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そんな、一日。~台風の日の場合~

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そんな、一日。~台風の日の場合~
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2


 台風とは。
 熱帯の海の上で生まれた低気圧。
 十分間の平均最大風速が秒速17メートルを超えたものを『台風』と呼ぶ。
 暴風、高潮、高波、落雷、大雨等が引き起こされ、樹木の倒壊や屋根が飛ぶといった建物の損壊、洪水、浸水、土砂崩れといった被害をもたらす。
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、台風について詳しく知らなかった。そのため調べてみたのだが、小さなものでもなかなか深刻な被害があるらしく油断ならないことが窺える。エオリアは、パソコンを閉じて立ち上がった。携帯用ラジオを手に、部屋を出る。
 ラジオの周波を最新気象情報に合わせてチェック。今はまだ、台風の影響はほとんどないらしい。ならば今のうちに準備をしておこう。屋敷の維持管理は執事の務めだ。
 機械修理工を伴って、屋敷の周りを歩いて回る。風に飛ばされそうなものは屋内へ片付け、バルコニーの排水を確認し、塀に亀裂等がないかを見て回った。幸い屋敷を囲む塀に危ないところはなく、大丈夫だろうと結論付けて庭へ入る。
 庭では、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が花たちを避難させているところだった。近付くと、足音に気付いたエースが顔を上げる。
「エオリア」
「手は足りていますか?」
「大丈夫、メシエとリリアにも手伝ってもらっているから」
 見ると、ちょうどリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がサンルームへ入っていくところだった。エースの脇ではメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)についているメイドロボが精力的に手伝っている。メシエ自身は興味なさそうに庭を見ていたが、やがて飽きたらしくリリアの後を追ってサンルームへと入っていった。
「僕はもう少し見回りをして、非常持ち出し品等の確認に努めますが。手伝いが必要になったら声をかけてくださいね」
「うん。ありがとう」
「ではまた、後ほど」
「あとでね」
 短く会話を済ませ、別れる。その足で屋敷の屋根や窓のチェックに勤しみ、危ないかもと判断したところに処置をして、屋敷周りをもう一周。危険がないことを改めて確認したあと、屋内へと戻った。エースに言ったように非常持ち出し用の品を確認し、ひとところにまとめておこう。


 花たちも全てサンルームへと避難させたし、外でのティータイム用に出してあった椅子とテーブルも屋内へと片付けた。
「あとは……」
 一息ついて、エースは遠巻きにこちらを見ていた双子のロシアンブルー、シヴァとゼノンを抱き上げた。終わったの? とばかりに、双子が同時ににゃぁと鳴く。
「終わったよー。直植えの子には、あまり有効な処置ができてないかもしれないけれど」
 正直言ってそこが一番不安だ。あの子たちは明日の強風に耐えられるだろうか。不安そうにしていたのがわかったのか、シヴァがエースの手を舐めた。
「ごめんね。ありがとう」
 双子の背を撫で、エースは屋内へ戻った。向かうは猫たちの部屋である。
 屋敷には、保護して一緒に暮らしている猫がたくさんいる。そして彼らは音に敏感だ。雷でも落ちようものならパニックに陥ってしまう可能性もある。なので混乱を防止するために、部屋の鎧戸を閉めた。これでいくらかマシだろう。今現在すでに気が立っているような神経質な子は、ケージに入れてカバーをかけた。それだけでも違うのか、少しすると静かになった。
「これで大丈夫かな……」
 部屋を見回し呟くと、シヴァとゼノンが足元で鳴いた。タイミングが良かったので、大丈夫、と言われた気がした。
「明日はニャンコたちが怖がらないように色々と遊んであげてね」
 優しく言って喉をくすぐり、保護部屋を離れた。


 無意識のうちに、歌を口ずさんでいたらしい。
「ご機嫌だね」
 メシエのその言葉で、リリアは初めて自分が浮かれた気分でいたことを知った。
「エースもはしゃいでいたようだけど、きみも?」
「そうみたい。自覚は、していなかったけれど」
「台風が珍しくて?」
「初めてじゃないけれど。珍しいことだから、やっぱり好奇心が先に立っちゃうのね」
 風が唸り、空へと吹き上げる。
 重い灰色の空は今にも何かが起こりそうで、わくわくとした気分になった。
「子供っぽいかしら?」
「仕方ないね」
「そう?」
「それがリリアだから」
「そうね。それが私よ」
 メシエがこうして受け止めてくれるから、リリアは自分をありのまま出せる。ありがとうの意を込めてメシエに微笑みかけてから、運び込んだ花に向き合った。話しかける。
「嵐が来るんですって」
 エースは花――特に、直植えの子たちを心配していたけれど、リリアはそこまで不安に思っていない。彼が思っているよりもずっと、草木は風と相性がいい。とはいえ雨に弱い子が多いのも事実で、彼の心配は過保護とも言えないのだけど。だから、手伝っているわけなのだし。
「風と踊るのは楽しいわよね。だけどあまり乱暴にされても困るわ。ついていける子ばかりじゃないもの。それに、花弁が傷んじゃったらいけないものね」
 言葉を切って、再度メシエの方を向く。すると目が合った。ずっとこちらを見ていたらしい。
「なぁに?」
 どうかしたの、と微笑みかけた。一歩、二歩。メシエが空いていた距離を詰める。すぐに距離は縮まって、そのまま優しく抱き締められた。
「どうしたの?」
 背中に手を回しながら、リリアは尋ねる。メシエはしばらく答えなかった。そして抱き締めたときと同じように唐突に身体を離し、「綺麗だ」と言った。金の瞳は揺れることなくリリアのことを見つめていて、なんだか恥ずかしくなる。
「ありがとう。でもさすがに真っ向から言われると、照れるわ」
 はにかんで告げると、リリアはメシエに手を伸ばした。ぎゅっと、抱き締める。
「だから、こうしていてくれる?」
「勿論」
 メシエの手が、リリアの髪を梳いた。リリアは目を閉じ、指の感触に身を預ける。
 少しだけ、少しだけ。
 この休憩が終わったら、すぐにやらなきゃいけないことをやるから。
「あと、少しだけ」