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比丘尼ガールとスイートな狂気

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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.4 式部を探せ(1) 


 行方が知れなくなっているのは、謙二だけではない。
 空京大学によく通っていた英霊、紫 式部(むらさき・しきぶ)もまた、大学で姿を見なくなったと彼女の周りでは話題になっていた。
「彼女は大学通いを止めたとは考えにくいし、心配だね」
 空京の街を歩きながらそう言った黒崎 天音(くろさき・あまね)に、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が反応した。
「ふむ……お前がファンだというあの娘か」
 ファン、という言葉がおかしくて少し笑みを浮かべた天音に、さらにブルーズは言葉を続けた。
「随分垢抜けたようだから、通う恋人でも出来たのかもしれんが」
「だとしたら、少し残念かな」
 どこまでが本音なのか、相変わらず読み取れない天音の態度にブルーズが目を細めた。
「まあしかし、仮にそうだとしても連絡も取れない、行方も知れないでは確かに不安だな。犯罪に巻き込まれていたりしなければいいのだが……」
「まさかストーカーが彼女を……なんていうのは早計だね」
 彼女が大学でどんな行動を取っていたか、その情報を手に入れることには成功した天音だったが、それは同時に彼に、ストーカー存在説も抱かせた。
 なぜなら、聞いた情報があまりに細かかったからである。
 曰く、大体月曜日は学食のピラフを食べているだの、
 曰く、一緒についてくるワカメスープを飲む時の仕草が妙に色っぽいだの。
 ただこれらの情報がガセという可能性も充分にあるし、このこととストーカーを結びつけるにはあまりに短絡的だと天音自身も分かっていた。
 何より、もっと何か別の理由がある。彼の中で、そんな声がしていたのだ。
「それで、どこに向かっているのだ?」
 ブルーズが天音に尋ねると、彼は答えた。
「Can閣寺だよ。彼女の行動を思い返してみると、どうもそこが怪しい気がしてね」
 現に、いなくなる前は週二、三で通っていたという噂もある。
 天音は懐から一枚の紙を取り出した。以前、式部とデートをした時に彼女が持っていた、デートコースの書かれたメモだ。
「そこが、というよりも、怪しいのはお金の動きかな」
 そう、彼は突き止めていた。そこに書かれたお店が、ことごとく同系列のお店だということを。
「いずれにせよ、あの娘を探し出さなければいけないだろう」
 ブルーズの言葉に頷き、ふたりはそのままCan閣寺へと向かうのだった。



 その頃、彼らよりも一足早く、式部を探すためCan閣寺にたどり着いていた者がいた。
「あんまり見かけない人だけど、新しく入ってきた子?」
 尼僧に話しかけられ、その人物――風森 望(かぜもり・のぞみ)は頷いてみせた。
「ここがー、なんか恋愛の悩みを? なんでも解決してくれるっていうからー、来てみたみたいな?」
 普段の口調からは想像もできない、いかにもギャルっぽい話し方で、望は答えた。もちろん今の彼女は、演技である。
 式部の行方が気になった望は、Can閣寺の話を式部がよくしていたことを知り、実際に中に入って聞き込み調査をすることにした。
 しかし真っ正面から情報を聞き出せるとは考えにくい。
 そこで望が思いついたのが、自分も入山するという体で尼僧たちと話をし、その中でさりげなく式部の情報を聞き出すという作戦だった。
「どうもこういうとこって怪しいんですよね。女性だらけなんですから、化粧品とかブランド品ほしさに信者から寄付金とか巻き上げてるに違いないでしょう。信者が彼氏に買ってもらったプレゼントとかも、貢がせてるに決まってます」
 かなり厳しい目線をCan閣寺に向け入山した望であったが、内部は望が思っていたよりも普通であった。
 確かにここにいる女性の多くが高価なものを身につけていたのは本当だったが、女性たちがお金を巻き上げられている様子は今のところ感じられない。
「それで、どんな悩みがあるのかな?」
 尼僧たちの間から声をかけてきたのは、苦愛だった。
 望は彼女に向かって、急遽こしらえた悩み事を話す。
「なんかー、彼氏がー、大和撫子っぽい黒髪がいいとか言うからー、伸ばしてみたんだけどー」
「うんうん、その黒髪、超似合ってると思うよ!」
「でもこれストレートだしー、彼氏、ストレートよりゆるふわウェーブがサイコーだとか言ってんのー。頭くるよねー。だから引っ叩いちゃったみたいなー」
「引っ叩いちゃったんだあ!? でも女の子ってそういう感情的になっちゃうトコあるから、仕方ないよねー」
 苦愛が同調してみせる。が、望の話はここで終わりではなかった。むしろ、ここからが本当に話したいことだった。
「けどやっぱー、彼の好みだからー、そういうのも試してみようかなーって思ってー」
「わあ、それきっと彼氏も喜ぶと思うよ!」
「でもどういう髪型がいいか実際見てみないとわかんなくってー。そういう髪型似合ってる人ってここいない? 参考にしたんですけどみたいなー」
 そう、望の狙いはこれだった。式部の特徴をあえて挙げ、連れてきてもらおうという戦法である。
「うーん黒髪でゆるふわウェーブの子、いたかなー……あ!」
 苦愛は少し考えた後、思い出したように声をあげた。
「あの子ぴったりかも! ちょっと待っててね!」
 言って、彼女はそのまま望のいた部屋を出ていった。
「どこに向かったんでしょうね……」
 こっそりその行き先を見届けようと、望はふすまを開け、ひょっこりと廊下に顔を出した。
「……」
 直後、望は言葉を失った。何の偶然か、そこには、たまたま向こう側から廊下を歩いてきたパートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がいたのだ。
 しばらく見ないと思ったら、こんなところに。望が心の中でそう呟く。そして望は、そっとふすまを閉めた。
 しかし向こうは既に望に気づいていたらしく、ドタドタと駆け寄ってきてふすまをバンと開けると、声を上げた。
「望! こんなところで何をしているんですの!?」
「……それはこっちのセリフです。何してるんですかお嬢様」
「何って……決まっていますわ! 憧れの恋愛をするためにここに入ったんですの! 父様の見合い攻勢にはもううんざりですのよ!」
「はあ」
「書き置きだってしてきたんですのよ、ちゃんと見てなかったんですの!?」
「そんなものありましたっけ」
「これですわよ、これ!」
 言って、ノートは懐から一枚の紙を取り出した。そこには、「わたくしよりラブいヤツに会いに行く」と謎のメッセージが書かれていた。さらに謎なのは、これを今ノートが持っていることだった。
「なんでお嬢様が今それ持ってるんですか」
「……え? あ、ああっ、ついうっかり持ってきてしまいましたわ!」
「どこをどううっかりしたらそうなるんですか」
 溜め息を吐きつつ、望は一応ノートに聞いてあげた。
「で、憧れの恋愛ってなんですか」
「そう! それですわよ! わたくしはこう……白馬の王子様に、お姫様抱っこされたりとかそういうのが良いですわ!」
「じゃあペガサスにでも乗って、王子様をお姫様抱っこしてゴールインすればいいじゃないですか」
「逆! 逆ですわよ! じゃあって何なんですの! なんでちょっと閃いた風なんですの!?」
「お嬢様が相手では、白馬の王子様も落馬してしまいますよ。役場に婚姻届持って行く前に。瞬く間に」
「どういうことですの!? というかそれ、ただ韻を踏みたかっただけですわよね!?」
 もはや何の話だかよく分からなくなってきたところで、ノートがぷいとそっぽを向いた。
「とにかく! そういうわけですから帰りませんのよ!」
「帰ってこなくていいです」
「えっ」
 そう言われるとちょっと淋しい。ノートは「いや、あの」としどろもどろになって次の言葉を探す。
 そこに、苦愛が戻ってきた。
「お待たせ! えっとね、とりあえずその子を大広間に呼んだから、来てもらっていいかな? もうすぐ二回目のおまじないタイムも始まるし」
「あー、ほんとー? 超助かるー、ありがとー」
 ころっと口調をまた変えて、望は苦愛の後をついていった。
「の、望……?」
 パートナーの妙な態度に、ノートは首を傾げるのだった。

 大広間に彼女たちが着くと、そこには既に多くの女性が向かい合い列を作って座っていた。
 いよいよ新興宗教みたいな風景になってきましたね。
 望は心の中でそっと呟くと、辺りを見回した。しかし望が見つけるよりも早く、苦愛は目的の人物を指し示した。
「ほら、あそこにいる子、イメージぴったりじゃない?」
 大和撫子っぽい黒髪、ゆるふわウェーブ。それは確かに望の注文通りであり、望が探していた人物に違いなかった。
「式部様……っ」
 思わず声を出した望に、苦愛は驚いた。
「え、もしかして知り合い!?」
 しかし望は苦愛のそんな言葉に反応せず、真っすぐ式部の元へ向かおうとする。彼女は他の女性同様正座しながら目を閉じ、意識を集中させていた。
「式部様、ここにいては……」
 何となくこの場の雰囲気を危なく思った望は、とにかく式部を寺の外に出そうと思った。しかし式部に近づこうとした望の動きは、苦愛によって止められた。
「おしゃべりしたい気持ちは分かるけど、今もうおまじないの時間になっちゃったから、それが終わってからにしよ? ね?」
 どうやら、間が悪かったらしい。おそらく一日の中で決まった時間に何回か行うのであろうその「おまじないの時間」が訪れてしまったせいで、望はその場に座らされ、式部に近づくことが困難になった。
「さあみんな、午後も張り切ってかわいくなろうね! せーのっ」
「ラブ阿弥陀仏、ラブ阿弥陀仏!」
 苦愛の合図と共に目を見開いた大広間の女性たちは、見事に揃った声でその念仏を唱えた。
 これはいよいよまずいことになってきたかもしれない。
 望がそう思い、どうにかこの状態を打開できないかと思っていたその時。
 この場に、ふたりの女性が割り込んできた。
「うわ、何これ……」
 部外者から見れば明らかに異様と思えるその光景を見て思わずそう声を漏らしたのは、ふたりのうちひとり、茅野 菫(ちの・すみれ)。そしてその後ろで広間全体を見渡しているのが、彼女のパートナーである菅原 道真(すがわらの・みちざね)である。パッと見男にも見える道真はここに入る際一旦止められはしたものの、性別をきちんと明かすとすんなりとここまで入ることが出来た。
「これはまた……あの子を探しにきたら、とんでもないことになってるわね」
 その道真も、特殊な空間を目の当たりにしてそんな言葉が口から出た。そう、このふたりもまた、式部を探しにこの寺を訪れていたのだった。
「あ、新しい入山希望の子かな? ごめんね、今おまじないの時間だからちょっと待ってもらって……」
 苦愛がふたりに近づき、そう告げた。菫も道真も、入ってすぐに式部の姿は見つけたものの、この状態で近づくのは難しいように思えた。
 さて、どうしたものかと菫が道真の方をチラ見する。元々ここに来るまでの道中も、道真の様子がいつもと少し違って見えたこともあって、菫は道真がどういった行動に出るのか、気になっていたのだ。
「まったくあの子ったら、何をしているのかしら……」
 道真は、そう小さく呟くと、苦愛の静止も聞かず、ずかずかと広間に踏み入って、式部のところまで歩いていった。
「……?」
 周りの女性らも、式部もこれには驚き、念仏を止めてその動きを目で追う。そして道真は式部の目の前まで来ると、彼女に声をかけた。
「久しぶりね」
「あ……えと……うん」
 状況がよく飲み込めない様子で、式部が返事をする。いや、もしかしたら、状況が飲み込めないというより、状況を飲み込むことが不可能な状態なのかもしれない。
 それほどまでに、この空間は異様であった。
 だが道真は、そんな一切を無視し、式部の手をぐいと強く引いた。
「えっ、ちょっ……」
 これにはさすがに式部だけでなく周囲の尼僧や苦愛らも戸惑い、慌ててそれを止めさせようとする。菫も見守る中、道真はこの状況でとんでもない行動に出た。
「私と、付き合いなさい」
「っ!!?」
「ちょっと、おまじないの時間を邪魔するだけじゃなく、何言ってるの……!」
 周りから非難の声が上がるが、道真はお構いなしだ。
「いい女にしてモテるようにしてあげようと思ってたんだけどね。なんだか、そうしてるうちに目が離せなくなっちゃったみたい」
 そう言うと、道真はあろうことか、式部の顔を強引に手で持ち上げると、その唇に自分の唇を押し付けた。
「んっ……!」
 息を塞がれ、式部が声にならない声を出す。
「な、何するのかと思ったら……」
 それを見ていた菫も、驚いた表情を浮かべている。いや、菫だけでなくこの場にいた誰もが、おそらくそんな表情をしていただろう。もちろん式部も、その中のひとりだった。
「……っはぁ、な、何を……!?」
 長い口づけからようやく解放されると、式部は息を大きく吐き出しながら困惑の声を上げた。道真はそんな式部に、艶っぽい微笑みを浮かべてこう言った。
「私、平安時代は遊び人だったのよ。知らなかった?」
 そのまま道真は答えを待たずして、式部の腕を掴み立ち上がらせると大広間から連れ出そうとした。そこに苦愛が待ったをかけようとするが、それよりも早く、望が彼女に近寄った。
「式部様! 大丈夫です、ここからは私が連れ出しますから!!」
 道真と式部の衝撃的な光景を間近で見てしまった望は、居ても立ってもいられなくなり、式部をとにかく連れ去ろうとした。
「横から急に何? まだ私はこの子から返事を聞いてないんだから、それまでは遠慮してくれない?」
「急なことしたのは、そちらでは? 唇奪われて、可哀想な式部様」
 式部の右腕を掴んだ道真と、左腕を掴んだ望が言い合いを始める。さすがの尼僧たちもこの間には入っていけなかったのか、周りに固まって様子を見守っていた。
 そして肝心の式部はというと。
「あ、あの、ちょっと……」
 両腕を引っ張られ、どうして良いか分からずあたふたしていた。
 いきなり告白されたかと思えばキスのおまけつきで、さらに自分の争奪戦みたいなことまで起きている。完全に自分のキャパシティを超えてしまった式部は、ぐるぐると目を回し、大きな声を上げた。
「も……もうわかんないっ!!」
 直後、式部は両方の腕を振り払うと、凄まじい速さで大広間を飛び出し、どこかへと走り去ってしまった。
「こりゃ大変ね……でも、逆にこれは良い機会かも」
 一連の流れを見ていた菫は、そう呟いて大広間の中心へと向かっていく。そして彼女は、周囲で呆然としたままの尼僧たちに高らかに告げた。
「ほらほら、あんたたちもさっさと相手見つけて実践しないの? 一ピコ秒だって無駄には出来ないんじゃない? よく言うでしょ、命短し恋せよ乙女、ってね」
 菫がそうやって煽ってみせると、尼僧たちは互いに顔を見合わせる。不審な顔を浮かべるだけの者もいる一方で、何人かの尼僧はその言葉と先ほどの衝撃シーンに影響されたのか、式部の後を追うように広間を飛び出した。
「ちょっと君たち、何してくれてんの……!」
 苦愛が菫と道真、そして望をキッと睨みつけ、周囲にいた尼僧らに合図を送る。すると三人の周りを尼僧らが取り囲み、包囲されてしまった。
「ちょっとやりすぎたかもね」
 道真がぽつりと漏らした。頬にはつうと汗が流れる。もはや彼女たちに逃げ場はないように思われた。しかしその時、Can閣寺にさらなるアクシデントが起こった。
「た、大変ですっ!」
「どうしたの? 今それどこじゃ……」
 ひとりの尼僧が慌てて広間に入ってくる。後で話を聞こうとする苦愛だったが、事態は彼女の想像を超えているものだった。
「数名の男女と、あと前も来た侍の仲間たちが、いきなりやってきて敷地内に侵入を!!」
「ええっ!? ちょっと、外にいた子たちは何してんの!?」
 不測の事態が発生し、広間にいる苦愛や尼僧たちの意識はそちらへ向けられた。そしてそれは、望や菫、道真にとってここを脱出するこれ以上ない好機であった。
「あ、ちょっと、何逃げようとしてんの!?」
 一瞬の隙を突き、広間の外へ走り出す三人に苦愛が大声を上げる。しかし既にその背中は、遠くなっていた。
「さすがに全員は無理だったけど、何人かはアレで恋人に会いに行ったり、相手を探しに行ったりしてるかな」
 一気に庭を走り抜け門を出ると、階段を駆け下りながら菫がそう口にした。
 真相はともかく、あの異様な光景はカルト教団のそれを連想させた。菫がやったことは、その状態を少しではあるが解消したということだった。
「ガールズトークを捨て、街に出よう……なんてね」
 冗談めいた口調で菫がそう言うと同時に、彼女たちは最後の階段を下りたのだった。