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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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 第6章

 イディアを預かって公園を出て、それから簡単に買い物をして。
 そして、暖かい夕餉の香りが部屋を包む。
「よし、いい感じに出来たかな」
 朝斗は、コネタントの家で食事を作っていた。パートナーと2人暮らしらしいがその相方は祭に出掛け、今日は夜遅くまで帰らないとのことで朝斗達4人とコネタント、5人分の食事だ。
 前菜や副菜は既にテーブルに並んでいて、出来上がった主菜用の食器を持ってきたコネタントが声を掛ける。突然花火の音が聞こえた時用に、彼は首にヘッドホンを掛けている。公園から距離があり更に建物内とはいえ、完全に音が聞こえない訳ではないようだ。
「榊君は料理、上手なんだね」
「でも、赤ん坊の世話は不慣れなんだ。前に乳児達の世話をしたことがあるんだけど、短時間だったのに色々と大変だったし」
 盛り付けをしながら話をする。ルシェンアイビスの3人で任されたのだが、昼寝に付き合うだけの筈が子供は泣き出しおむつは交換すべき事態になるしで、現場をちょっとした混乱になった。アイビスがいなければ、事態の収拾はかなわなかったかもしれない。
「まあ、イディアちゃんはそんなに手の掛かる子じゃないって聞いてるし、その点は大丈夫だと思うよ」
「うん、それにアイビスもいるしね」
 キッチンを挟んだリビングには、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)がイディアとお絵かきをしあった紙が散らばっている。その中央で、アイビスはイディアにミルクをあげていた。ミルクを作る所から傍で見ていたルシェンは、その様子に感心した声を上げている。
「やっぱり、アイビスは上手ねー……」
 アイビスの片腕に抱かれ、赤子は大人しく哺乳瓶の口を咥えている。んくんく、と安らいだ表情で喉を上下させていた。
「機晶姫の赤ん坊……。こうしてみると、ほんと可愛いわね」
 しみじみとしたルシェンの言葉に、朝斗達も近付いて傍でその様子を見守った。淡い赤紫色の髪に、真っ白い肌。ぱっちりとした瞳。ファーシーの子供を間近で見るのは、朝斗も今日が初めてだ。
「でも、私が抱っこすると何故かぐずってしまうのよね。うう、ショック……」
 可愛がってあげたい気持ちは一杯ある。けれど、泣かしてしまうと思うと手を出すのも躊躇してしまう。そう思って、ルシェンはアイビスの動作や世話の仕方を見るまでに留めていた。赤ちゃんにも、楽しい気持ちでいて欲しいし。
「アイビスが抱っこすると何故か泣き止むのになぁ……」
 どこが違うのかとルシェンはその抱き方に注目する。一方、アイビスは腕の中のイディアに優しい眼差しを向けていた。
(まだ記憶は完全に戻ってはいませんが……私のお母さんも、こういう風に人間だった私を愛しくしてあげてたんでしょうね。
 ……これからのこの子に明るい明日が来る事を。そして、いっぱいの愛情を受けて元気に育ってほしいものです)
 無垢な瞳でミルクを飲む姿を見て、そう思う。
 やがて、満腹になったのかイディアはうとうとと眠り始めた。
「それじゃあ、僕達もごはんにしようか」
 朝斗がそう言い、テーブルを5人で囲む。
 それから間もなく花火が始まり――コネタントはすっぽりとヘッドホンを被った。イディアが目を覚まして泣き出す。
「う、うわわわわ、君達、あとは任せたから」
「え? こ、コネタントさん?」
「にゃー、にゃー!」
「どどどどうしよう、この子泣き止まないんだけど……!」
「大丈夫、こわくないですよー」

              ◇◇◇◇◇◇

 トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)は、対人恐怖症気味だ。沢山の屋台が出た祭が行われていると知って、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)は彼女を強引に連れ出すことにした。
「アメリカ人、ハンバーガー食べないと死んでしまうね!」
 会場でバーガー系B級グルメを食べつくしたい! と思っていた事もあったが。
「JapanではBクラスGourmetっていうモノが流行らしいね。でもGourmet(食通)って、料理の味や知識について詳しい人物の事よね? Japanではそういう人達を階級分けしているの? ソムリエみたいなものかしら?」
「ああ、もうこの辺から人が多い……」
 自分を3食ハンバーガーな事もざらにあるステレオタイプのアメリカ人と自認するキャロラインは、魂祭会場に向かう道すがら、人の多さに嘆いて引き返したがっているパートナーをリードしながら、屋台の並ぶ光景、それを売っている様を色々と想像して楽しんだ。
「ま、行ってみれば分かるね! ジェニファー、Here we go〜!」
 苗字から採った愛称で彼女を呼び、意気揚々と会場に足を踏み入れる。
 ――行ってみても分からなかった。
 簡易店舗が、道の脇にずらりと並んでいる。だがそこには、特にランク的な法則性は無さそうだった。ソムリエらしき人物もいない。あえて言うのなら、店に並ぶ客がそれに該当するのだろうか。
 ただ、美味しそうな物が溢れているのは一目瞭然だ。
「おおっ、鹿児島名物HAMO‐BURGER!? 食べる食べる! Hey、2個ちょーだいねっ!」
「いやだっ、私はこんな所、来たくなんてなかった……! うぅぅ、人ごみの中で揉みくちゃで……」
「ジェニファー、そんな不景気な顔、似合わないよ? これでも食べて元気出す」
 目を輝かせて積極的に動くキャロラインとは違い、賑わう界隈を全力で拒絶するように、ジェファーソンは後ろ向きな発言を繰り返している。その彼女に購入した鱧バーガーの1個を渡し、自分の分を食べ始めた。
「Oh,RAMEN‐BURGER!? これは外せないね! 1個貰うよ!」
 鱧バーガーをあっという間に平らげ、また別の屋台で拉麺バーガーを購入する。一口食べて、その味に一際大きな声を上げる。
「marvelous! こんな斬新なBURGERが世の中にあったなんて、感動したよっ! もうこうなったら会場屋台の全バーガー10個ずつお持ち帰りさせて貰うね! これでOne‐WeekはNo problem!」
 珍しいハンバーガーを賞味出来てキャロラインは上機嫌だ。だが、彼女の後を力なく歩くジェファーソンはまだ1個目の鱧バーガーを持ったままだった。
 やがて、叩きつけるような口調で彼女は叫ぶ。
「私は確かに生前は大統領だった! でも、私は民衆が怖かった! 嫌だった! それなのに、なんでまたこんな所に連れ出した? なんで私なんかと契約したんだ!」
 その声に、通りを歩く何人かが振り返り、また、歩みを再開していく。本人が思う程、人は他人の行動を気にかけないものだ。
「……私なんかに構って、莫迦じゃないのか、お前」
 手に力が篭る。包装紙の中で、タルタルソースがはみ出た。俯く彼女とバーガーを見比べて、キャロラインは「んー……」と人差し指を顎に当てて中空に目を遣る。
 遠くの空で、花火が上がっていた。日本由来の文化だが、花火大会自体はアメリカにもあるので初めて見る光景ではない。
「んー、ジェニファーと契約した理由、ねぇ……なんとなく、かな?」
 殊更に深刻そうな態度は見せずに、ジェニファーは答える。
「なんとなぁーく、放っておけなかった。雨に打たれてもじっと耐えているような、それでいて瞳から縋る様な色を滲ませていた、子猫ちゃんみたいで、さ」
 話しながら、キャロラインは空軍士官だった頃の事を思い出す。
「でも、やっぱりジェニファーは大統領だっただけあるよ。あたしってさ、空から降りると危なっかしいってよく言われるんだー。ジェニファーは、そういう所をよく見ていつも、あたしを止めてくれるよね。
 凄く、助かってる――Thanks a lot」
「…………」
 そう言って笑うキャロラインはとても綺麗で、いつの間にか顔を上げていたジェファーソンは、目を見開いてその笑顔を見詰めていた。
「もういい。お前といると調子が狂ってしまう」
 暫くして、彼女は拗ねたように目を逸らした。
「私は第3代アメリカ合衆国大統領だからな。自国民のお前の面倒くらい見れないでどうする?」
 鱧バーガーを口いっぱいに頬張り、歩き出す。
 そうして並ぶ2人の姿は、傍目仲の良い姉妹のように見えた。

              ◇◇◇◇◇◇

 お兄ちゃん――宙野 たまき(そらの・たまき)に花火大会に誘われ、何を着て行こうかと考えた月影 環(つきかげ・たまき)は、前に読んだ本を思い出した。
 そこには“おすすめの浴衣!”とか書かれていて。
 手持ちはなかったし、そうと決まれば、と、環はこの日までに浴衣を頑張って仕立て上げた。本当は好きな人と行きたかったのかな、とも思うけど、せっかく誘ってもらったのだ。彼女の代わりにはなれないけど――
「思いっきり楽しもうね、お兄ちゃん!」
「そうだな。遊びつくすぞ[ぜ?]!」
 初めての祭りだからだろうか。たまきを見上げた環の瞳は期待で満ちていた。いつも留守番をしている彼女は、今日まで海京を出たことがなかった。日頃から世話になっている彼女への労いを込めて誘ったが、声を掛けてよかったとたまきは思う。
 今日は、少しでも楽しい思いをさせてあげたい。
 2人で会場を確認して出掛け、今は、公園の入口にいる。他の入場者の邪魔にならない位置を陣取って場内を見回す。中へと入っていく人々の多さに、環はわくわくとした声を出した。
「お祭りって、本当に人がいっぱいいるんだね」
 事前に見たパンフレットには色々な催しが書かれていた。どこに連れていってくれるのかな、とこれから過ごす時に思いを馳せる。
「ああ。いいか、夏の祭を楽しむためにはまず形が大切だ」
 そんな彼女に、たまきは祭の先輩としてひとつひとつレクチャーしていく。
「まずは浴衣だ」
 彼自身の浴衣を指して、堂々と。そう、それは誇っていい出来だった。彼のは涼やかな青地に白柄、環は白地にかわいらしいピンク柄。裁縫もしっかりとしていて、なんというか、やたらと気合を感じる。随分と楽しみにしてくれていたようだ。
「そして次に順番。初めは屋台を回るんだ」
 たまきはそう言うと、入口から離れて歩き出した。屋台の並ぶ通りへと行く。そこでは、馴染みのものから環が見たことの無いものまで、沢山の食べ物が売られていた。
「うわあ、すごい……」
 はぐれないようにたまきの浴衣の袖をつまみ、環は興味深そうに屋台を回っていく。じゅうじゅうという音と共に強いソースの匂いを放っているのは焼きそばの屋台だ。2つ買って早速食べてみる。環の笑顔が曇ったのはそんな時。何だか怒っているように見える。
「…………」
「どうした?」
 パックを見詰める環に、たまきも箸を止めて声を掛ける。
「これはもう、食材への冒涜だよ」
 彼女は、焼きそばの屋台に真っ直ぐに戻っていった。店員に向かって言い放つ。
「ちょっと私にやらせてみてよ」
「あぁ? なんだぁ?」
 店員は眉を跳ね上げた。荒っぽい気質のようで、今にも暴言を吐きそうな雰囲気だ。
「一言でいうと『なってない』んだよ。いいから、ちょっと貸して」
 だが環は一歩も退かない。よほど納得のいかない味だったのだろう。
 意外な一面だった。いつもは大人しい彼女の行動にびっくりしながら、たまきは慌ててフォローに入る。
「はぁ? なんだこのガ……」
「バイト代は要らないから、1回だけやらせてあげてくれないか?」
『ガキ』と言いかけたのだろう、店員の目がたまきへと向く。
「失敗したら全部買い取る。ほら、なんでも好みってのがあるだろ?」
 俺はうまかったよ、と小声で言って店員を宥める。実際、屋台の焼きそばは大体この位の味だ。特別まずいわけではない。
「1回だけだぜ」
 渋々ではあったが店員は場所を空けた。環は浴衣の袖をまくり、髪が乱れないように纏めてから焼きそばを焼き始めた。その真剣な様子を、たまきはしばし通りで見守る。彼女が調理法や味付けにうるさいということを、彼は初めて知った。
 そして環の焼きそばは、先程のものとは比べ物にならないくらい美味しかった。
「姐さん! 作り方を教えてくだせえ!」
 最後には店員にそこまで言わしめ、弟子と化した彼にコツだけを教え、2人は屋台を後にした。
 それからも、環は祭り特有の屋台に寄っては見学し、実際に食べてみたりしていた。どうやら、自分でも作れないかと考えているようで。
「……うーん……」
『わたあめ』の屋台前では、特にむずかしい顔をしていた。綿菓子を1本食べ終えるまで脇で見つめ、それから諦めたように歩き出す。さすがに、機械がないとダメだとわかったらしい。
 ――これも、祭の楽しみ方の1つなのだろうか。

 ――花火が上がり始め、よく見える場所を探して環はたまきと並んで座る。虫除けスプレーをして、落ち着いた気分でゆっくりと花火を眺める。今日の出来事を振り返りながら。
「俺としては肝を冷やす場面もあったが、環は楽しかったか?」
「うん。普通のお店ではないような食べ物があったのは楽しかったかな」
 そうして花火を見る彼女は、穏やかな笑みを浮かべていた。

              ◇◇◇◇◇◇

 大きな大きな花火が、大助雅羅の頭上で打ち上がる。
 打ち上げ場所から一定の場所までは立ち入り禁止になっていて、相応には離れているはずだ。だが、そんな距離など無いように、弾ける花火は間近で見えた。
 散っていく光が、このまま空から降ってくるような気さえする。
 大助は、たまに舞って見える火の粉の流れをごく弱い風術でこっそりと変えた。火の粉に気付くことなく、雅羅は次々に上がる花火をゆっくりと楽しんでいる。
「ありがとう、今日は面白かったわ」
 打ちあがり続ける花火を背景に、雅羅は大助に満足そうに言った。明るい笑顔で、「じゃあ、またね」と手を振って歩いていく。
「うん、また」
 手を振り返して見送って。
「……あっ!」
 浴衣姿を褒め忘れたと気付いた彼は、慌てて携帯画面を開いた。苦心の末に送ったメールは――

「あら、メール?」

 ――From 四谷大助
    Sub 遅くなってゴメン
        浴衣、すごく似合ってた
        他の誰より、花火より、ずっと綺麗だった

 雅羅はその2行の短文を見つめ、改めて自分の浴衣姿を検分してみる。そして、嬉しそうに笑って返信ボタンを押した。

“ありがとう。大助も浴衣、似合ってたわ。新鮮で楽しかった。白ランもいいけどね!(笑)”