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リアクション
「なかなか良い音を奏でてましたね……ただの野蛮人ではなかったようですな」
そう呟いたミゲルがレンの元へ戻ると、誰かと話していた。
身長3メートル程の巨漢だ。
なかなか肝の座った面をしている、とミゲルは思った。
その男はジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)と言い、恐竜騎士団の副団長を務めている。
彼はレンに提案した。
「大帝がくたばりそうだってのに、こんなところで遊んでていいのか? おまえの目的はまだ果たしていないんだろう? 目的を見失って張り合いがなくなる前に、大帝の無様な様でも笑い行ったらどうだ?」
「ユグドラシルへか?」
レンは皮肉げに笑う。
「くたばりかけのヤツに用はない。向こうが頭下げて頼んでくるなら、考えんこともないがな。……だが、その時は見舞いついでにナラカへ突き落すかもな」
ジャジラッドは口元に薄い笑みを浮かべた。
もともとレンが素直に大帝に会いに行くとは思っていない。
すると、ジャジラッドの傍にひかえめに立っていた冷たい美貌の持ち主が口を開いた。
「無理に会いに行けとは言いませんわ。ですが……少しだけ、わたくしの体験を聞いていただけますか?」
そう言ったサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)に、レンは先を促すような視線を送る。
「帝国から樹隷であるセルウスという罪人の少年が逃げ出しました。そして、帝国の第三龍騎士団きっての使い手であり、プリンス・オブ・セイバーの再来とも言われているキリアナを追わせましたが、捕まえられなかったのです」
「噂で聞いたことがあるな。それで?」
「大帝におまえを認めさせる方法がある」
「ほう」
「ミツエを従わせるのだ」
「人に従うような女ではないと聞いているが?」
「だからこそだ。大帝でさえ従わせることのできなかったミツエを、おまえがひざまずかせる──誰もが認めざるを得ない功績ではないか?」
「なるほど。その樹隷をミツエも取り逃がしたんだったな。……だが、俺はミツエと事を構える気はねぇ」
「ミツエが怖いのか?」
「バカ言うな。欲しいものがあれば実力で奪い取る。そうだろう? わざわざミツエなんぞに時間を割いてやる必要はねぇよ。俺が欲しいと思うものを手に入れればすべてが俺のもとに集まってくる──テコの原理ってヤツだ」
「テコ……?」
サルガタナスはわずかに首を傾げた。
なぜそれがテコの原理なのかジャジラッドにも謎だったが、レンだけは納得している顔だ。
混乱しかけた場をとりなすため、ミゲルは会話に加わった。
「ただの口癖ですから、気にしなくていいのですよ」
と、その時、ミゲルのセリフと入れ違うように言い争う声が聞こえた。
ジャジラッドとレン達から少し離れたテーブルで、ミツエが怒りに目を見開いて一人の巨漢を指さしていた。
「あんた……董卓! よくもあたしの前に顔を出せたものね!」
「俺様がどこにいようが俺様の勝手だろぉ。……うまいな、これ。おかわりくれぇ!」
董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)がからになった皿を持ち上げると、元気の良い返事と共に親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が月見団子を山盛り持ってきた。
ずっと会いたかった人に会えて、彼女はとてもご機嫌だ。
弁天屋 菊(べんてんや・きく)がせっせと注文された料理を作り、ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が小さな体をフル稼働させてできた料理を運んでいても、卑弥呼は董卓専門の給仕に徹していた。
「董卓様、お茶もいかがですか?」
「おお、気が利くなぁ。なぁ、みたらし団子はねぇのかぁ?」
「みたらし団子ですねっ。ではすぐに100本ほどお持ちしますね!」
卑弥呼は飛ぶように菊のいる調理場へ行き、みたらし団子100本、と注文した。
直後、卑弥呼の後頭部にパコッと何かがぶつかった。
振り向くと、お盆を持ったガガがいる。
「痛いじゃないか」
「嘘ばっかり。そんな無茶な注文してきて……。愛しの董卓様のためなら自分で作ったらどうだい? 月見団子だって作っていただろう」
「ああ、そうだね。じゃあ道具と材料持っていくね。董卓様の前で作ってあげるんだ」
「勝手にしなよ」
ガガはため息を吐きつつも、楽しそうな卑弥呼をやさしく見送った。
そこに、菊のガガを呼ぶ声が響く。
駆けつけると、できあがった料理が次々とカウンターに並べられているところだった。
「おまえから見て左からシャンバラ風、エリュシオン風、日本風だよ」
「わかった」
ガガは慣れた手つきでお盆に乗せ、会場のテーブル席へ運んでいく。
菊は以前、ケクロプスの葬儀の際にエリュシオンの不祝儀料理を作るのを手伝ったことがある。
それを、宴の料理へとアレンジしたのだ。
使った食材はその時と同じ、野菜と木の実、魚介類。葬儀に必ず出るというスープも、賑やかな場にふさわしいように工夫した。
ガガはまず、龍騎士や従龍騎士が集まっているテーブルへ料理を運んだ。
「お、これは馴染みのある香りだな。エリュシオン人のコックがいるのか?」
「いや、いないよ。前にちょっと教えてもらったヤツが作ったんだ。あと、これがシャンバラ風でこっちが日本風だよ。食べ比べてみてほしいな」
「中華風は?」
にゅっと顔を突き出してきたのは、ミツエと董卓の言い合いに巻き込まれたくなくて避難してきた孫権だ。
彼の後ろには劉備と曹操もいる。
「ちょっと待ってな。すぐに持ってきてやるよ」
ガガはそう言って菊に新たな注文を持って帰った。
中華風に味付けした料理をガガが持って行こうとした時、みんなの様子を見たくなった菊もついていった。
一つのテーブルにエリュシオン人と英霊が集まって、料理について勝手な感想を言いながら、それでも楽しそうに笑い合っていた。
その笑い声につられるように菊も口元に笑みを浮かべ、彼らの中に入っていく。
「はい、中華風だよ。お待ちどうさん!」
「おおっ、待ってました!」
孫権が真っ先に手を伸ばす。
龍騎士や従龍騎士もそれぞれの皿に取り分け、口に運び──。
「辛い……!」
「うまい!」
感想もそれぞれだった。
「これは味付けに何を使ったんだ?」
「カキ油とか唐辛子味噌とか……いろいろだよ」
龍騎士の質問に菊は大ざっぱに答えた。
どちらもあまり聞いたことがなかったのか、龍騎士もよくわからないような表情だったので、これでいいのだろう。
その時、突然テーブルに影が差した。
ふと顔を上げれば、身長2メートル体重350キロの董卓が、物欲しそうにテーブルの料理を見つめている。
ミツエの英霊達が慌てて料理を隠すように立ちふさがった。
「董卓、みたらし団子はどうしたのだ!?」
「全部食ったよぉ! うまかったぁ〜」
「こちらはダメですよ。龍騎士の方々の分ですから」
「うまい食い物はみんなで分け合ったほうが、もっとうまくなるんだぞぉ」
「もっともらしいこと言ってるが、そうやって結局はおまえだけが食ってんじゃねぇか」
「董卓様、お腹がすいたのならあたいが手料理を振舞うよ」
「卑弥呼の手料理かぁ、楽しみだぁ! できあがるまで、これ食って待ってるぞぉ」
董卓の手が料理に伸びる。
「龍騎士達もぼさっと見てねぇで料理を守れ! 根こそぎ食われるぞ!」
孫権の叫びに我に返った龍騎士達が、自分達の料理を守るべく身構える。
そんな彼らを苦笑しながら眺めていた菊は、
「やれやれ。ガガ、追加を作るよ。他の注文も来てるだろうしね」
小さく肩をすくめ、優秀な助手を連れて調理場へ戻っていった。
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