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幻夢の都(第2回/全2回)

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第1章 囚われた者達 4

 武器庫は地下牢のある兵舎からそう離れてはいなかった。
 ガウル達がそこに辿り着いた時には、すでに騒動が起こっていた。複数の兵士達と、ガウル一行の仲間である契約者が戦っていたのだ。
「なに、増援かっ……!?」
 兵士達がガウルらの姿に気づいた。ここでも、ミレイユやルカが前に出て敵を引きつける。
「ガウル、今よ!」
 その間に、ガウルは彼女達に促されて、武器庫へと侵入した。
 すると、そこでは、
「ガウルさん、来たんですね!」
 短曲刀型のレーザーを形成する『гром』と『буря』を手に、兵士と激戦を繰り広げている富永 佐那(とみなが・さな)がいた。逆手に握ったその短刀で敵を斬り倒すや、佐那は壁に立てかけてあった大剣を掴んだ。
「これをっ……」
 大剣を渡される。それは、ガウルが肌身離さず持ち歩いてきた、亡き親友の大剣だった。親友から直接受け継いだわけではないが、それでも、くだんの親友の孫娘からもらったその大剣を、ガウルは何よりも大切にしてきた。
「大事な物なのでしょう?」
 佐那がそれを察するように、優しい光を瞳に湛えながら言った。
 途端、兵士が飛び込んでくる。一瞬の隙を突いていた。だが、
「佐那さん、よそ見は危ないですわ」
 間に割って入ったエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が、手にしている槍でそれを受け止めた。
「エレナ……っ」
「ガウルさんも、早く行ってくださいませ。ここはわたくしと佐那さんが引き受けましたわ。全てが終わりましたら、追っていきます」
 言って、エレナと佐那は協力して敵と刃を交えた。ガウルは躊躇いがちにそれを見やったが、心を振り切るように部屋を出た。すでに、外ではルカ達があらかたの兵士を倒し終えたところだった。
 だが、増援はまた来るかもしれない。急いで、この場を離れる必要があった。
 ルカ達と共にその場を離れて森へと急ぐ。その途中でガウルは振り返った。置いてきた仲間達が気がかりだった。だが、ガウルは頭を振って、森に踏み込んでいった。
 仲間のためにも、自分がここで捕まってはいけない。そう、信念に近いものが、心に根付き始めていた。


 しばらく森を突き進んだ後で、ようやくガウル達は息をついた。ここまで来ればすぐには追って来られないだろう。わずかだが、休憩の時間を取るつもりだった。
 空を見上げれば、世界は薄闇に染まってた。時刻は夜である。星々や月の光はあるものの、木々と茂みに囲まれた深い森は薄暗い。これからどうするべきか。ガウルは考えあぐねていた。
 牢を脱出した目的を思い出す。ゼノを追うのだ。だが、追って、どうする? 真実か幻かを確かめるだけが、目的ではない。
 途端に、ガウルは自分の手が震えていることに気づいた。不安や恐怖が、どっと心に押し寄せているのだった。自分は一度、ゼノを裏切った。親友に牙を剥き、森に脅威をもたらした。力を求める余りに、魔獣と化したのだ。そんな自分がもう一度親友に会う? 恐ろしくて、汗が額に噴き出していた。
「ガウルさん、大丈夫だよ」
 そっと、天禰 薫(あまね・かおる)がガウルの手に自分の手を重ねた。心を解かすような温かい手だった。静かな光を灯す緑の瞳が、ガウルを見上げていた。
「怖いかもしれないけど、我はガウルさんと一緒にいる。何があっても一緒にいるから」
 重なっていた手が、ぎゅっと力強く握り込まれた。
「信じよう? わかり合えるって。幻か現実かなんて分からないけど、きっと、ガウルさんが願うなら、どんなものとだってわかり合えるって。我と、ガウルさんみたいに……」
 薫とガウルは出会ってわずかではあるが、互いを信頼し合えるようになっていた。それは薫の過去とも関係がある事であったが、それ以上の、心と心が通い合う優しさが、薫にはあったように思う。
「ガウル、俺も同感だぞ」
 薫の言葉に続けるように、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が謹厳な口調で言った。
「過ぎてからじゃ、遅いんだ。お前が後悔しないように行動しろ。少なくとも、俺ならそうする」
 薫よりも棘のある言い方だったが、それは孝高なりの優しさであった。薫を泣かせるようになっては困るという、保護者的な感覚もあるのかもしれない。口調が突き放すようになってしまうのも、仕方ないことだった。
「ガウルさん! 薫はあなたの事を必死に思って頑張っているのだ! だからあなたも頑張ってなのだ! 我も孝高も、みんながあなたを支えるのだ!」
 ふいに、薫に似た口調の声が聞こえた。
 どこから聞こえたのかと視線を巡らすと、足元にいるわたげうさぎが目に入る。どうやら、このわたげうさぎの天禰 ピカ(あまね・ぴか)が言って言葉のようだった。まさか人語を口にするとは思っていなかったため、驚きもあったが、それ以上にその言葉はガウルの心に響いた。
「ぴきゅきゅ! ぴきゅう〜!」
 次は人語ではなかった。見た目そのものの、可愛らしいぴきゅう語で鳴き、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。自分が二人を守るとでも言っているのだろうか。胸を張ったような仕草で、自信ありげな表情をしていた。
 ふいに、ガウルは噴き出してしまった。
「ガ、ガウルさん……っ?」
 薫が驚くや、ガウルは、
「い、いや、悪い……。その、な……」
 珍しく、笑いを堪えていた。ガウルのそんな姿を見るのは初めてで、仲間達もきょとんとしていた。やがて、ようやく笑みを抑え切ると、
「…………私は、こうまでたくさんの人に思われていたんだな」
 ガウルはそれまでのことを噛み締めるように言った。
「そうだぞ」
 レグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)が、ガウルの肩に、とん、と手を置いた。
「お前は一人じゃないんだ。自分のためにも、そして、俺達のためにも、早いところ全てを終わらせてしまおう。そしてそれが終わったら……」
 レグルスが肩から手を話すと、にぱっと笑った。
「今度はまた、別の冒険だ。もしくは宴会も良いかもな。それが、仲間ってもんだろ?」
「――ああ」
 ガウルは、その胸に仲間達の言葉を刻むよう、静かに答えた。