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 場所はまた変わる。目まぐるしくて誠に申し訳ない。
 ここは、温水プールから一歩奥へ入った場所にある食堂である。
「はぁ……忙しいわね。温泉ていつもこうなのかしら?」
 ルシオンから渡された水着から着替える時間も無かった雅羅は、サッと食堂のエプロンを水着の上に羽織って、食堂店員の仕事をしていた。
「あ、雅羅。注文いいー?」
「理沙、来てたんだ」
 水着姿の白波 理沙(しらなみ・りさ)がカウンター越しに雅羅を呼び止める。泳いでいたためか理沙の金髪から雫が落ちている。
「そうなの、スパの噂を聞いて早速来ちゃったわ。新スポットの紹介に弱いのよねー」
「安心して。理沙だけじゃないわよ」
「そう? ま、いっか。じゃあ……塩ラーメン2つと醤油ラーメン1つとチャーハン3つとチーズバーガー2つとカレーライスと焼きそばと……」
 勢い良くカウンターからマシンガン口撃を浴びせる理沙。
「……」
「ん? 何? もしかしてメニューになかったモノを頼んだかしら??」
「チャーハンと塩ラーメンはないわね。にしても理沙、頼みずぎじゃない? 団体客?」
 雅羅はそう言うと、冷凍と思しき焼きそばとチーズバーガーをレンジに放り込む。
「いや、私たち3人だけだけど……あぁ、注文する数の心配?」
「3人でも多いと思うわよ?」
 カウンターの下でジャンプする皇帝ペンギンゆる族のピノ・クリス(ぴの・くりす)と、それを見つめる白波 舞(しらなみ・まい)
「ピノ、ラーメン大好きなのー♪」
「何度も聞いたわ、ピノ」
「(……鶏がらスープのラーメンを食べるペンギン、ね……)」
 チラリとピノを見た雅羅は手早くラーメンの麺を煮立つ湯へ入れる。
「3人だけど約1名よく食べる子が居るってだけよ」
 ちらっとピノを見つつ理沙が言う。
「まぁ、数は気にしないで。そもそも、よく食べる子をお腹一杯にしちゃうつもりだったから」
 財布を開く理沙に、雅羅が不思議そうな顔をする。
「あ、そうだ! ねぇ雅羅? このスパリゾートアトラスの名物料理とかないわけ?」
「名物料理?」
 理沙に呼び止められた雅羅がぴくりと眉を反応させる。
「あ、何か……あるんだ」
「ええ。でも危険だからって理由で封印されたメニューよ」
「へー、今作れる?」
 理沙の問いかけに雅羅が頷く。
「少し時間がかかるから後回しになるけど」
「いいわ! じゃ、それも1つ頂戴!」
 理沙が指をピンと立てて笑顔でオーダーする。
「……わかったわ。アトラス大噴火ラーメン1つね」
「……」
 そのネーミングにキャンセルするかどうか考えたが、理沙は注文してしまう。

 暫し後……。
「お待たせしました」
 雅羅が運んでくるやいなや、ピノは身を乗り出し、器用に箸を使ってラーメンをすすり出す。
「ラーメン、ラーメン♪」
 もぐもぐとラーメンを食べ、その片手間に焼きそば、カレーライス等を食べていく。
「……」
「……」
 チーズバーガーを手にした理沙と舞の傍で、怒濤の勢いで食するピノ。
「ピノ、よく食べるわね……これはやっぱりスパで気をつけなくちゃいけなくなりそうね」
 苦笑する舞に理沙が同意する。
「私もさすがに食べ過ぎだと思うけど、ゆる族の基準がイマイチ分からないから育ち盛りという事で納得する事にしたわ」
「焼きそば、焼きそば! カレー、カレー! バランスよく食べなきゃね!」
「安心して、全部炭水化物だから、バランスなんて関係ないわよ」
「そうなんだー! わーい!」
 理沙や舞が出かけると知って付いてきちゃった子、ピノ。
 水の中で溺れる才能を存分に発揮する彼女に、理沙や舞は危機感を募らせていた。故に、理沙は、沢山食べさせればお腹一杯で動けなくなったり眠くなったりするかもしれない、と考え、ピノに好きなように食べさせていたのだ。ピノが沈むよりは今月の家計費が沈む方がマシ、との苦渋の決断である。
 先ほどから、理沙と一緒にスパに付いてきちゃったピノを、水の近くに寄らせないよう理沙と一緒に警戒していた舞が呟く。
「すごく、普通に食べてるよね。ピノ……」
「うん」
 予想に反して普通に食べるピノに、この後溺れる可能性を感じる理沙。
 粗方ピノが食べ尽くしかけた時、
「はい。お待たせ」
「あ、雅羅……って、ええぇぇぇ!?」
 理沙が驚いたのは、雅羅が持ってきたラーメンにである。
「これが、アトラス大噴火ラーメンよ」
 それは、山のように積み上げられたもやしとネギ。そして山の麓を覆うようなチャーシューが添えられたラーメンであった。どこぞの大盛ラーメン屋の「マシマシマシ」くらいはある。
「す、すごい……」
「わー。ピノの大好きなラーメンが来たよー!」
「名前から連想したら、スープが真っ赤かなって思ってたんだけど、違うみたいね。雅羅さん?」
 舞が尋ねると、雅羅が頷く。
「そ。こっからが大噴火ね」
 と、小さな片手鍋を取り出す。
「中身は熱したネギ油。これをかけると大噴火なのよ。あんまり近づかないでよ? 火傷するわ」
「……大丈夫。もう避難完了してるわ」
 不幸体質の雅羅に言われるまでもなく、ピノを抱きかかえて退避済みの理沙と舞。おおよそ爆心予定地より5メートルは離れている。
「ねー、雅羅。それ、炎出るヤツでしょ? 止めておいた方がいいよ、絶対!」
「大丈夫よ。今度はお客さんの前髪にパーマ当てたりしないから!」
「やっぱり、事後だったんだ……」
 舞がメニューの封印された理由を確信する中、雅羅が片手鍋を傾ける。
 ゴオオォォ!!
「わー! 炎、炎!!」
 無邪気にピノが喜ぶ中、理沙と舞は祈るような気持ちで火柱が収まるのを待つ。
「あー、ママ見てー! 炎が上がってるよー」
「本当。凄いですね」
 温泉を堪能して通りかかった切札とカルテ。二人共普段の服に着替えている。
 ゴオオォォ!!
「……ちょっと燃えすぎじゃない?」
 理沙が異変に気付くと、炎の中から雅羅が飛び出してくる。
「あつッ!!」
 エプロンに引火している雅羅。
「雅羅!?」
 友人である切札が叫ぶと同時に、防火用のバケツを持った理沙が走る。
「雅羅! やっぱりこうなるのね!?」
「た、助けてぇぇ!!」
「わかってるよ。……って、こっち来ないでぇぇ!?」
 炎を纏う雅羅が理沙へ走り寄る。
 思わず隣接する温水プールへと走る理沙。それを追う文字通り炎の雅羅。
 ドボォォーーン!!
 雅羅と一緒に理沙も温水プールへ落ちる。
「理沙!?」
 舞が叫ぶ。
 【軽気功】で水面に浮く切札が二人を探すと、プハッ! と顔を覗かせる両名。
「無事でしたか……」
 胸を撫で下ろす切札。
「ええ。ごめんなさい、理沙、切札」
「いいよ。雅羅。怪我はない?」
「うん」
 二人は温水プールから上がろうとして……。
「お二人とも、待って下さい」
 切札が止める。
「え?」
「どうしたの?」
「もう少し水の中で……そうですね。できれば前を隠した方がよいかと。私がバスタオルを取ってくるまでは……」
「……」
 理沙が見ると、何やら近くの水面に焼け焦げた布切れが浮いている。
「……ごめんなさい。理沙。あなた、裸よ」
「雅羅。それは私の台詞……って!?」
「「きゃああぁぁぁーー!!」」
 プール内に、裸で抱きあう金髪の美少女達の悲鳴が反響する中。
「ラーメン、ラーメン!」
「あー、ピノちゃん。熱いからフーフーしなきゃ駄目なんだよ!? ほら、フー、フーッ!」
 人災をよそに美味しく完成したアトラス大噴火ラーメンを仲良く食べるカルテとピノであった。