リアクション
〜名牙見砦の攻防 城外その三〜 「……人が真面目に毎日通学し始めた矢先に、迷惑事が幾つも……」 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)は忌々しげに呟いた。何度目だろうかと璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)は、頭の中で数える。 二人が待機していたのは、砦へ向かう直線ルートだ。ユリンも程近いところを通ったらしいが、この道を使ったのは、また別のグループだった。これは二人にとって、幸いだった。 それでも、黒装束は十人ほどいた。 璃央が野分で黒装束の面を打った。が、相手は剣でそれを受け、横から別の者が銃で撃つ。璃央の頬に血が滲んだ。透玻は【凍てつく炎】を放ったが、敵にも賢人がいるのか、同じ術で応戦する。二人の間で、炎と氷がぶつかり合った。 そこに別の黒装束が【火術】を上乗せする。 「く……こいつ等、強い……!」 二人はじりじりと追い詰められ、後退していく。 「璃央!」 透玻と璃央は、咄嗟に目配せし、さっと大きく飛び退いた。それに釣られるよう、黒装束たちが足を踏み出す。 するとその足元がすっぽり抜け、彼らは地面の下へとたちまち落ちて行った。 「何とかうまくいったか……」 透玻は汗を拭った。 穴の底は、大量のローションで底なし沼のようになっていた。力を入れると沈むので、ジャンプすることも出来ない。這い上がろうと壁に手をかけても、コーティングした上にこれまたローションを掛けてあるから滑り落ちる。 押されているフリをしながらこの落とし穴に誘導する作戦だったが、実際のところ、 「本当に押されてしまいました」 と、璃央が言うように、敵は相当に強かった。 「後は正気に戻るまで待つか……」 「戻るのでしょうか?」 「その時は、また手を考えるさ。――璃央」 「はい?」 透玻はすっと手を伸ばし、璃央の血を拭った。璃央は慌てたが、透玻は何でもないように指先についたそれを舐めとり、 「いつも苦労をかけるな」 と言ったのだった。 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と木曾 義仲(きそ・よしなか)に憑依された中原 鞆絵(なかはら・ともえ)は、別の場所で十人ほどの黒装束に囲まれていた。 女性二人――それも一人は老婆――であったが、彼女たちは飄々としたものだった。 「むしろ、好都合ね」 と、リカインは呟いた。「いくわよ」 リカインはすうっと息を吸い込み、一瞬、それを止めた。そして黒装束たちが間合いに入るや、【咆哮】を上げる。 彼女の声は、黒装束たちを襲い、空気を伝って空へ広がった。別の場所で戦う契約者たちが、何事かと振り返ったほどだ。 「やかましいのう」 耳を塞いでいた鞆絵(義仲)は、頭上でくるりと長巻を回した。 「参る」 地面を蹴り、するすると黒装束たちに近づく。リカインの【咆哮】を直接浴びた者たちは、鞆絵(義仲)の動きについていけなかった。 「うおおおおお!!」 横に薙いだ長巻が、二人を斬り捨てる。次いで【疾風突き】で、隣の黒装束を吹っ飛ばした。 その頃には、彼らもそれぞれ武器を構え、鞆絵(義仲)に襲い掛かる。大きく振りかぶった剣を、鞆絵(義仲)は長巻で受け止めた。衝撃と共に、膝が沈む。鞆絵(義仲)はそのまま力を抜き、長巻を回転させると柄の部分で黒装束の側頭部を叩いた。 すぐさま距離を取り、リカインの傍へ戻った鞆絵(義仲)は大きく息を吐いた。長巻の刃が毀れている。 「強い?」 「……なに、捻ってやるだけよ」 そう言う鞆絵(義仲)の額から顎へ、汗が伝った。 ユリンが連れた黒装束の一部は、透玻やリカインたちを襲った。残っているのは二十名ほどだった。 「歌……?」 瀬乃 和深(せの・かずみ)は、目の前の黒装束たちから聴こえてくる歌声に愕然となった。抑揚がない、しかしその声は紛れもなくパートナーのベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)のものだ。 「ベル……セドナもいるのか!?」 呼びかけに応えるように、別の黒装束が進み出る。笑い顔の面を付けているので確とは分からぬものの、セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)に違いないと和深は思った。 ふらふらと近づこうとする和深を止めたのは、上守 流(かみもり・ながれ)だ。 「和深さんを思う気持ちだけは認めていました。しかし、そのような無様な姿を晒すのなら――ここで私が、貴女を切り捨てます」 その言葉が終わるが早いか、流はセドナに斬りかかった。 「待て! 待ってくれ!」 和深は叫び声を上げた。なぜ、どうして、仲間同士で戦わなければならないんだ!? しかし、セドナは最小限の動きで槍をくるりと回し、流の刀を受け流した。そのまま突かれた槍は、流の左腕に深々と立った。 「!?」 「流!?」 セドナは槍を抜くと、続けて【無量光】を発動する。だが、それより速く、流は【闇洞術『玄武』】でセドナを閉じ込めた。 「はあっはあっはあっ……」 一進一退の攻防であったが、セドナのダメージが流に比べて少ないのは、ベルの歌のせいかもしれなかった。 それに気づいた和深は、拳を握り締めた。 仲間同士で戦うのは嫌だ。だが、言葉で伝わらないのなら、それも仕方がないのかもしれない――。 「ベル! 歌うのをやめろ!!」 ベルの歌が止まった。通じたのか、と思ったのは一瞬だ。間髪入れず、和深の方を向いたベルは、【叫び】を上げた。 「うあっ!!」 咄嗟に耳を塞いだが、間に合わない。和深は膝をついた。その間にも、流とセドナは互いに傷つけあっている。 「こんなのは駄目だ……!」 和深はベルを睨みつけた。と、その姿が消える。【ゴッドスピード】と「千里走りの術」で、一瞬にして間合いを詰めた。 「ベル、悪い!」 手刀をベルの首筋に叩き込む――その時、ユリンが和深の手を掴んだ。にこにこと笑いながら。 「ダメだよ、勝手なことしちゃ。この子たちはボクのオモチャなんだから」 バキ、バキバキバキ。 「ぐあああああ!」 そうして、笑顔のまま、ユリンは和深の右手を砕いた。 同じく、ユリンの傍から離れたパートナーを見つけたのは、水無月 徹(みなづき・とおる)だ。現れるかもしれない、と望みを託していたが、実際、その姿を見るとショックだった。 華月 魅夜(かづき・みや)は、腕を上げた。スロットアームの数字が「777」と出る。 「魅夜! 私が――」 分からないのですか、と問う前に、魅夜は殴り掛かってきた。魔鎧を装備した両の手で受け止めるが、そこから肩まで衝撃が走り、徹は舌打ちした。今の一撃で手が痺れた。しばらく、武器を持てそうにない。 脚力強化シューズでスピードを上げ、次々に繰り出される拳を避けていく。 妙だな、と徹は思った。こちらが魅夜の戦闘法を熟知しているように、彼女もまた徹のそれを知っているはずだった。だが今の魅夜は、まるで別人だ。いや、より正確に言うなら、初めての敵に対するように探りながら動いている、というところか。 「――よし」 痺れが取れてきた。徹は呪鍛サバイバルナイフを抜き放った。魅夜は徹の手首を打ち、それを流す。が、逆の手に「さざれ石の短刀」が握られていることに、彼女は気づかなかった。 肩口に刺さったその部分から、魅夜の体がたちまち石と化していく。彼女を抱き留めながら、「――やはり」と徹は呟いた。 魅夜は、徹が二刀を使えることを、覚えていなかった。 |
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