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 その頃、同じ場所でウェイターをしていた蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)は、勇刃達に飲み物を届けた後、店の一角でパソコンを広げて846プロの情報告知の更新をしていたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)と話をしていた。
「人手が足りないと言われ来てみれば……ウェイターをさせられるとは思いませんでしたね。僕的には傍観できるので大歓迎ではあるのですが」
「注目のスパリゾートでの公開収録だ。マスコミや一般人の注目度も高い。846プロの名を大きく広める良いチャンスになるだろう」
 パソコンから目を離さずにレオンが呟く。
 希鈴は、未だ大賑わいのプールサイドを見つめる。
「成る程。ダリルさんの情報告知のパワーというわけですね。この大勢の人たちは」
「846プロの公式HPでの告知に加え、ソーシャルネットワークでの告知による口コミ、アトラスのHPでの告知といままで以上に広報に力を入れた。一般の客に加えてファンが訪れることによる収益増も視野に入れているからな……と言いたいところだが」
「だが?」
「今回、私が広報に集中できたのは、神楽やダリルといった、現場を信頼して任せれる2人がいたおかげだろう。仕事が終わったならば、温泉で酒でも酌み交わしながら語りたいところだ」
「そのお二人は? 姿が見えませんけど? 衿栖と未散も……」
 希鈴の問いかけに、レオンはエンターキーを押して更新作業を終え、椅子を軋ませて伸びをする。
「衿栖は次のプログラムへ移動した。未散は……鋭意説得中だ」
「……大変ですね。プロデューサーも」
「ああ……と、衿栖の番組が始まるな。見るか?」
 希鈴がレオンのパソコンを覗きこむと、そこには衿栖の姿があった。

「番組をご覧の皆さん! 最後の施設はこちら! スパリゾートアトラスが誇る『マッサージ・魔女の館』からお届けします。輝ちゃん、未散ちゃんとくれば……私ですよね! 普段の仕事の疲れをマッサージで癒してもらいたいと思いますー!」
 マイクを持った衿栖が扉を開け、施設内へと入っていく。
「あら、早速、お客さんがいますねー。みんな、気持ちよさそうですね」
 言葉を濁した衿栖。彼女の目の前には、マッサージを受ける数組の客がいた。

「お客さん、随分筋肉が凝ってますねー。お仕事大変ですか?」
 マッサージ師として働く琳 鳳明(りん・ほうめい)が、寝転がる瀬乃 和深(せの・かずみ)の肩甲骨辺りを揉みほぐしながら聞く。今日、数人目の客として来店した和深は、最初やや落ち込んでいるように見えた。
「冒険に次ぐ冒険でね……」
 沈みがちな和深に、明るく接客をする鳳明。マッサージ師とは、客によって、技だけでなく口も必要なのだ、と彼女は知っていた。
「冒険ですか……生活習慣が不規則だと体に悪いですよ?」
「いえいえ……堅苦しさを嫌い、冒険と自由を夢見て家を出たから……」
「へぇ。最近はどんな冒険を?」
「実は、はじめは女風呂を覗くつもりだったんだ。でも、アルフィーやルーシー達に、お前の実力じゃ無理、ときっぱり言われたうえ、実力行使で止められ……冒険出来ずにしょんぼり気分になっていてね」
 和深の肩を揉んでいた鳳明が手を止め、一瞬考えて、和深の隣で別の店員にマッサージを受けるアルフェリカ・エテールネ(あるふぇりか・えてーるね)ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)を見やる。
「和深。それは冒険であり、冒険ではないのだよ」
 アルフェリカが、青い瞳をジト目にして和深を見ると、更にその横のルーシッドもうつ伏せでマッサージを受けながら同意する。
「そうだよ。ボク、本当はマッサージよりも温泉めぐりをしたかったんだよ? でも、和深が変な事言い出すから、ボクやアルフィーまでこうしてマッサージを……あぁ!! 気持ちイイー!」
「ルーシーの言うとおりだな。わしがマッサージを提案した事により、か弱い乙女達の自尊心が少しは守られ……おぉ! きくーー!」
「……」
「と、まぁ、そんなわけで今回の冒険は中止となったわけで……」
「そ、そう。ある意味良かったんじゃないですか? ……そうだ、血の巡りを良くするツボを押しましょうっ!」
 鳳明が和深に提案すると、和深が顔をあげる。
「血の巡りを良くするツボ? 鍼灸師なの?」
「いいえ! 鍼なんて使いませんよ!」
 鳳明はきっぱりと断言し、自分の手を見せる。
「この指こそ、人が一番使い慣れた道具なんですから!」
 鳳明はそう言って、指を和深の腰辺りに添える。
「はーい、痛かったら言って下さいね? でも、健康には凄くいいんですよ?」
「へぇ……」
 グィッ!!
 力を込めた鳳明の指が筋肉に刺さる。
「おおおおぉぉぉーーー!?」
 思わずエビ反り状態になる和深。
 グリグリ……!!
「!!……!?……!……あ……!?!?」
 声にならぬ声をあげる和深。しかし、その表情は、苦痛と恍惚の間を行くような、パートナーであるアルフェリカとルーシッドですらこれまでに見た事のないものであった。
「痛いですか? もうちょっとだから我慢して下さいねー?」
「も、もうちょっと? もうちょっとで……何が始まるんです? しかも、動けない!?」
「あらあら、鳳明ったら痛かったら言ってだなんて言う意味なかったのでないでしょうか?」
 和深の身体を押さえつけているのは、鳳明の助手として付いてきていたセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)であった。
 助手……と言っても名ばかりであり、実際は勤労に励む鳳明を微笑ましく愉しく眺めていたセラフィーナが、和深を【超人的肉体】を使って強引に抑えこむ。
「そのうち、痛みが快楽に変わりますよ?」
「そんなの……ハッ!?」
 激辛料理を食べる時、最初の一口は誰でも辛いが、次第に麻痺してきて味がわかってくると言う……今、まさにその状態に近づきつつある和深が、グッと言葉を飲み込む。
 その間にも、鳳明の指が腰から脇腹、臀部の付け根、と縦横無尽に和深を攻め立てる。
「あっ、そんなところまでマッサージをするんですか!? お、俺は……もう!!」
 と、鳳明のテクニックにメロメロになる和深。
 アルフェリカとルーシッドは、そんな和深の様子を、実に興味深そうに見守っている。
「どうです? 段々、良くなってきたでしょう?」
 元々、武術家として人体の仕組みについて学び、急所と共に経絡……所謂ツボを熟知している鳳明。その特技をマッサージに生かそうと考えた彼女の考えは的中していた。
「だ、駄目だ……くっ!」
 こみ上げてくるテンションに、和深の意識が飛び始める。目を閉じても、脳みそを電流が走るが如く、閃光が横切っていく。
 和深が下にひかれていたマットレスの角をギュウッと掴む。既に全身は得体の知れぬ痙攣に襲われっぱなしだ。
「(ここまで激痛のツボに耐えた人は初めてね)」との想いを込め、腕を振りかぶった鳳明が、和深の尾てい骨辺りに狙いを定めて最後のツボを押す。
「これで、フィニッシュです!!」
 グリィィッ!!
「!!!!!!!」
 和深のテンションが頂点になる。全身を駆け巡るのは、全てが満たされ、全てが解放されたような爽快感!
「ヘブン状態!!!!」
 全身が活性化され、エビ反りのまま眩い輝きを放った和深は、ゆっくりと至福の笑みを浮かべてマットレスに倒れていくのであった。