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2022年ジューンブライド

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2022年ジューンブライド
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リアクション

「あー……こういうことか」
 と、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)は呟いた。
 そこは結婚式場ともなるチャペルだった。今は模擬結婚式のために使われ、CM撮影とおぼしきカメラもスタンバイ済だ。
「……催促しているというわけではありませんよ?」
 と、六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)はアレクセイを見上げながら言った。
 しかし二人はすでに3年の付き合いになる恋人同士。そろそろ『結婚』の話題が出てもおかしくはないのだが……アレクセイは複雑な気持ちだった。
「前もって言ってくれたら、ちゃんと準備したんだがな」
 彼女に聞こえない程度の声量で呟く。
 優希は少し俯くと、足元のバージンロードを見つめて言い訳をするように言う。
「私は、その……本当に式を挙げる事が出来た時に、慌てたり緊張したりして、失敗しないようにしたいだけなんですっ」
 ドキドキする胸をぎゅっと押さえ、一歩踏み出す優希。
「ほら、私もアレクさんもこうして人前で愛を誓い合う事なんかなかったですし、当日にあがってしまって、変な事になったら恥ずかしいじゃないですか?」
 立ち尽くすアレクセイを振り返り、彼女はひかえめにはにかんだ。
「私は愛を誓う事は……恥ずかしくは、ない、です……よ?」
 小さく首を傾げる彼女を真っ直ぐに見つめ、アレクセイは微笑んだ。
「分かった。ユーキが一人前になるまで待つつもりだったんだが、いいだろう」
「っ……ありがとうございます! それでは、さっそく行きましょうっ」

 ウェディングドレスに身を包んだ優希を見て、アレクセイはドキッとした。いつもよりも大人びて見える。
「どうですか? 似合って、ますか……?」
「ああ、よく似合ってるぜ。ちょっと驚くくらいにな」
 出会った頃の優希はいつもアレクセイの後ろに隠れているような、とても大人しく内気な少女だった。自分の意思で物事を決めることも苦手で、アレクセイはそんな彼女の面倒をずっと見てきた。
 しかし、今では通信社の所長もやって、こうしたサプライズも出来るまでに変わったのだ。優希は大人になった。――もう、ユーキの保護者は卒業だ。
 これまでの思い出を振り返って彼女の成長ぶりをひしひしと感じるアレクセイに、目の前の優希はにっこりと微笑んだ。
「はいっ。少し恥ずかしいですけど、そう言ってもらえるなら大丈夫ですよね」
「模擬かもしれないけど、ちゃんと自信を持ってやろうぜ。撮影だってされるんだしな」
「あ、そうでしたね。人前だっていうこと、少し忘れかけてました」
 今さらながら恥ずかしさがこみ上げてきて、二人はしばらくの間、口を閉じた。優希だけでなく、アレクセイの頬も紅潮しているようだ。
「い、行きましょう。早く段取りを確認しないと、次へ進めませんからっ」
 と、優希はドレスの裾を持ち上げて歩き出した。
 アレクセイも後を追い、二人の模擬結婚式は着々と進んでいくのだった。

 布袋佳奈子(ほてい・かなこ)は練習してきた聖歌を上手く歌えるかどうかで緊張していた。
 披露するのは模擬結婚式の会場だが、練習のようにはいかない。
 すると、隣にいたエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が彼女へ優しく声をかけた。
「大丈夫よ、佳奈子。気持ちを込めて歌うことが大事なんだから」
「う、分かってはいるんだけど……」
 と、佳奈子は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。歌うことは大好きだが、カメラがある前で歌うのだと思うと、どうしても鼓動が早くなった。
「うん……よし、もう大丈夫。私、頑張って歌うわ」
「そう来なくっちゃ。それじゃあ、私はアルトを歌うからソプラノはよろしくね」
 と、エレノアは微笑んだ。
 模擬結婚式が始まり、身長が高く強そうな吸血鬼の花婿と、落ち着いた雰囲気の清楚な地球人の花嫁が揃った。二人は一見正反対のように見えるが、とてもお似合いのカップルだ。
 無意識に結婚に対する憧れを抱きつつ、佳奈子は二人を祝福するためにしっかり歌うことを決めた。
 エレノアも幸せな二人を見つめ、少しでもよりよい式となるよう努める。
 そしてついに二人は聖歌を歌い始めた。シャンバラでも有名な歌だ。

 彼女たちの美しい歌声に耳を澄ませながら、優希はアレクセイをちらりと見上げる。祝福されているという実感を覚え、とても嬉しくなったのだ。
 アレクセイは彼女の視線に気づくと、少しだけはにかんだ。

   *  *  *

 ちょうど1年前、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)へプロポーズをした。模擬結婚式でのことだった。
 今日はあの時の約束を果たすため、あの時と同じ教会で結婚式を挙げる。
「きゃー、どうしよう? あれもこれも素敵すぎるし、いざ本番って思うと何を着たらいいのか……」
 と、セレンフィリティはずらりと並んだウエディングドレスの前で悩んでいた。
 女性にしては身長が高く、すらりとした体型の彼女は何を着ても似合う。シンプルなドレスも、少し派手な飾りのついたものだって。
「まったく、衣装選びに時間をかけるのは1年前と同じね」
 と、セレアナは苦笑しながら、自分はAラインのドレスに決める。
 衣装に似合うグローブやベールなどもさくさくと決めていくセレアナだが、セレンフィリティはまだ悩んでいた。

 ようやく衣装が決まり、着替えが終わったところでセレンフィリティは急に大人しくなった。
「どど、どうしよう……」
「今度は何? まさか緊張しているの?」
「う、うん。だってだって、誓いの言葉とか、指輪交換とか……私、ちゃんと出来るかどうか不安で」
 と、セレンフィリティ。緊張のあまり、ガチガチに固まっている。
 セレアナは呆れたように息を一つつきながら、彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫よ。結婚式はすでに一度やったでしょう?」
 はっと去年のことを思い出し、セレンフィリティはうなずいた。
 ――プロポーズを決意した1年前。ずっと、彼女といたいと心から感じたあの一瞬。
「……さあ、行きましょう」
 にこっと微笑む恋人に手を引かれ、セレンフィリティは歩き出した。

 二人が出会ったのは今から4年前のことだ。
 パートナーとして、恋人として共に過ごしてきた大事な日々を、セレンフィリティは思い浮かべる。
 ――本当にさまざまなことがあった。今、こうしてセレアナの隣にいることさえ不思議に思えるくらい、毎日が充実して……愛に溢れていた。
 教会の扉が見えてきて、セレンフィリティは今度は別の不安に駆られた。
 ――これって現実? それとも、夢……?
 愛する人と結ばれる瞬間を前にして、過去の記憶にしばられるセレンフィリティ。
 セレアナはそんな彼女の横顔を見つめ、少し心配そうな顔をする。

 式が始まり、真っ赤なバージンロードを二人で歩く。
 参列者などいない、二人だけの結婚式だった。
 わがままで、大雑把でいい加減で気分屋……本当に手のかかるセレンフィリティだが、その一方で自分の気持ちにあれだけ素直に生きられる彼女に、セレアナは心から惹かれていた。
 だからこそ、こうして今日という日を迎え、新たな幸せへ向かって歩き出そうと思えた。
 震える声でセレンフィリティは誓いの言葉を口にし、セレアナも彼女を生涯愛し続けることを誓う。
 そして誓いの口付けをするため、お互いに向かい合うと、セレンフィリティはぽろぽろと涙を零し始めた。
「セレン……」
「ごめん、セレアナ。でも、でも私……し、幸せになっても、いいんだなって……思ったら……」
 過去に縛られるセレンフィリティを受け入れ、愛してくれたセレアナに感謝の気持ちが溢れていた。
 ずっと幸せな日々をくれて、これからも愛してくれると誓ってくれたセレアナを、誰よりも愛していきたいと思った。
「……もう、セレンったら」
 セレアナは呆れたように微笑んで、そっとセレンフィリティの唇を塞いだ。
 今日から二人は夫婦になる。セレアナでなければ、セレンフィリティでなければ一緒には生きていけない。
 この先に起こる苦難だって、きっと二人なら越えていけるから。
「愛してる、セレアナ」
「ええ、私もよ」
 この幸せがずっと続いていくように心の底から願いつつ、二人は微笑みあった。

   *  *  *

 模擬結婚式と聞いて訪れた教会は清らかで眩しかった。
 こんなところで結婚式を挙げるなど、夢のまた夢かもしれない。
 しかし、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は今日、とても大事な話をしようと決めていた。
 現実は過酷で、世界はまだまだ大変な事態が続いている。平和な時間などほんの一握りだが、リネンは目の前に立つ相手から、どうしても目を逸らせないからだ。
「ねぇ……、フリューネ」
 思い切って声をかけると、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は振り向いてくれた。
「どうしたの? リネン」
「あ、あの……あのね、フリューネは……未来のこと、考えたことってある?」
「未来のこと?」
「うん……フリューネがそういうの、あまり好きじゃないし考えたくないっていうのはわかってる、けど……怖いの……」
 と、リネンはうつむく。
 フリューネは彼女を見つめたまま、次の言葉を待った。
「死ぬことは怖くない……そりゃ、ちょっとは怖いけど! っ、そうじゃなくて!」
 リネンは勇気を出して顔を上げ、フリューネをじっと見つめる。
「フリューネの答え……、聞けないまま死んじゃうのが、一番怖いの……」
 彼女の想いはフリューネも知っていた。しかし、フリューネにはフリューネの悩みがある。
 ふっと目を逸らして、彼女は震えているリネンへ言う。
「そうね、リネンの気持ちは分かったわ。私も、リネンのことは好き」
「……」
「だけど、これが友達として好きなのか、戦友として背中を預けられるのか……それとも、恋人として愛しているのか、まだ分からないの」
 と、フリューネは伏し目がちになる。
「ずるい言い方かもしれないけれど、私にも気持ちの整理をする時間が欲しいわ」
「そ、そうだよね……うん……分かった」
 未来を語るにはまだ早いのだと、リネンは思う。
 フリューネとの仲は確実に縮まっていても、答えを知るにはもう少し時間がかかりそうだ。