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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第4章 だから神社だって言ってるじゃんよ 5

 ライブ会場は盛り上がりを見せていた。
 『紅白歌合戦』――日本に昔から続く伝統的メディア文化を倣って、この特設ステージでも紅組白組に分かれた芸術音楽の総合合戦が行われていたのである。年明け最初を祝う、ニューイヤーライブというわけだ。
 なにせ夜間にかけて行われるもの――まあ、そもそもザナドゥの空は昏いわけだが――である。
 夜闇は時に人々の活力となるものだ。ザナドゥへと輸入され、搬入された各機材の照明が織りなすライトアップを見て、観客たちは異様なほど盛り上がっていた。
 だが逆に言えば、それほど裏方に回っている846プロのスタッフも大忙しということである。
 アイドルたちがライブで使う衣装や小道具を準備しながら、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は慌ただしいステージの裏側で、アイドルたちを送り出していた。
「レオンさん、この人数じゃキツいんじゃ……」
 大粒の汗を流しながら作業するレオンに、次の出番が間近に迫ったアイドル――響 未来(ひびき・みらい)が心配そうに声をかける。だが、彼はその汗をぬぐうと、半ば冷たそうに彼女たちに言い放った。
「いいから。準備は私たちに任せてもらおう。お前たちは自分のやるべき事に集中しろ」
「そういうこと。じゃないと、せっかく朱里が作ったセットが台無しになるもんねっ」
 そう言って、レオンの傍にやって来てアイドルたちを送り出そうとするのは茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)だった。この巨大な特設ステージや神社を作る仕事を真っ先にやり遂げた怪力吸血娘は、レオンのためとも思って、未来の背中を後押しした。
 未来を呼ぶ、もう一人の出演差の琳 鳳明(りん・ほうめい)の声がする。
「未来さんっ! もう出ないと!」
「う、うん……分かった。レオンさんっ! 無理だけはしないでよね!」
「……ああ、分かった。未来、鳳明」
「はい」
「お前たちの実力は本物だ。全力を出し切れば必ず最高のステージになるさ。だから、がんばれ」
「……はい!」
 どたばたと、急いで未来はステージに出て行った。
 残されたレオンと朱里は、少し静まり返った会場の様子を感じとる。
 続いて響き渡った歓声の大きさに、二人は顔を見合わせて微笑み合った。


 社のパートナーにして吸血鬼の未来と、地球の契約者、鳳明とがタッグを組んだひと組のアイドルユニット――それが『ラブゲイザー』だった。
「皆さん、今日は846神社に集まってくれてありがとう! 今年がいい一年になるように、今日は一杯盛り上がって楽しんでいってね!!」
「新年一発目! 盛り上がって参りましょう〜!」
 未来のギターと鳳明のベースが、ギュイイィィンとアップテンポのビートを刻んだ。
 千早と緋袴という紅白の色彩は崩すことなく、緋袴を短めのスカートのように改造して所々に省略・アレンジを施した改造巫女服を着込んでいる二人。
(ああ……巫女服のこと誤解されそうですね)
 そんな二人をステージの袖で見ながら、裏方として様々なことを手配していたセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、そんな心配をしないでもなかった。が、ぶんぶんと頭を振って、拳を握りしめる。
(ダ、ダメです! 余計なことを考えてはっ! 今回のワタシは鳳明たち、アイドルという可憐な華を彩る為に裏方に徹するのです。彼女たちが何も心配なくイベントに全力を出せるように!)
 そう自分に言い聞かせて、セラフィーナは次なる出演者のための演出準備を始めた。


 神崎輝――。
 846プロの所属するアイドルにして、ソロの歌手としても活動する娘(ただし、男の)である。
 そんな彼女のしっとりとした歌声に、観客は聴き入っていた。
 キーボードを弾きながら、電子の音が奏でられるはあまねく音色。どこか近未来的で、だけど――そこに彼女の人間味溢れる声が重なれば、それは聴く者を捉えて放さない聖歌のようにもなるのであった。
 ただ、彼女はそのレパートリーから1つだけで終わりはしなかった。
「ここからは…………ハッピーニューイヤーオンセールですよ!」
 よく分からない彼女のその言葉を合図として、ステージの袖から出てくるサポートメンバーたち。すでに、シエルだけにスポットライトを当てていたおかげで出来ていた周りの暗闇に、機材が運び込んでいたのだ。ドラムやギターといったそれらを構えると、彼らは曲を演奏し始めた。
 今度は、心をふつふつと湧かせ、踊らせる、全力一球入魂の曲を。
「盛り上がってますかああぁぁ!」
 神崎輝のステージは、まだ終わらない。


 むろん、そのステージに立つのは別にアイドルや歌手だけではない。
 ただ一人、静けさに包まれるステージの上で――遊馬 シズ(あすま・しず)は孤高のアーティストばりの雰囲気で、楽器の演奏を始めた。触れ込みは、数ある楽器を全て演奏出来る男。まさしく真名アムドゥキアスを冠する彼には、ふさわしいものだったのかもしれなかった。
 マンドリン、オカリナ、和楽器の竜笛……目の前に用意された数々の楽器を、とっかえひっかえしつつスピード感溢れる一個の曲に仕上げる。その視線が、会場にいたアムドゥスキアスと、その隣の自らの契約者、秋日子にちらりと動いた。
(見たか……アムッ……! これが、俺の実力だ……!)
 もちろん、アムドゥスキアスが彼に何か訴えかけたわけではないが。
 同じ名を冠するというのが、シズの心に自然とライバル心のわき起こさせていた。
「なんか…………遊馬くん、すっごいアムくんを睨んでる気がするだけど……」
「そーかなー? 気のせいじゃない?」
(ぜっったい、気のせいじゃない)
 どう考えても目力がありすぎて、いかにも見とけこの野郎といった感じだ。
 秋日子ら以下の仲間たちはそれに気づいていたが、気づかぬは本人とアムドゥスキアスばかりである。
(って、最後は角笛っ!? 遊馬くん……頑張りすぎ……)
 それは、まるで特注で作られたかと思われるような巨大な角笛だった。当然、シズは両手でなんとかそれを持ち上げる。
 鳴り響いたのは、ぶぁ〜っという気の抜けるような低重音で、盛り上がりを見せていた観客の一部は、思わずがくっと転げていた。


 その日。
 最後を締めくくったのは、紅組所属で歌を披露した赤城 花音(あかぎ・かのん)だった。
「今日はスペシャルライブ! 一年の出来事を! ……みんなの音楽で締め括りましょう!」
 『チーム花音』として今回のライブに参加している彼女の周りでは、二人のパートナーがそのメンバーとして楽器を構えている。
「それでは聴いてください……『天の川はプラネタリウム』」
 曲名を言って、彼女が合図を送ると――。
 ドラム担当のパートナー、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)がタイミングを計る。
 エレキギター担当の申 公豹(しん・こうひょう)と合わせて、三人が顔を見合わせた。そして――ダダンッ! というリュートの鳴らしたドラムがスタートを切って、ついに花音たちの曲が始まったのである。
 雷を司る導師の英霊、公豹は、まさかのコードを自らの身体に挟んで演奏している。激しいビート音。しかし、そこに流れる力強い音色。エレキギターの演奏に負けじと、花音のベースがそれを引き立てた。

 銀河の海に命のゆりかご 母なる地球(ほし)の見る夢は
 遙かなる時を越え 心に宿る記憶の欠片 
 語りきれない想いをたどり 僕らは生まれた愛の印
 運命へ鼓動が響く 生きる意志は何よりも強い

 耳を澄まそう 故郷の海の旋律を
 太陽の恵み月の安らぎ 輝く魂見守っている

 天の川はプラネタリウム 降り積もる流星の雨 
 一粒の光に願いを託し ちりばめられる希望
 それぞれに描く明日 世界を織り成すハーモニー
 目覚める勇気 信じる力 未来の扉を開いて 夢の続きへ


 軽やかで美しい音楽と、それに乗る澄み渡る歌声。
 誰もが聴き入り、誰もが、その歌によってつながった。
 しかしそれもいずれは終わりを迎える。曲が終了して、花音たちの最後の言葉によって締めくくられて。神社のセットを組み立てた朱里か誰かが用意した除夜の鐘が鳴り響き、無事に紅白歌合戦は終了――するかに思われた。
 そこに乱入してきたのは、必死で逃げる朝斗だった。
「もういやああああぁぁっ!」
「にがすかあぁ! あさにゃんっ!」
 観客を掻き分けて、逃走者と追跡者が飛び込んでくる。そしてルシェンが合図を送ると、空を飛んでいた小型飛空挺オイレに乗るちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)がビシッと敬礼した。
 そして――。
「げっ……」
「にゃー!!!!」
 あさにゃんはオイレから飛び降りた。
 ただ操縦桿だけは、朝斗の逃げ込んだ先――特設ステージの上を目指して固定されたままで。
「ぎゃあああああぁぁぁ!」
 オイレがステージに突撃すると、数々の機材の回路をその影響で誘爆する。なかには演出のためのロケット花火まで引火して、会場には無数の花火と爆発が広がった。
「あはははは。最後までど派手だねー」
「だぁぁっ! 別にこれは演習じゃないー!」
 シャムスの叫びを聞きながら、アムドゥスキアスはどこまでも暢気そうに笑っていた。