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第2章 婚約披露宴

「ちょうど良い天気ですね。風の強さも」
 婚約起工式当日。
 本郷 翔(ほんごう・かける)は誰よりも早く起きて、早朝から準備を手伝っていた。
 披露宴は新居が建てられる場所――まだ何もない野外で行われる。
 龍騎士が運び込んだものの他、村の集会場から運び込まれた物、大工が急ぎ組み立てたテーブルや椅子を並べてクロスをかけて、会場を設営していく。
 レストは養子であることと、養子となってすぐ、龍騎士になるための修行に出てしまったため、親戚との親交は全くない。
 フレグアム家の出席は両親だけだった。
 代わりに、彼の部下や友人である、龍騎士団のメンバーが多く出席、及び警備に当たっていた。
 フレグアム家は帝国の貴族だ。
 失礼のないよう、翔は気を配りながら設置に努めていく。
「両家の方々は一般の方ですから、とくにお守りしやすいような配置といたしましょう」
 テーブルの位置、会場を囲む木々や花壇の位置などにも注意し、客の動線、警備のしやすさを総合的に鑑みて、意見を出しながら設営に協力していく。
「テーブルの準備は整いましたか?」
 取り仕切っているのは、30代くらいの男性だった。
 フレグアム家の執事だという。
「概ね整いました。椅子はお客様の人数分ございますが、お立ち寄りになる村の方もいると思われますので、大工の方にベンチを作っていただいております」
 翔は執事にそう報告をする。
 それは助かると、執事は翔を評価した。
 警備の指揮はまた別の人物で、こちらは第七龍騎士団の参謀に当たる人物が担当している。
 翔は記憶術で指揮者の特徴を覚えつつ、接触して根回ししておく。
「ブーケ持ってきたよ。こっちは、各テーブル用。メインテーブルはボクが飾ってもいいかな?」
 作ったブーケを持って現れたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が尋ねる。
「晴海様のご友人の方ですね。では、メインテーブルはお任せいたします」
「友人……」
 友人、とは本当は違んだけれど。と思いながらも、レキは否定はしなかった。
 自分も含め、晴海の友人として訪れている人達は全て契約者で……。
 護衛のために雇われた人達。
 その中でも、少しでも彼女と親交があるのは、百合園で同じ団に所属していた自分達、だ。
「護衛も必要だけどね、祝いの席だし、ギスギスしたり緊張するのは良くないから」
 安全確認は怠らないつもりだが、より楽しい披露宴となるような手伝いもしたいと思って。
 レキはブーケ作りを担当させてもらった。
「よーし、頑張って飾るよー」
 レキは自分が作ったブーケを、テーブルに飾っていく。
 レストの好みは分からないが、晴海の好みについては、親戚に好みの花や色を聞いてあった。
 集めた花は、彼女が好きな、オレンジ色の花が中心だ。
「……できた!」
 テーブルに飾った後、席に座って眺めてみる。
 目を惹く花が多く、1輪、1輪とても綺麗だ。
 習った生け花の知識ではなく、自分の思うまま自由に作ったブーケだった。
「綺麗、なんだけど……。うーん、ちょっとゴチャゴチャしているカンジもする」
 鮮やかな花々が、四方八方に向いている。
 花瓶から溢れ出た花達が、何かを訴えているようにも見えた。
 でも。
「ま、『幸せてんこもり』ってことで。いいよね?」
 そう笑うと、近くでテーブルを拭いていたハーフフェアリーの少女が。
「うん、元気いっぱいなカンジがする! 遊ぼうって言っているような」
 と、笑顔を見せた。
「そっか、じゃこれで決定!」
 普段ならパートナーのつっこみが入りそうなところだけれど、今日は一緒ではないので。
 レキ・フォートアウフの独創的な会心作、タイトル『幸せてんこもり』はこれで完成となった。
「このテーブルブーケは各テーブルに。こちらは、メインテーブルに飾ってください」
「お預かりいたします」
 執事の指示に従い、翔はテーブルブーケや押し花ガラス細工の飾りを預かって、各テーブルの中央に飾っていく。
 花束は、晴海と共に契約者達が用意した花束だ。
 披露宴後は、客たちにプレゼントされる。
 受付、そして舞台が作られ。
 会場を取り囲むように、花壇が置かれて。
 準備が整っていく。

 レストは、婚約指輪として極めて大きなダイヤの指輪を用意した。
 晴海の親族の前で、披露する前に。
 魔道書の『ヴェント』と、事情を知る親しい者が見守る中。
 彼は1つの指輪を2つに分けた。
 そして片方を、ユリアナの遺品の上に。
 もう片方を、晴海の指に嵌めて。
 結婚の約束をした。
 それから両家の親族の前で、2人は結婚を誓い合い、婚約の儀とした。

 新居の起工式を兼ねる披露宴会場には、先に客が入場し、司会による新居の説明や、2人のなれそめについて、簡単に語られていた。
「お2人がご入場されます。拍手をお願いします」
 穏やかな音楽が流れ、客たちが拍手をする中。
 礼装の軍服姿のレスト・フレグアムが、上品なドレス姿の御堂晴海と共に、舞台に現れる。
 2人は、親族と客にお辞儀をした後、レストが挨拶を始めた。
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。私たちはこの度婚約をいたしました――」
 彼女との出会いや経緯などは語らない。
 ただ、自分の伴侶として最良の女性だということ。
 彼女を愛し、助け合って生きていくことを約束する。
 レストが挨拶を終えた後、両家の両親が歩み寄って、握手を交わす。
 そして、両家から、2人に贈り物が渡された。
 フレグアム家からは、晴海に髪飾りが。
 御堂家からは、レストに時計が贈られた。
 エリュシオンと、日本の時間、両方が表示される時計だった。
 贈り物を皆に見せて拍手を戴いた後。
 2人と両親たちが席に着き、宴が始まる。

「……大事な人が出来て、その人と結ばれるんだから、心からお祝いしないと」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、複雑な想いを抱きながら、その場にいた。
 薔薇のドレスシャツを纏い、給仕を担当しながら婚約した2人の様子や、会場の人々の様子を見ていた。
 メインテーブルにて、ボリューム感たっぷりの、美しい花々と共に在る2人は、とても幸せそうに見えた。
 村のハーフフェアリー達が、代わる代わる2人に近づいては、祝福の言葉を述べている。
 会場にいる、契約者達も――彼らに、暖かな祝福の言葉を贈っていた。
「オレも、お祝いしないと……」
 祝いたいと思ってはいる。
 だけれど、尋人は心底そういう気持ちにはなれていなかった。
 月軌道上での戦いは、非常に厳しく、尋人もかなりの痛手を受けた。
 そんな中で、大事な相手と共に気持ちを通わせてきた人達が居るのなら、それはとても素敵なことだと思う。
 ……でも本当にそれだけかな? という疑問もあった。こんな時期に。
「甘いジュースいかが? 皆はハチミツ好きかな」
「すきー」
「ハチミツジュースちょうだいっ」
 尋人は隅の方の席にいる、ハーフフェアリーの子供達の対応を敢えて担当していた。
 どうしても、メインテーブルの方へは行き難い。
 可愛らしい子供達の顔を見ていた方が、心が落ち着いた。
(主役の2人に向き合うのを避けてるのかな、俺。結局……お祝いしている振りしかしてないのかもしれない)
 空になったグラスを下げて、カウンターの方に向かおうとした尋人は、正装で会場に入ってくる青年の姿に目を留めた。
 穏やかな目でレストと晴海を見ているその人物――黒崎 天音(くろさき・あまね)に思わず近づいて。
「…………」
 呼ぶより先に、言葉より先に、彼に後ろから抱き着いた。
 上手く今の気持ちを言葉になんて出来ない。
 祝いたい、祝いたい気持ちはあるのだけれど……。
 振り向いた天音は「おやおや」と、静かに笑って尋人の頭を撫でてくれた。
(ユリアナの魂は淋しくないだろうか。本当にこれでいいんだろうか――)
 この場では出せない名前、聞けないことだったけれど。
 いつか、天音に聞いて欲しかった。

「お飲物はいかがですか?」
 親族がドリンクを飲み干す絶妙のタイミングで、給仕の女性が声をかけてきた。
「はい、紅茶をお願いします」
「はい、お淹れいたします」
 女性――遠野 歌菜(とおの・かな)は、トレーを下ろして、ティーカップを並べると、カップの中に手際よく紅茶を注いでいく。
「熱くなっております。お気を付けください」
 そういう歌菜の顔には笑顔の花が咲いていて。
 つられて、緊張気味だった親族の顔にも笑顔が浮かぶ。
 お辞儀をして去りながら、歌菜は「いけないー」と、ホテルの給仕らしい上品で真面目な顔に変えようとするが、微笑みは止まらなかった。
 去年の春の、自分の結婚式をどうしても思い出してしまう。
 今日行われているのは、婚約披露宴だけれど、新郎は龍騎士団の団長であることから、一般の結婚式を超える規模で行われている。
 晴海のドレスや、飾られたブーケを見ていると、自分の結婚式と重なって、どうしても顔がにやけてしまうのだ。
 晴海に目を向ければ、彼女もまた少し緊張した面持ちだった。
(頑張れ〜。ファイト〜)
 心の中で、歌菜は晴海を応援する。
 歌菜も別の種族の男性と結婚した身だ。
 種族が違うということを、あまり気にしたことはないけれど……。
 少し、晴海に親近感が沸いていた。
(いいのよ、この顔で。笑顔でおもてなし、緊張をほぐしてあげられるように♪)
 歌菜は笑顔で会場を見回して、ドリンクが切れそうな客を見つけると、素早くスムーズな足取りで、近づいてドリンクを提供していく。
 その時。
「あっ」
 隅で、小さな声が上がった。
 ハーフフェアリーの子供が、ジュースを零してしまったようだ。
「大丈夫です。そのままお待ちください」
 ダスターを持って、歌菜はすぐに駆けつけて。
「服、濡れちゃったかな?」
 零れたジュースを拭きながら、子供を気遣う。
「大丈夫、ちょっとかかっただけ」
「うん、それじゃ、ジュース交換しようね」
 空になったグラスを下げて、新しいジュースを用意してあげた。
「どうぞ、今度は零さないようにねっ」
「うん、ありがとう!」
 子供の顔に笑顔が戻ってきた。
「ごちそうたくさん、おいしいのー。おねーちゃんも一緒にたべよ」
 そして友達と美味しそうに、料理を食べ始める。
「おねーちゃんは、あとで食べるね。楽しみにしておくの」
「そっか〜。おしごとしてえらいから、あとで、たくさんたべてね」
「うん、ありがと」
 テーブルを整え終えると、汚れたダスターを持って歌菜は一旦厨房へと下がる。
 そしてまたすぐ、皆の笑顔を作るために彼女は戻ってくる。