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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第5章 過去である今日の「お話」

「え? 私を、調べる……ですか?」
 ――彼女の語る未来について、意見を述べに行ってほしい――
 レンに頼まれてフィアレフトに逢いに来たリィナは、簡単な自己紹介をしてから一通りの事情は聞いていると前置きしてそう言った。
「ど、どうして……」
 おろおろと多少の戸惑いを見せる少女に、リィナは「私は医者だから」とその理由を説明した。
「出生率の低下には、明確な理由があると考えている」
「明確な理由……? パラミタ大陸の人口増大拒否ではなく……ですか?」
 フィアレフトは訝しげに眉を顰めた。身体を調べると言われた所為か、まだ警戒心が残っているのが見て取れる。
「ああ。大陸の意志ではなく、別の理由だ。それを確認する術として、今、私の目の前に居る2048年から来たフィアレフト……君の身体と、現在何処かで生きている2024年のフィアレフトの身体を調べるという方法を考えた」
 リィナは言う。『異常が起きる前』と『後』を比較することで、身体にどのような変化が生じたのかが判る。フィアレフトだけではなく、未来から来た人間の身体を調べれば、より多くの情報を手に入れることが出来るだろう、と。
「…………」
 話をするにつれ、少女の顔から狼狽は消えていった。その代わりに、躊躇いと困惑のようなものが現れる。リィナは彼女を説得する為にも話を続けた。
「原因があっての結果だ。判らないからといって、大陸の意志などと理由付けられても困る。まずは、情報を集めての原因分析が必要だ。フィアレフト……君が、皆の希望なんだ」
「…………」
 俯いた少女の瞳は定まらなかった。理由は幾つかある。リィナは、自分だけではなくこの時代の自分――イディアの機体も調べたいと言っている。いくら『本人』であるからと言って、すぐに了承するのには抵抗があった。子供だからというだけではない。その『検査』を受けるという事は、即ち、ファーシーに全てを話して了解を得なければならないという事でもある。
 自らが娘である事を告白し、更に、『修理』とは訳が違う『検査』に子供を提供してもらう。そんなことは――
「待って下さい、それは……」
 黙ってしまったフィアレフトの隣に立って、アクアが口を挟む。何となく、ただの健康診断ではない、実験めいたものを感じてしまったのだ。ふと以前を思い出しかけた彼女に、少女は「先生」と声を掛ける。
「大丈夫です。嫌、というわけじゃないんです。嫌、なんじゃ……ただ……」
 ちらり、とファーシーの方を伺うと、アクアはそれでフィアレフトが即答しなかった理由を察したようだ。改めて顔を上げ、少女はリィナに言った。
「私の身体を調べるというのは、構いません。けど、この時代の私を調べるというのは……。少しだけ、勇気を出す時間をくれませんか?」
「……それは、構わないが」
 何か事情があることを感じたのか、リィナは彼女の頼みを受け入れる。
「それと……先に言っておきますが、私を調べても、はっきりした変化が捉えられるとは限りません。私は……ママ達と違って『子供が出来ない機体』なんです。このまま、子供の姿のまま……これ以上成長する事もありません。モーナさんからは、エネルギーの絶対量の関係だと聞いています。大人の姿になるとエネルギーが足りなくなるから、ここが私の成長止まりなんだそうです。外部からエネルギーを補間しながら動く母体に於いて、ママが元々持つエネルギーのみを受け継いだ関係だとか……」
 それが判ったのは、彼女が中学に上がる頃だった。あまりにも『小さすぎる』娘を心配して、ファーシーが検査を受けさせたのだ。自分の持つエネルギー量が子供に影響を与えるのではないかと心配していたらしいファーシーは、結果を聞いて随分と落ち込んでいた。子供の頃には潤沢にあると思っていたエネルギーが、実は全く足りて――増えていなかったのだから。
「ママや先生にある、ブラックボックスというものも私にはありません。だから、顕著な違いも発見できないかもしれません」
 とはいえ、リィナの考えも一理ある。一理あるのならば、調べるのは――
(ううん、それも……。彼もそうだし、ポーリアさんだって……)
 全てを決めきれないまま、保名の呼吸が安定して、葛葉が依頼主について話し始める。フィアレフトは迷いを胸にしまい、彼の話に耳を傾けることにした。

              ◇◇◇◇◇◇

「ポーリアさん、しばらく厄介になるよ」
 隼人から『将来、お宅のお子さんが悪さをしているのを見かけた場合、拳骨を食らわせて叱って良いか?』という、よく分からないテレパシーを受け取ってから暫く。
 訪れた朔とアイビス達に「まあ」と驚いたポーリアだったが、笑顔で4人を迎え入れて、今は皆で穏やかなひとときを過ごしていた。同じ日に、同じツァンダで殺伐とした事件が起こったのが信じられないような平穏さだ。帰宅していたスバルと共に、夜の始まりの時間に身を委ねる。窓の外を、たまに車や通行人が通り過ぎる。
 どこまでも、そこには日常が広がっていた。
「……と、まあ色々ありましたけど、どうにかなるものですよ。ブリュケも随分大きくなりましたし、3年近くも経つと、慣れるものです」
「そうか、あれからもう少しで3年になるんだよね。あっという間だったなあ……」
 にこやかな笑顔でポーリアが言い、スバルが懐かしそうな顔をする。
 ポーリアにも子育てや、母親としての知恵を学ぼうとアイビスは彼女達に話を聞いていた。アイビスの膝の上には、夕食を終えてまどろむイディアが乗っている。眠くてたまらなそうな彼女に幸せの歌をゆっくりと聞かせると、間もなく膝の上で静かな寝息が立ち始めた。
「ん……」
 アイビスがワールドぱにっくで出したミニキャラクター達や朔、ちびあさにゃんと一緒に1500ピースのジグソーパズルで遊んでいたブリュケが目を擦る。聞こえてきた歌で、眠くなったようだ。
「にゃー?」
「もうそろそろ寝るかい?」
「……うん。すごくねむい」
 朔とちびあさにゃんにそう答えると、ブリュケはまだ組まれていないパズルの欠片を箱に戻し始めた。組み終えた分は、専用の台紙に乗せてそのままだ。全員で片付け終えた頃、ポーリアが席から立ち上がる。食後のお茶に使っていたカップを持ってキッチンに向かう。
「じゃあ、そろそろ片付けますね」
「あ、手伝います。……皆!」
 アイビスに呼ばれ、ミニキャラ達がキッチン周りに集まってかちゃかちゃし始める。アイビス自身は、子供部屋にイディアを寝かせに行った。皆が動き出したのを見て、スバルが何だか居心地悪そうに自室に入っていく。手伝う気はなさそうだ。
「にゃー」
 小さな布団にイディアを寝かせ、『よく眠ってるね』と言うちびあさにゃんに「そうね」と返す。朔とブリュケは、まだ来そうにない。アイビスはイディアを見て「大丈夫だからね」と呟いた。先程、ブリュケと遊んでいる時にソウルヴィジュアライズを使ってみたが、彼の心に淀みや疑いといったものは一片も無く、あるのは希望とイディアへのお兄さんっぽい意識だった。
 先日、ファーシーの家でピノに懐いていた彼の表情も思い出す。
「あんなに、良い子なんだから……」

「……?」
 アイビス達が子供部屋を出ると、イディアは空気の流れの違いを感じて目を覚ました。「ふぇ……」と泣き出しかけた時に朔とブリュケが入ってきて、泣くのを中止して寝る支度をする2人をじーっと見詰める。
 ブリュケが彼女の隣に仰向けになると、朔は「おやすみ」と言う前に2人に話して聞かせることにした。今は意味が解らなくても、成長するまでに何かの糧になるように。
 機晶姫である2人はきっと、いつまでも覚えていられるから。
「イディアちゃん、ブリュケ君……1つおばさんの独り言を聞いてくれ。将来……」
 やがて、ツァンダの住宅街に灯る明りの1つが静かに消えていく。人影が1つ、その窓から目を離さないで直立していたが、屋内に居る誰も、その存在には気がつかなかった。