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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第3章


「……幸輝を殺すには、まずヤツの『幸運能力』をどうにかしないといけないわね」
 天貴 彩羽は端末を操作しながら情報を整理していた。
「幸輝が持っている能力は幸輝自身に『幸運』を与える能力……それは分かったわ。
 そしてその代償として誰かの命が必要……今まではその役割は『四葉 恋歌』が担っていたのね。
 では何故、今の恋歌が『四葉 恋歌』になった途端にその死の連鎖は止まったのか?」
 手を止めて、思考を巡らせる。
「……この5年間で幸輝が『幸運能力』を使っていないとは考えにくいわね。
 すると……恋歌自身にも死の運命を回避できる何らかの『能力』があると考えるべきね」
 眉間を軽くつついて刺激する。


「考えるのよ……情報はあくまで過去にすぎない。そこから現在を把握して、未来を構築するためには思考と推論が必要だわ」


 彩羽は考えられる可能性を次々に考え始めた。

「……目的を幸輝の能力を無効化することに特化しましょう……。
 そのためには恋歌を幸輝の能力の対象から除外すること……。
 そもそも……なぜ、死んでいった16人は『恋歌』になることができたのか……。
 名前……年齢……才能……? ……やっぱ、戸籍が残るようなところからは『買って』はいないわよね。
 彼女が『恋歌』になる前の名前が分かれば、と思ったのだけれど」
 次々と幸輝と裏社会との情報を洗い出していく彩羽。
「しかし、調べれば調べるほど……四葉 幸輝……すり潰したくなるほどの外道ね。
 記録によると、アニーが『買われて』きたのは3年と少し前……すると、アニーとの契約が『恋歌』になる条件ではないわね。
 そもそもパラミタが発見される前から、幸輝と『恋歌』の関係は存在したのだから。
 ……アニーと契約したのは今の恋歌だけ、か。
 すると仮設としては――可能性は薄いけれど――『四葉 恋歌』という名前を削除するか……」
 ぴたりと、彩羽の指が止まった。


「この手は使えないけれど……この場において次の『恋歌』を補充することはできない……なら一番確実なのは、『恋歌の死』……か。
 ひょっとして、亡霊どもの目的はそこにあるのか……それとも……その先……」


                    ☆


「うわあああぁっ!!」
 恋歌の近くにいたルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が叫び声を上げ、倒れた。
「ルーツ!!」
 パートナーの師王 アスカ(しおう・あすか)が近づく。まったくの油断だった。
 突然、恋歌の手から放たれた青白い稲妻が至近距離にいたルーツを直撃したのだ。
『……そうよ……恋歌、あなたは生きていてはいけない』
 恋歌の口から、彼女ならぬ彼女の言葉がこぼれる。これが、幸輝が『レンカ』と呼んだ亡霊の声なのだろう。
 そして、同じ口から恋歌の声も。


「……そうだね……私は四葉 恋歌……だから……もう、死ななくちゃいけないよね……」


「しっかりして! 恋歌ちゃん!!」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)はレンカに憑依されている恋歌の身体をがくがくと揺さぶった。
「……誰……? ああ、理沙ちゃん……」
 うつろな眼で、恋歌は呟いた。辛うじて相手が誰か判別できるといった様子だ。
「ねぇ……アニーは、どこ……? 私はもう……アニーを……お願い……」
「がんばって! 亡霊の暗示に負けないで……!!」
 必死に呼びかけを続ける理沙、その後ろでパートナーのセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が幸せの歌を歌い始めた。
「セレスティア!」
「理沙、声を止めないで。気休めかもしれないけれど、恋歌さんの心に少しでも幸せの種を植え付けることができれば、亡霊からの支配を弱めることが出来るかもしれない……!!」
 その言葉に、理沙は大きく頷く。
「そうよ……諦めちゃいけない。諦めたらそこでゲームセットなんだ……私たちは全力で恋歌ちゃんを応援するよ!!
 人生なんてまだまだこれからなのよ! 面白いこと……いっぱいあるから!!」

 しかし、理沙の言葉もセレスティアの歌声も恋歌の心に響いているようには見えない。
 恋歌のうつろな眼が、理沙とセレスティアの姿を鏡のように映す。

「くっそ、ふざんけんなよ!!」
 七枷 陣(ななかせ・じん)が毒づいた。レンカに憑依された恋歌の様子を見る。恋歌の両肩に手を置いて、呼びかけた。

「……おい、わかるか恋歌ちゃん?」
「……アニーを……」
 しかし、光を宿さない恋歌の虚ろな瞳は心配そうに覗き込む陣の顔を移りこむだけで、僅かに動く口元はアニーの名を呼ぶだけだ。
「わからなくてもいい。オレの言うことを……!?」
 しかし、次の瞬間。


『うるさい』


「うわっ!?」
 恋歌の口からはっきりとした言葉が漏れ、陣と恋歌の間に青白い火花が散った。レンカだ。
 いよいよ恋歌の身体をのっとることに成功したレンカが、恋歌の意識を押しのけて行動を開始したのだ。
『――この恋歌……は渡さない。この娘の心に……深い闇がある限り、私の支配から……解放することは――』

「やかましい!! 話してんのはお前じゃねぇ、座ってろ!!」

 激昂した陣の叫びをものともせずに、恋歌――いや、レンカは立ち上がった。

『お断り……よ。この娘は生きることを……放棄した。たったひとつの希望を……死ぬことで叶えようとしている。邪魔するな。近づけば――』

「やかましいっつってんだろぉ!!」
 陣は再び恋歌の両肩を強く握った。バチバチと火花が散る。
 しかし、陣はその手を離さない。
「まだだ恋歌ちゃん! 諦めんな! 逃げんなよ――!!」
 必死に呼びかける陣に対して、レンカは冷ややかだ。
『無駄――この娘は誰にも……心を開いていない。幸輝にも、アニーにも、そして……貴方たち……友達にもね。
 この娘の心を支配した私には……分かる――この娘はお前らのことを……こう思っている』
「やかましいって――」


『「こないで、キモチワルイ」ってね』


 突然、恋歌と陣の真上の天井が崩壊した。ビルの崩壊で地下施設の天井が崩れ、その場にいる全員の上に瓦礫が降り注ぐ。
「――恋歌ちゃん!!」
 当然、陣は身体を張って恋歌を守ろうとした。しかし。

「――ごめんね」
「え?」

 恋歌が陣の身体を強く突き飛ばす。頭上に気を取られていた陣は恋歌から離されてしまう。
『――!!』
 その隙を逃さず、レンカが恋歌の両手から青白い稲妻を発し、陣を瓦礫の向こうへと追いやった。


「ちいっ!!」
 ダメージをものともせず、立ち上がった陣。しかし、施設の通路はすっかり瓦礫で埋まってしまい、恋歌の姿を見ることはできない。

「――恋歌!!」
 その時、ビル上階から飛び降りてきたルカルカ・ルーとダリル・ガイザックが到着する。

「おい、恋歌ちゃん!!」
 陣は叫ぶが、恋歌の返事はない。

「そんな、間に合わなかった――?」
 ルカルカの表情が曇る。眼前の瓦礫を破壊することは可能だろう。だが、恋歌に憑依したレンカがおとなしくその向こうで救助を待っているとは思えない。
 その間におそらくレンカは姿を消すだろう。彼女の絶望的な目的を、果たすために。

「ううん、まだよ!! 諦めないで!!」
 それでも、理沙は強い瞳を見せた。
「まだ結果は出ていない。私達が出来ることを全力でやれば、まだ間に合うはず――!!」
 その言葉に、セレスティアも深く頷いた。
「そうですわ。まだまだできることはたくさんあるはず……!!」

「その通りだな――恋歌に憑依したという『レンカ』が何を目的としているか……それを探れば自ずと行方が知れるだろう」
 あくまで冷静さを失わないダリルは、ルカルカを促して施設奥へのルートを確保する。

「……」
 各人が恋歌救出へと動き出す中、陣は一人自らの両手を見つめた。

「……さっき……」
 瓦礫から恋歌を守ろうとした一瞬の出来事。
 あの時の彼女の顔が、頭から離れない。

「……恋歌ちゃん……?」
 あの一瞬だけ、恋歌の意識が戻っていたような気がして――。