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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

「広いお風呂ですねー。景色も最高です」
 湯浴み着を纏ったアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が、露天風呂の湯船に足を入れた。
 湯の温度もちょうどいい。
 そっと中にはいって、ほっとした表情を浮かべる。
「それにしてもお父さん、こんな時に用事だなんて全くタイミング悪いんだから!」
 ざぶーんと、アルトリアの隣に入ってきたのは、未来人の佐野 悠里(さの・ゆうり)だ。
 キレイな髪は、頭の上で、父親からもらったリボンで束ねてある。
 両親と、師匠であるアルトリアの4人で、温泉に行こうと約束していたのに。
 当日になって、父に急用が出来て、一緒に来れなくなってしまったのだ。
「せっかくの家族旅行でしたのに〜」
 悠里の母である佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)も、長い髪を束ねて、湯船へと入る。
「ホント、来られないのは残念ですが……」
 アルトリアはため息をついた後、悠里とルーシェリアの視線に気づいて慌てて両手を振る。
「って、ルーシェリア殿や悠里殿に不満があるわけではなくてっ」
「はい。悠里も、お母さんと師匠と来れて嬉しいですけれど……お父さんのこと、どうしても気になっちゃうんですよね!」
 悠里はぷうっと膨れている。
「どこかでまた女の人に声をかけてたりしたら、後でどうなっても知らないですよ!」
 そんなことを言いながら、音楽祭が見える方へと歩いていく。
「そうねぇ」
 余裕の表情で笑いながら、ルーシェリアも悠里についていく。
「その分三人で楽しんでいきましょうねぇ」
「はい!」
 ルーシェリアの言葉に頷いて、アルトリアも音楽祭が見える位置に移動した。
「うわあっ、皆楽しそうです」
 悠里が声をあげた。
 ステージで演奏する人達と、声援を送る人達。
 ここまで曲だけではなく、人々の声も、熱気も押し寄せてくるようだった。
「今演奏しているのは、百合園の先輩らしいです、お母さん!」
「ホントねぇ、とても上手ですねぇ、聞いているだけで楽しくなりますぅ」
 ルーシェリアは微笑みながら、会場を見下ろす。
「湯も、音楽も素敵ですね。いつまでも浸かっていたくなります」
 アルトリアは息をついて、目を閉じた。
 湯で体が温まっていき、音楽で心が沸騰していく。
「ええ、凄く素敵です。こうして温泉に入っているのもいいけれど……側に行ってみたい気もします」
 百合園生の演奏に合せて、悠里は手を振っていた。
 だけど、ここからの応援では少し物足りない。
「お母さん、あとで私も音楽祭に言ってもいい?」
「ふふ、お母さんも行きたいですぅ。なので、一緒に行きましょう〜」
「それじゃ、自分も是非! 3人で行きましょう」
 アルトリア言い、悠里とルーシェリアは笑顔で頷く。
 それから数曲、湯の中で演奏を楽しんだ後で。
 3人一緒に、温泉から出て音楽祭へと向かったのだった。
 そんなふうに女同士、仲良く、とても楽しい1日を過ごした。

○     ○     ○


「おっ、盛り上がってるな〜」
「はい、皆楽しそうです」
 温泉宿近くの丘の上から、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と共に、音楽祭を見下ろしていた。
 アレナは会場で騒ぐよりも、このように少し後方で賑やかな場所を見下ろすことが好きなようだ。
「そういえば、アレナ、今日あの宿に泊まっていくんだよな?」
 康之がアレナにそう尋ねると、何故かアレナはびくっと震えた。
「ん? 優子さんと合流するのか? それとも他の誰かと泊るのか?」
 一人ってことはないよなと思いながら、康之はアレナに尋ねた。
「あの……」
 アレナは少し迷った後、康之を見つめる。
「優子さんには、声、かけてない、みたいなんです。優子さんのパートナー同士で、泊るんです」
「そ、うなのか」
 そう答えた後、康之は沈黙した。
(ゼスタと泊るって意味か? 男と女で同じ部屋……は思い返せば某もちみっ子と同じような事あるし、パートナー同士だと別に珍しくないのか?)
 康之は、パートナーの匿名 某(とくな・なにがし)と、某のパートナーの女の子のことを思い浮かべる。
 いや、だけど……。
(うぉぉ! なんだか知らんがもやっとするぞ〜!)
 康之の心にもやもやした感情が渦巻いていく。
 頭をぶんぶん振って、黙りこくっているアレナに頑張って笑みを向ける。
「ゼスタと2人で泊るって意味だよな? ゼスタってどんなヤツ?」
「そうです。ゼスタさんのことは……分からないです」
「好きとか嫌いとかは? いい印象?」
「……あまり。優子さんが、ゼスタさんのこと、あまり好きじゃないように、見えます、し。ゼスタさんと優子さん、合わないと思うんです」
 それに、と。
 アレナは小さな声で、話していく。
「優子さんが、ゼスタさんと契約したのは、私のせい、だと思うんです。私がパートナーとして優子さんの側にいられなかったから、かもしれないし、私を助けるために、力や立場が必要だったから、かもしれません」
 そんな風に色々考えてしまって、アレナはゼスタをまっすぐに見れないのだと言う。
 簡単に言えば『苦手』らしい。
「そうか……うーん」
 康之は腕を組む。
 本人に会って、話をしてみたいとも思うが、首をつっこんでいいことなのか迷う。
 少なくても、アレナが離宮にいた時、自分は彼女の隣にいた存在なのだから……全くの部外者じゃない、かもしれない。
「ええっと、経緯はどうあれ、互いに同じパートナーを持つ者同士なんだ。だから、仲良くできたらいいな、とは思うぞ」
「はい」
 康之の言葉に、アレナは素直に頷く。
「それに……優子さんがいなくなって、アレナも一緒に眠りについたら、絶対寂しくなる。そんなのは可哀想じゃねえか」
 康之がそう言うと、アレナは軽く驚きの表情を浮かべた。
「寂しい……?」
「ああうん、ゼスタは吸血鬼なんだろ? パートナーを失った後も、長く生きるだろうからな」
「康之さんは……優しいです」
 アレナはふわりと笑みを見せた。
「そういうこと、私考えてなかったです。疑う気持ち、持ってしまっていました。契約理由はどうでも、同じ優子さんのパートナーですから、優子さんのこと大切に思う、仲間、一番近い人、だから……仲良くしなきゃ、ダメですよね。そう思って、ゼスタさんも誘ってくれたのかもしれませんっ」
「うん、そうそう。仲良く出来るといいな!」
 言いながらも、やっぱり康之はもやもやするものを感じていた。
(2人きりで仲良く過ごすことを勧めちまったような気が……それでいいのか? うぉぉ!)
 駄目だ、このままじゃ、ゼスタの話で終わってしまう。
 康之はまた頭を振ると、話題を変えることにする。
「っと、次の曲はロックだな!」
「ろっくという曲ですか」
「いや、曲名じゃなくて、ジャンルだ。アレナはロック知らないか〜。普段はどんな音楽聞いてるんだ?」
「ええっと、優子さんが聞いていた曲とか聞いてます。学校でもかかっていた曲です」
 クラシックのようだった。
「そっか。歌とかはあまり歌ったり、聞いたりしないのか?」
「歌は……機会がなければ、歌わないです。あっ、この間、皆で誕生日の歌を歌ったんです」
「なるほど、機会があったら、俺にも聞かせてくれよ。アレナの歌ってどんなのだろうかって気になってさ」
 康之のお願いに、アレナはちょっと赤くなる。
「はい。で、でもステージとかは絶対ダメです」
「うん、解ってる! 歌えそうなら、俺も一緒に歌うし、場所もアレナが大丈夫な場所で歌おうな!」
 康之の言葉に、アレナはこくりと頷いた。
 音楽祭会場からは、明るい音楽が流れてくる。
 楽しそうな人々を見下ろしながら、康之とアレナも共に楽しい時間を過ごすのだった。