め、ユリウスは槍を構える。
それから、えいやとばかりにそれを投げつけた!

観客の声をものともせず、ユリウスの槍はスパルタクスめがけて一直線に飛んでいく!

「我が来歴はガリア戦記に示されたとおり。
 必殺の『ランスバレスト』を食らうがいい」

ガリア戦記に曰く、ユリウス所属の軍団が敵に包囲されたとき、彼は槍を投げ放って敵を打ち払い、軍団の危機を救ったのだという。
すなわち、敵に囲まれてこそ彼の槍は真価を発揮するのだ。

スパルタクスは楯を構えるが、槍は楯を貫いて割り、そのままスパルタクスの左肩に突き刺さった。
半分に割れた楯が地面に落ちる。

剣闘士の試合において、楯を捨てるのは降伏の合図であった。
意図して捨てたわけではないが、こうなっては降伏したも同然である。

「スパルタクス、貴様の命をどうするかは観客に問おうではないか。
 それが剣闘士のならわしであろう?」

負けた剣闘士を生かそうとするなら、観客は親指を上げる。
処刑を望むなら、親指を下げるのが風習だ。

場内ではおおよそ9割のものが助命を望み、スパルタクスは一命を取り留めた。

言い換えれば、1割のものが処刑を望んだのだが……。