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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

リアクション

 進んでいないと思われている作業現場だが、もちろん働いている人影もあった。鏖殺寺院のテロ対策のために現場に入りこんでいたパラミタの者たち。彼らは、戦意喪失していた現地の一般作業員をひとまず置いておいて、独自に建設に取り掛かっていたのだ。彼らだけでもやれるところまではやる。いや、スタジアムを完成させるつもりだった。そのための強行の突貫工事だった。
 その中の一人、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は金ちゃんの姿を見つけて笑いかけてくる。
「おっす、あんたかい新人監督の金ちゃんってのは。俺はこの現場に派遣されることになったラルクっつーもんだ。まぁよろしくな」
「ああよろしく」
 どういうわけか、彼はスーツ姿のままこの現場で働いていた。力仕事は任せろとばかりに重いものを持ったり作業したりしているが、動きにくくないのだろうか……?
 見ているのが申し訳なくなるくらいにバリバリ働いている。高所も楽々、人の嫌がる作業もどんどんこなしていく。率先して働く模範的労働者といった態度だ。
「いやー事務作業よりか俺はやっぱこっちの方が性にあってるな。思いっきり体を動かせるのはやっぱいいな」
「……そうか」
 ちょっと出る幕がない感じで、金ちゃんは困った表情になった。下手に手伝おうと間に入ると、却って作業の邪魔になりそうだった。
 やがて、彼はさすがに暑くなったのか、上着を脱ぎ、ワイシャツを腕まくりした。鍛え上げられた隆々の筋肉が顔を覗かせる。にじみ出る労働の汗がキラリと光る。そして身体を動かして気持ちよさそうに爽やかに笑うラルク。いい男である。
 と、そこへ……、ガガガガッッ! と機械音を響かせて重機がやってくる。
「そこの人……、そんなところに立っていては危ないですよ」
 工作機器で資材を搬入していたセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、運転席から顔をのぞかせた。繊細で優しそうな風貌なのに、現場を全く苦にしていない様子。
「あら、あなたが新しい現場監督さんですか? こんにちは」
「ああ、よろしく」
「よろしくじゃないでしょ。立ってるだけじゃなくて手伝ってよ。めちゃくちゃ忙しんだから」
 鉄筋を抱えた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、仕事の邪魔しないで、とばかりに通り過ぎかけて、振り返る。
「あら金ちゃん、いらっしゃい。イケメン監督の到着でやる気出てきたわ」
「今来たばかりで、現場を見回っているところだ」
「羅ちゃんは? 彼もいてくれるとますますはかどっちゃうんだけど?」
「彼なら本社だ。ここに来ることはないだろう」
「あら、残念。でもバリバリ行くのは変わらないよ。じゃ、またあとでね」
 そういうと、理沙は忙しそうに行ってしまった。重量物を抱えながらひょいひょい高所へ登っていく。すごい身体能力だ。
 さらには……。
「あ、こんにちは金ちゃんさま」
 声をかけてきたのは御神楽 舞花(みかぐら・まいか)であった。温和な表情の、“怖くない御神楽環菜”と呼んでいいだろうか。彼女は金ちゃんにペコリと頭を下げる。
「今日からこの現場で働くことになりました。よろしくお願いいたします」
 彼女は先日の打ち合わせの御神楽陽太率いる『カゲノ鉄道』からの助っ人らしい。すぐさま作業に取り掛かり、働き始めている。
「鉛筆削り、もうやめたんですね」
「あの仕事は危険だ。健康に良くない」
 真顔で言う金ちゃんに舞花はクスリと微笑む。
「カゲノ鉄道から機材等一切が搬入されますので、ご遠慮なく使ってくださいね」
「ああ、感謝する」
 また、施工管理技士の従者を連れてすでに作業に取り掛かっている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とそのパートナーコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の二人。ここでは顔見せだけだが、この工事にまじめに参加していることを忘れてはいけない。
「……」
 金ちゃんに視線をやったものの、すぐに興味なさそうに目をそらせたのは瓜生 ナオ実:(うりう なおみ瓜生 コウ(うりゅう・こう))。彼女は鉄骨鳶らしく、足場を組み立てているところだった。声をかけるより先に向こうに行ってしまった。 
 ぱっと見たところ、とりあえず、この辺りにいる作業員はこんなところだろうか。他にも二十人ほどの一般人労働者の姿もあるが、人数が足りていない。
 現場は言うまでもなく相当広い。把握しようと一回りするだけでも十分な時間を食ってしまった。
「お昼ごはんできてるよ〜」
 昼食の時間になったらしい。管理する者もいなく寂れてしまった食堂を整理整頓して再開していたのはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だ。腹を空かせて殺到する労働者たちに、一人一人丁寧に盛りつけながら、激励の言葉をかけていく。
「……」
 彼らに混じって金ちゃんも一緒に昼食を食べる。食堂を見回し、労働者たちの様子を眺めていると、パリッとしたスーツを着た男がやってきた。
「皆様、お仕事お疲れ様です。お世話になっております」
 工事関係者たちに名刺を渡し、頭を下げて回っているのは本社の工務課長である叶 竜(かのう りゅう:叶 白竜(よう・ぱいろん))だった。工務課長は本社の中でも現場管理をする部署の責任者だ。見るからに切れ者そうなエリートといった風貌。その彼が、腰を低くして集まっている関係者たちに詫びて回っている。
「この度は爆発事件など、周囲の方にご迷惑をおかけしまして誠にすみません。これはほんのお見舞い代わりとしてお収めください」
 粗品まで配って歩いている丁寧さだ。その真摯な態度に現場の関係者もいたく感心しているようだった。
「頭上げてくださいよ、課長さん。あんたのせいじゃない」
「しかし……、山場建設といたしましてもこれ以上の工期の遅れは許されません。大石社長もこのスタジアムの建設には力を入れております。そのために、皆様のお力添えを是非、と」
 丁寧に頭を下げられたら誰も文句は言えない。
「わが社もテロの被害者ではありますが、泣き言ばかりも言っていられません。せめて……会長さえもっとしっかりしていれば……」
「……」
 その姿を金ちゃんがじっと見つめていると、竜も気づいたようだった。
「……」
 竜は、金ちゃんを上から下まで胡散臭げにじろじろ眺めまわす。
「現場監督になった金鋭峰だ」
「……」
 金ちゃんは名乗ったが竜は返事をしなかった。現場監督といえば工事関係者の中でも重要な役職なのに全く無関係といわんばかりだ。
 やがて、一通りの挨拶が終わると、竜は急に態度を変えた。興味を失ったように身をひるがえす。
「さて、次行きますか……」
 厳しい冷ややかな顔つきで去っていく。
「彼……社内でも強引な大石のやり方を手伝ってきた人物の一人よ」
 金ちゃんの反対側の席から背中を向けたまま話しかけてきたのは天貴 彩羽(あまむち・あやは)だった。本社でもこっそりと金ちゃんの仕事を手伝ってくれていたが、この現場までもやってきたらしい。正面を向いたまま、何気ない口調で言う。
「資料置いておくから……後ででも読んでね」
「助かる」
 金ちゃんも正面を向いたまま答える。
「じゃ……気をつけて」
 そのまま彩羽は行ってしまった。振り返ると、彼女の座っていたと思しき場所に封筒が残っている。それを手にして中を確認する金ちゃん。
「ずいぶんと働いてくれているようだ。気配りはありがたいが、遠慮しなくてもよかったのにな……」


 さて、そんなこんなしているうちに昼食も終わり午後の作業が始まる。
 またバリバリと働き始める労働者たち。結構はかどっているようだった。このままテロリストたちが現れなければ、働かない労働者たちを放っておいても結構進むかもしれない。
 金ちゃんがそんなことを考えていると、現場近くを警備していた渋い風貌の男がやってくる。ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)だった。彼は監督の横を通り過ぎると、相変わらずワイシャツ袖まくりで働いていたラルクに近づいていく。
「おい、ラルク。なんか不審人物いるぞ? どうする?」
「ん、そうか……」
 ラルクは口の端をゆがめると、作業を中断して金ちゃんのもとへとやってきた。
「監督。ちょっとヤボ用が出来たんで出てくるぜ、すまねえ」
「だめだ」
 とあっさり却下する金ちゃん。ジロリとラルクを睨みつけながら、
「おい、ラルク。何が起きている、はっきりと言え」
「いやぁ……ちょっと、な」
「テロリストを見つけたんだろ? ……工事を止める」
 金ちゃんが言うと、ラルクは参ったなぁといった表情になりながらも、
「そりゃダメだ、監督。テロリストが出たとなっちゃあ、また作業員が怯えてやる気をなくしちまう。せっかく進み始めたのに……。だからこっそり始末しようと思ったんだが」
「安全が第一だ。全員避難させる」
 金ちゃんがそう決断したとき、事務所のほうからさっきまでOLやっていた歌菜が走ってくる。手伝いに来たらしい。作業ではなく戦いの手伝いに。
「避難なんかしてスタジアム空にしちゃったら、それこそテロリストたちの思うつぼじゃない。【魔法少女アイドル マジカル☆カナ】が注目を引きつけている間に倒しちゃいましょう」
 というか、彼女すでに変身していた。リリカル魔法少女コスチュームで、魔法少女の姿になっている。歌菜のパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)とテレパシーで連絡を取り合い、すでに察知していたのだ。
 作業員たちがなんだなんだと見守る中、彼女は弾ける笑顔で呼びかける。
「皆さん、お疲れ様です! 束の間、手を止めて休憩としましょう♪ 私の歌、聴いてください!」
 暗くどんよりとした工事現場の中に出現した派手なナリの魔法少女。作業員たちがあっけにとられて見つめる中、【魔法少女アイドル マジカル☆カナ】は、【マジカルステージ♪】でライブを始める。

「働く貴方は 少しお疲れ?
 そんな貴方へ 元気よ届け

 無理はしなくていいんだよ
 貴方が頑張ってること 私は知ってる

 働く貴方はとても煌めいてる
 私はそんな貴方が好き そう大好き」

「今のうちに行こう」
 ラルクは走り出す。作業の変わりはガイが引き継ぐらしい。
「私はここに残る」
 と金ちゃん。
「監督として現場の保全が第一だと判断したからだ。捕らえた者は極秘で取り調べるゆえ、連れて来い。私は後ほど倉庫で合流する」
「了解」
 
 奴らは、運送業者になり済まして入り込んできたらしかった。トラックにはご丁寧に○○運送とそれっぽく書かれている。まあ、普通に考えて、テロの機材を運ぶにもトラックを使うのが便利なわけで、すぐに予想はつくが。
「よぉ、すまねぇが……こっちに来てもらおうか?」
 ラルクは、帽子を目深にかぶりサングラスをかけた男たちがトラックの中から古びたドラム缶を次々と下しているのを見つけ、肩を叩く。男たちはドラム缶を残して逃げだした。
「逃がすかよ!」
 ラルクは追う。ほどなく二人ほど捕まえたが残りは逃げてしまった。
 ドラム缶の中にはガソリンが満たされている。火をつけるつもりだったらしい。
 一方……、先に別口を発見していた月崎羽純も……。
「ニセ作業員とはな……。まあここは見ての通りで入り自由どころか壁すらないところがあるわけだが」
【ヒプノシス】で眠らせて捕獲した男はヘルメットの内側に小型の爆弾を隠し持っていた。相手が怪しい素振りさえしなければ、見逃していたかもしれない。さぼってたむろしている作業員のほうが態度が悪く衣装も汚くだらしないとはどういうことだ……? 作業員の格好をしてうろうろしていてもバレない職場環境こそが問題だろう。
「金ちゃんに報告してなんとか対策とらないとな……」
 ほどなく怪しい男たちは捕まり騒ぎが収まったが、テロというよりも小物で拍子抜けした。
「スタジアムが完成したら、コンサートをする予定なんです。だから、一緒に頑張って欲しいのです……! 私も精一杯お手伝いします!」
 歌菜もステージを終え、やる気のない作業員たちのぱちぱちと叩く拍手に送られている。彼女も作業に加わるらしい。あっという間に作業員たちの間でもアイドルになって楽しく仕事を始める。
 騒ぎは気付かれずに終わったが。
「鏖殺寺院なんかじゃなく、金で雇われたただのチンピラどもだったらしいな」
 ラルクは大ごとにならなくてよかったと言いながらも複雑な表情だった。しかも、雇ったのは、大石ではなく曼荼羅組(まんだらぐみ)とかいうヤクザの組らしい。
「こりゃ、面倒くせぇぞ、金ちゃん。ヤクザの組まで潰しに行くのかい? まあいいが、大石とのつながりが見つかればいいがな」
「地元の組織にパラミタの我々が関わるべきではないのだろうが。ひとまず警察には引き渡しておこう」
 金ちゃんも考えているようだった。ヤクザは確かに鬱陶しいが、いちいち相手をしていてもきりがない。次から次へと出てきて、そのうち日本中のヤクザをつぶさなければならなくなってしまい別の話になってしまう。
 ルカルカに連絡して警備員を増やしてもらうことにしたが、そんなことで効果があるかどうか……。
「やはり、全員が一致団結する必要があるな。私たちだけが作業を進めても仕方がない」
 何が足りないのだろうか……。それを手に入れる必要があるようだった。