First Previous |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
Next Last
リアクション
壁に設置されたモニターには、コントラクターたちによって倒されるヘクススリンガーとディーバの様子が映っていた。
アルバのサポートでセリカの紺碧の槍がディーバの胸を貫く。ひび割れ、崩れる銅像のようなディーバの姿を見て、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はモニターから目を離し、ラシュヌに言わんと振り返ろうとする。
そのとき。
「危ない、アルくんっ」
シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)の声がして、どん、と何かが肩にぶつかった。
同時に、ぱぁんという破裂音。炎天戈セプテントリオンを握ったシルフィアの腕がはじかれたように上に伸びている。
「くうっ……重い……っ」
びりびりと腕を伝ってくる、しびれるような痛みに目を眇めるシルフィアの視線は下を向いている。その先で、ラシュヌが低い体勢から伸び上がるようにして鎌を振り切っていた。シルフィアが間に割り入るのは想定の内か、鎌の刃は逆の方を向いていて、柄の先でシルフィアの炎天戈セプテントリオン持つ手を派手にはじき飛ばしたらしい。
がら空きになった腹部を両断せんと、今度こそ鎌刃が横に振り切られようとする。直前。
前を横切るようにシャッと走った影が、鎌刃ごとそれを持つ腕を切り裂いた。
あまりの鋭利さゆえか、動物の鉤爪に引き裂かれたような傷口から一拍遅れて鮮血が吹き出す。
「にゃにゃっ。
駄目だよぉ、お姉さん。もう勝負はついてるでしょ〜? 往生際は良くしないと」
猫のような身軽さでトンと床についた手で宙返りし、軽やかに床に着地した完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が、小さなかわいらしい舌でティアクローをちろりと舐めた。
ラシュヌの手のなか、竜造との戦闘で柄にひびの入っていた死神の鎌はペトラの攻撃で完全に砕けてしまう。
「僕、戦うのはほんとは好きじゃないんだ。戦うために生まれたからって、戦わなきゃいけないってわけじゃないんだしね。
だけど、お姉さんがマスターやシルフィアを傷つけるっていうんなら、僕も容赦しないよ?」
ざっと足元を払ってポーズをとるペトラ。
しかしラシュヌは床に座り込んだまま立とうともせず、ペトラを見てもいなかった。おそらく言葉を聞いてもいない。
「お父さまからいただいた鎌が……っ」
自分以外の者のことなど忘れてしまったように、聞くからに悲壮な声をあげ、砕けた鎌をかき集めている。
ラシュヌのそんな姿を見て、アルクラントは同情的な視線を向けるとその背中に近づいた。
「アルくん、危ないわよ」
シルフィアもあわてて横につき、いつでもアルクラントを守れるようにセプテントリオンをかまえる。
「大丈夫だよ、シルフィア。たぶんね」
あの鎌の柄が砕けた瞬間、ラシュヌの顔に驚きと恐怖が走ったのをアルクラントは見逃さなかった。
彼女もまた、アンリをとても大切に思っていたのだ。こうして彼の死後も墓守りになって、だれも通さないと固く決意するほどに。
失う恐怖、悲しみを彼女は知っている。分かりあえないはずはない。
「ねえ、ラシュヌさん。あなたはさっき「かまわない」と言ったけれど、でもお父さんは、かまうんじゃないかな。
さっき高柳くんは、お父さんはあなたをここから連れ出してほしくて細工をしていたんだと言ったね。私も今はそう思う。お父さんは、きみにここでたった1人でいてほしくなかったんだよ」
「……だって、お父さまが、わたしをつくったのよ? こうなるって分かってなかったはず、ないじゃない……」
「私はアンリ博士を知らない。だけど……ほら。彼は死ぬ病気だったそうだし。だれだって、さびしいのはいやでしょう?」
自分で口にした言葉に、うん、とうなずく。
「人は、1人で生きていけないし、生きてはいけないんだ。
きっとお父さんもそれを望んでいる。だからお父さんに報告をして、私たちと一緒にここを出よう。
そして、きみもだルドラ」
アルクラントからのうながしに、ルドラはふっと小さく息を吐く。それから2人の元へ行き、ラシュヌを見下ろした。
「1つ訊きたい。わたしたちが来る直前にシステムを変えたと言ったな。本当はあのディーバはいつ作動するはずだったんだ?」
「…………わたしが…………外に出たら……」
ぎゅっとつぶった目からこぼれた涙がほおを伝い、ぽたりと床で震えるこぶしに落ちる。
ぽたり、ぽたり。
2粒3粒とこぼれる涙を指でぬぐった。
「そうだと思った。アンリが、おまえまで巻き添えに死ぬようなシステムを組むはずがないと思ったからな。あいつがわたしの知るままの人間でいてくれたと分かって、うれしい」
ルドラはそのことを深く懸念していた。
愛する娘アストレースを失ったアンリは、30人近くいた研究員をすべて殺害し、たった1人であの地を去った。
自分の生涯かけた研究が己の人生でたった1人愛した者を殺した。その絶望を抱え、煢然(けいぜん)たる心は最後まで救われないままだったのではないかとの疑いが拭えずにいたのだ。
「アンリと最期までいてくれたのがおまえで、うれしい。
彼のために涙をこぼせるおまえがいてくれて、よかった」
機械の自分には泣けないから。
「…………」
じっとルドラを見上げていたラシュヌの目から、もう涙はこぼれていなかった。
ふと正気に返ったラシュヌは、泣いていたことを恥じ入るようにほおを赤らめ、視線をそらす。その先にはアルクラントがいて、差し出されていた手をとり、ラシュヌは立ち上がった。
そしてアルクラントと向かい合いながらもチラチラとルドラを意識する素振りで視線を投げ、不機嫌そうな声で言う。
「お父さまは、1人じゃないわ。会わせてあげても、いいわよ。……い、言っとくけど、あなたがバカな勘違いしてるからよ! そうじゃないって教えてあげるだけなんだからっ。勘違いしないでよねっ!」
「お、ツンデレだ」
戻ってきてちょうどその瞬間に居合わせた八斗がぽそっとつぶやいた。
「ちょ! 笑わせんなって。傷に響く」
合流を果たし、回復をすませた切がひじで胸をこずく。
それを耳にしただれかがプッと吹き出して。伝染したようにみんな次々と口元を緩ませだして、温かな笑いが部屋に満ちる。
その様子を少し離れた場所でエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が見守っていた。
笑いの中心にはアルクラントとシルフィアもいて、何が起きたのか分からずあたふたしているラシュヌの手をとっている。
「私はあなたの見聞録「素敵八卦」。選択するのは私の仕事じゃない。どんな結末にせよ、私はただその場にいて、覚えるだけよ」
だれも自分に気付いていない。
だれも意識していない。
そう確信して、それに満足して、エメリアーヌはつぶやく。
「足元に伸びる無数の道のなかでどの道を選ぶか考え、選択するのはあんたたちの仕事。
今回あんたたちが選んだのは、その道というわけね」
ラシュヌに斬られるまま果てる道もあった。
ペトラがラシュヌを殺す道も。
けれどシルフィアはそれをよしとせず、ペトラもまた、攻撃の手を引いた。
(あたしは選択をしない。そのかわり、選択のなされた道を否定することもない。
それが良い道とも、悪い道とも言わない)
たとえそれが、選択をしないという道であったとしても。
本当に恐れなければいけないのは、立ち止まること。
でも、恐れながらそれをしてをいけないとは誰も言ってない。
「だから、見せてちょうだい。私の記憶に残るように、あんたたちの歩みを」
First Previous |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
Next Last