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リアクション
空京のとあるショッピングモールの広大な下着売り場で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はショッピングを楽しんでいた。
先日プロポーズを受け婚約したばかりのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が待っているから時間を掛ける事は出来ないが、彼の為と思うと、余計に集中してしまう。
(……こういう感じの方が、男の人は好きかな?)
更衣室から出てきた美羽が純白のレースにリボンがあしらわれたセットを手に固まっていると、すかさずやってきた店員が営業成績の良さそうな笑顔で美羽に声をかけた。
「勝負下着、きっと彼氏さんも喜ばれますよ」
「う…………うん、じゃあこれにします!」
こうして精算に進んだ後だ。
「お客様、どうなさいましたッ!?」
美羽に買い物袋を差し出した店員が、何かを見つけ駆け出していく。
店内のあちこちで異変を起こす共鳴した者達に、美羽はコハクと合流しようと走り出した。
*
件のショッピングモールの数十メートル先のファミリーレストランでも、同じ様に異変に巻き込まれた契約者が居る。
「店長、私ちょっと抜けます! 後のこと、よろしくお願いします!」
歌に共鳴する人々に、アルバイト中だった次百 姫星(つぐもも・きらら)は店の外へ飛び出した。一体何が起こったのかと独自に調査していけば、共鳴の理由は何となく察しがついてくる。
『置いていかないで』、被害者のうわ言に共通するフレーズだ。
(誰かに置いていかれた――そういう気持ちが発露しているんでしょうか。
う〜ん、考えてみれば私大切な人に置いていかれた記憶がないですね。
そんな事されそうになった時、結局殴ってでも頭突きしてでも一緒に連れ帰ってましたから)
腕を組んで考えていると、向こう側からパートナーの呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)がやってくる。
「これは歌? いや、呼び声かしら?
とにかく碌な者じゃないわ」
会うなりそう言う墓守姫の中では、過去が思い起こされていた。
墓守になる前、土地神と崇められていた頃。
(でも、土地も人も滅びた。何も守れなかった。
私は無力を嘆き、虚しく謝り続ける事しか……)
――いいえ、それは全て終わった事よ。
墓守姫は首を横に振り、姫星と事件の原因を探るため歩き続ける。手探りな状態だ。兎に角、歌の聞こえる方向へ目指した。
「……ところで墓守姫さん、この声、何処かで聞いた事ありません?」
こちらに向いた顔に、墓守姫は頷く。
彼女達は音楽に関する専門知識を持たないが、男――それも十代か二十代か、なのは間違えようが無い。少年のような繊細な響きに、誘うような甘さをもった声は、高い音域を楽々と歌い上げる。
Auf Fluegeln des Gesanges,
Herzliebchen, trag' ich dich fort,
Fort nach den Fluren des Ganges,
Dort weiss ich dan schoensten Ort.
耳を傾ければ声だけではない、何処かで聞いた事のあるその曲に乗せられた詩に、墓守姫と姫星は同時に頷いた。つい最近、彼女達はこの原語を聞いたのだ。
オーストリア。あそこで彼はこの言葉を――、ドイツ語を話していた。
「ハインツさん!」
見上げたビルの上、本当に今にも落ちてしまいそうなギリギリの場所に、人影が見えて二人は息を呑む。
Und Liebe und Ruhe trinken,
Und traeumen seligen Traum.
声は優しく、聞いた人々を包み込む様に響く。あれを歌っている彼はきっと微笑んでいるだろう。
『歌の翼に』
その歌の通り、彼はあの歌で皆を連れて行くつもりなのだ。
自らの肉体とともに。深い深い、水底へ――。
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