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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第8章 お茶会でひとときを1 〜日差し降り注ぐ室内で〜

 ヒラニプラ、シャンバラ教導団にある施設の1つにサンルームがある。雪が降るような寒い時でも、強化ガラスを通して入って来る日光の暖かさだけで中はぽかぽかだ。
 その中で、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)金 鋭峰(じん・るいふぉん)羅 英照(ろー・いんざお)の前に淹れたての中国茶を置いた。テーブルの上にはダリルの作った餃子や焼売、包子等の点心、そして鋭峰と英照の好物が並んでいる。
「教導式のバレンタインって事で」
 全ての用意を終えると、ルカルカは席について明るい笑顔を浮かべた。
 七夕に桟敷で星を見た時、鋭峰は『教導団が私の故郷だ。里帰りという言葉は、私にはない』と言っていた。もう、3年近く彼は帰郷していないのだろう。そう考えたルカルカは、教導団で懐かしい味を賞味してもらおうと思ったのだ。
 飲茶と会話で、少しでも癒しの時間を提供したい。だから、仕事を片付けて時間を作った。
「自信作です。どうぞ召し上がってくださいね」
「作ったのは俺だろう」
「ダリルの自信作です。冷めないうちにどうぞ」
 呆れた表情でツッコむダリルと、しれっと言い直すルカルカ。いつもの2人の様子に苦笑し、鋭峰は茶を一口飲んでから箸を取った。彼が焼売を1つ口に入れると、英照も食事にかかった。皿の上に薄く伸ばされた餅を置き、北京ダックを作っていく。
「以前に好きな食べ物を聞いたのはこういう訳だったのだな」
 英照と鋭峰は、この何日か前にそれぞれ好きな食べ物を尋ねられていた。
「はい。団長達の故郷の料理や飲み物でゆったりと過ごしていただきたかったので」
 答えながら、ルカルカは内心で首を傾げる。好きだと聞いたから用意したのだけれど、英照の手つきはあまり滑らかではない。不慣れであり、戸惑っているような。まあ、飾らぬ言い方をすれば、下手である。
「……考えが表情に出ているのだが」
「あっ、あ……! すみません!」
 慌てるルカルカに、英照は口元を緩ませた。からかうと、意外と面白い娘だと思う。
「好きとは言ったが、何度も食べたとは言っていない。経験したのは、一度だけなのでな。無作法なところもあるであろうが……」
「そうだったんですか。いえ、美味しく食べて頂ければそれだけで充分です。作法とかは気にしないでください」
「……では、そうさせてもらおう」
 英照はそう言うと、リラックスした様子で北京ダックを頬張った。機嫌を損ねたわけではないようだとルカルカは安心し、丼に入ったサッポロ零番醤油ラーメンを食べている鋭峰に水を向けた。
「どうですか? ラーメンのお味は」
「うむ、この味の濃さが他とは違うな。実に美味だ」
「良かった。お気に召したようでしたら、今度また作りますね」
 にこにこと嬉しそうにルカルカは言う。インスタントラーメンならいける! ルカでも作れる! ということで、こちらはルカルカの手製である。インスタントラーメンにも種類は山とあり、作る時にも野菜を入れるタイミングから卵の半熟具合から麺の固さまで奥が深い。それでも、鋭峰は満足したようだ。まあ、カップラーメンならもっと簡単なのだが、ビジュアル面でコメディになってしまうので袋麺である。
 それにしても、団長がインスタントラーメン好きとは意外だった。言わないけど。そして、鋭峰も“実はあまり食べた事が無い”からという理由については黙っている。
 彼等に続き、ルカルカとダリルもお茶を飲みながら食事を始める。ダリルは、英照の方を見て頻りに自分の目の辺りを指差していた。食事中でも、ゴーグルは外さないのだろうか、と思ったのだ。その、彼の割とバレバレなアイコンタクトに、英照は全く動じることなく一言答えた。
「実は、これは物理的に外せないのだ」
「!! 失礼しました、参謀長」
 冗談を言っているようにも見えず、ダリルは彼なりに全力で謝意を示した。少し、気が緩んでいたのかもしれない。
(ダリルが謝ってるところを見れるとか、珍しー……)
 そんなことを思いつつ、ルカルカは点心を食べながら鋭峰達に言う。
「私、本格的な飲茶は体験した事ないんですよね。今度体験してみたいです」
「そうか、それは勿体無いな。今度、中国に行く機会があったら店に寄ってみればいい。私もしょっちゅう食べていたわけではないが、やはりパラミタのものとは味が違うからな」
「はい、そうさせて頂きます」
 ルカルカはそう答え、小皿に醤油とラー油を入れた。そこに餃子をつけ、口に入れる。
「君は、辛いものも大丈夫なのだな」
「はい、辛い物は平気です」
「チョコレートを良く食べている印象があるから、苦手なのかと思っていたが」
「もちろんチョコレートは大好きですけど、好き嫌いはないです。ほら、山野に潜む時とか何でも食べないとだし……」
 あは、と照れにも似た笑顔でルカルカは言う。
「そうだ、チョコレートといえば……バレンタインのプレゼントを用意してたんです」
 そして、改めて空いた椅子に置いてあったチョコレートを2人に渡す。鋭峰には、甘みのない美味しい高カカオチョコを、英照には老酒チョコボンボンと漆器の箱を。
「これは?」
「私達両方にくれる、ということは義理チョコだ。ジン、妙な期待をするのではないぞ」
「……していない。勝手に変な想像をするものではない」
 鋭峰は渋面を作る。その2人に、ルカルカは説明した。
「バレンタインは友チョコとか男チョコとかあって……、それで、今は好感を持った人に何かプレゼントする日になった感じですね。そういう意味では、本命です。日頃の感謝をお伝え出来れば、と」
「随分と立派な器だな」
「箱を長く使って頂けるよう、加賀蒔絵の高級漆器を使用しました」
 器は、彼女のオーダーメイドだ。カカオの図柄がメインの研ぎ出し蒔絵が描かれている。
「私の方は2つあるが……」
「どうぞ、開けてみてください」
 英照は、ボンボン以外に渡された漆器の器を開けてみる。その中には、金の懐中時計が入っていた。
「それ、私が持ってるのとお揃いなんです」
「ルカ……その時計は」
 時計を見て、ダリルが口元を引きつらせた。アラーム代わりに、鋭峰のありがたいお話(3時間分)が鳴る時計である。本人を目の前に、もしアラームが鳴ったら恐ろしいことになる。しかし、ルカルカは平気な顔だ。
「万博でも団長の声の目覚まし売ってたよ?」
「それはそうだが……」
 あれは一喝だけだし、第一隠し録音でも無かっただろう、とダリルは思う。だが、既に時計は英照の手の中。もう全てが手遅れである。
(中身を確認するべきだったか……)
 ダリルが内心でがっくりとしていたら、その会話を聞いて英照が時計に興味を示した。
「ジンの声が入っているのか。此処で聴いてみるのも一興か? なあ、ジン」
「そうだな、鳴らしてみろ」
 鋭峰が重々しく頷き、英照は時計の背面を弄り始める。それには、流石にルカルカも慌てた。
「こ、ここで鳴らしちゃダメです!」
「何か問題でもあるのか? 声はジンのだと判ってしまっているのだぞ」
「ほ、ほら、戻ってからのお楽しみっていうか……、遊び心として、参謀長に喜んで頂けると嬉しいなって……あ、遊び心っていう所が重要ですよ!」
「「…………」」
 英照と鋭峰は顔を見合わせる。それは数秒の事だったが、何かを目で会話したのか英照は時計を器に仕舞った。
「ルカ、まさかその時計、流行らせようとしてるんじゃないだろうな? 真一郎には何を送ったんだ」
「真一郎さんにはコートを……」
 念の為にと訊かれ、ルカルカはそこで恥ずかしそうに赤面した。そして、照れた彼女は話題逸らしをするように鋭峰達に言う。
「お2人の子供の頃の話とかお聞きしたいです」
「2人の子供の頃の話か……。それは、俺も興味があるな」
 気を取り直して、ダリルもそれに同意する。
「まあ、逆もだが」
 ルカルカをちらりと見て、それから彼は英照に聞いた。
「団長は、どのような子だったのですか?」
「どのような子、と言われても……」
 英照は一度、鋭峰に目をやってから語りだす。
「私達は、子供の頃から軍事の英才教育を受けていたのだが――」

 やがて、中国茶も点心も無くなり、団長室に戻る2人をルカルカ達は直立で見送る。彼等に“楽しかった”と思って貰えていたら、それだけで嬉しい。
「楽しかったです。またこういう時間を作りたいですね」
「ああ、機会があればまたこうして食事するのも悪くはない」
 鋭峰はそう答えて背を向け、英照もそれに続く。こうしてバレンタインのお茶会は終わり――
 後日、ルカルカとダリルはお礼をするからと団長室に呼ばれた。応接間に通された彼女達は、鋭峰が手ずから淹れた茶を提供される。
「…………!」
 これまでに、鋭峰から直接お茶を贈られた団員が居ただろうか。感激のあまり言葉を失うルカルカに、向かいに座った鋭峰が言う。
「これは、私が特に愛飲している中国茶だ。飲んでみたまえ」
「……は、はい!」
 何とか一言返事をし、ルカルカは湯のみを手に熱い茶を飲む。「美味しいです」と言おうとした時、彼女の前に金の懐中時計が置かれた。ぴしっ、と、団員2人は固まった。
「英照から借りてきた。私も聴かせてもらったが……君は、これを全て聴いた事はあるのか? 無ければ、今日此処で聴いていくといい」
「…………」
 ルカルカは時計を凝視し――我に返った。急いで謝る。
「だ、団長! 申し訳ありません!!」
「頭を下げる必要は無い。このひとときを楽しんでくれたまえ」
 鋭峰はそう言って、席を立つ。それから3時間……ルカルカ達は団長室で、嘗てとある忍者に向けられた“ありがたい話”を聴くこととなった。