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リアクション
ハインリヒの周囲に作り出された特殊なフィールドにより、契約者たちは彼に手を出す事が出来ないでいる。
ユピリアは不利な戦況を、小型飛空艇で空から見ていた。
(まったく、困った人ね。
ウィーンでは私を守ってくれたんだから、今度は私が守ってあげるわ。
その代わり、覚悟しておきなさいよ。簡単には、死なせてあげないんだから)
ユピリアの背中の後ろで、ティエンが息を吸い込むのが分かる。
此処へ来るまでに、ユピリア達は考えていた。ハインリヒが誰かによって歌を歌わされているのは確実なようだが、あの歌を生み出す力が、感情が彼の中にあるのは真実なのだと、ジゼルは言っていた。
「誰だって、人に話せない過去の一つや二つ、あるけどね」
低い声の呟きに振り返ってきた仲間に、ユピリアは明るく笑ってみせる。
「私? 陣や可愛い妹分たち、それに友達がいるから問題なしよ♪」
「オレは今まで棄てるものもなかったし、過去より未来が大事だと学んだけど……、
割り切れないのは仕方ないよね」
ジブリールがそう頷いて返すと、次いでティエンが口を開く。
「誰にだって、辛く悲しい思い出はあるよ。
僕もお母さんを助けられなかった。
でも、お兄ちゃん達が傍にいてくれた。
悲しみを乗り越えられたから、今ここにいられるんだ。
ハインツさんだって、独りじゃないんだよ!」
その想いを乗せて、ティエンは全身全霊をかけて幸せの歌を歌う。
(この歌はただ闇を払うだけじゃない。自分の中にある幸せを気付かせてくれる歌。
大丈夫だよ。ハインツさんは闇の中から必ず出られるよ。
だって、たくさんの人があなたの手を握っててくれてるから。
僕も離したりしないんだから!)
――光輝の精霊の名の下に、あなたとあなたを心配している人達のために!
ティエンの意志が、己の世界に没入するワールドメーカーの心を揺り動かす。
フィールドが崩れたその瞬間、ダリルは重力制御のスキルを、ハインリヒへ向けた。
「コード!」
パートナーの声に応え、コードは永久凍土を凌ぐ硬度の十字の氷柱を地中から発生させる。
間合いを一気に詰めたから、自分ごと中に敵を閉じ込めてしまう形になるが、そんな事は構わなかった。
(だって……こいつなんとかしないとジゼルが悲しむもんさ。
俺が意識を手放しても、ルカとダリルが絶対奴を正気に戻すから、
だから俺は絶対に奴を放さない)
が、直後にコードは輝きに目を潰された。
火の精霊スヴァローグ。
ワールドメーカーの歌から生まれた太陽の神が、コードを本格的に襲おうとした時、羽純の氷壁がそれを阻んだ。
コードの氷はハインリヒを磔にする事は敵わなかったが、この隙にハインリヒの真横に、託の放った紐つきのチャクラムが飛んでいた。
それは首を横に曲げるだけで、当たらないような単純な軌道だ。当然ハインリヒはこれを避けた。
しかし――。
「貰ったよ」
託の声と共に、チャクラムの軌道がサイコキネシスで曲がったのだ。刃はハインリヒの足を、確実に斬り裂いた。
これでもう動き回る事は出来ない。
ハインリヒの動作が遅れたのは、アデリーヌが根気強くかけ続けていた催眠の効果と、さゆみが目に見えないほど細かなエネルギーの粒子を生成し、それで彼の体力を徐々に奪っていたからだ。
コードのスキルに対抗する為に、ハインリヒは既にあの歌を止めている。
歌を――心を届けるには、今がチャンスだ。
さゆみは、ティエンの歌に声を重ね、アデリーヌもそれに続いた。
「ジゼルの所に帰ろうよ。闇に捕われないで!
喜びも苦しみも分かち合う為に皆が居るんだよ。
ジゼルが待ってるよ
ねえ、帰ろうよ……」
ルカルカが手を伸ばすと、舞花もハインリヒの前に立った。
「ハインリヒ・ディーツゲン中尉。
貴方の歌は、こんな低俗な犯罪に利用されるような安いモノでは無い筈です。どうか、それを思い出して正気に返ってください」
二人の声はハインリヒに届いているのだろうか分からない。
此処に居る仲間の中で、確実に彼へ声を届かせていると分かるのは、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)が戦いが始まってからずっとしていた――諦めたらし合い終了だよと誰かも言っていたし、本当にずっとだ――テレパシーによる呼びかけだった。
――あなたになにかあったらあの宇宙的兵器の夢はどうなってしまうのか!
これは他の皆に比べ、ズレているように感じる言葉だったが、この呼びかけでミルタの沼の底に落ちていたハインリヒがパートナー達を思い出したのは、コードへの攻撃で具現化されたものを見ていれば分かる。
ハインリヒの中に鮮やかに蘇るスヴァローグとの出会い。スヴァローグの引き金を初めて引いた、――結果、糞上官の股間に銃弾をぶっ放した――思い出。あの大切なパートナー達の為に、ハインリヒは自分の命を守る義務がある。
「Albrecht?(*アルブレヒト?)」
笑うのを辞めた少女の声が耳元で響く。
同調していたハインリヒの心が離れていくのを感じた彼女は、何者も逆らう事が出来ない暴力的なほど甘い声でハインリヒを水底へ引き戻そうとするが、ベルクが双頭龍の彫細工と古代文字が刻まれた銀細工のバングルを構える様にしながら詠唱をすると彼の左掌に赤い光りが宿り、ハインリヒの瞳が反射でそちらへぐるりと向いた。
その魔方陣を瞳に入れた時、ハインリヒは何かを見た。
ほんの数秒もしない内、彼自身も何の幻影を見たのか記憶を失ってしまったが、心を揺さぶるには充分な効果がある。あれは『自分が一番大切に思っているもの』が幻影となって現れるのだ。対象者にしか見えないし、ベルクにもどんなものを見せるか選択の自由は無いが、相手が相手だ。大体相手は推測出来る。当たっていればいいが……、八卦よりも確率は高い筈だ。
「おいハインツ、ツライッツが見えたか? ええ!?
お前が死んだらあいつはどうなるんだよ! 仕事から帰って来て恋人が死んでるとかシャレになんねぇだろうが!!」
屋上に吹き付ける風に負けない大きさで、ベルクは悪辣叱咤してやったので、それは誰の耳にも入っていた。
皆が動きを止めていた時、歌菜は一人足を踏みしめる。
「…………ハインリヒさん、いい加減に…………、起きろーッ!!
何処までジゼルちゃんや皆を心配させる気ですかっ! 貴方のせいでアレクさんも大変なんですよ?
良いように操られて、悔しくないんですか! 貴方、そんな弱い人だったんですか!
違うでしょう!?
いいから、さっさと目を覚ましなさーいッ!!」
レースとリボンで飾られたドレスを翻した可愛い女の子が、魂の叫びのような熱いパンチで、男の横っ面をぶん殴る。
他意は無い。
ある訳が無い。
「起こすためだけですって、勿論!」
振り返って言い訳を始めた歌菜に、なんだかもの凄いものを見たと、仲間達は動揺を表情に出してしまっている。
騒ぎの中でハインリヒが押さえた頬は、蒼白だった顔に人間らしい色を含ませた。
一秒、二秒と時間が経つにつれ、何処にも合っていなかった焦点が、彼を止め、助けようと集まった仲間に定まっていく。
ハインリヒ口を開きかけた時だった。
「Albrecht! Bitte lassen Sie mich nicht!!(*アルブレヒト! 私を置いて行かないで!)」
まるで首根っこを掴まれて、後ろへ引っ張られる様に。
ハインリヒはその声に、背後の、何も無い空間に落ちて行く。
彼を追い掛けた契約者達が聞いたのは、
「俺は、アルブレヒトなんて名前じゃねえッ!!」というハインリヒの御尤もな激昂で、駆け寄った縁の下に見えたのは、幼き神獣の子に乗りそこで待機していたかつみとナオに受け止められた彼の姿だった。
「おはよう、いい夢、見れたか?」
下を覗き込みながら羽純が笑顔で言ったそれに、仲間達はどっと吹き出した。
空京を襲った厄災は去ったのだと、胸を撫で下ろす彼等の中で、陣は顔を強張らせている。
ハインリヒを捕らえていた黒幕を見逃すまいとしていた陣は、あの瞬間、ハインリヒを引き摺り込んだ者を見たのだ。
――美しい。壮絶に美しい少女だ。
乳白金の髪の上に花の冠をかぶるのは、雪のように真白い顔の少女で、青い瞳はぞっとするような笑顔に歪められている。
その少女は陣のよく知る、彼女に似ているのだ。
「…………ジゼル?」
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