リアクション
■ 在るべき場所は ■
ヴリドラの召喚後、負担の大きさから、召喚主であるジールは疲労で倒れてしまった。
ジールを抱えた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、珍しく呆気に取られた表情で、ヴリドラと共に現れた艦、ウィスタリアを見つめる。
「君の主、リューリク帝は……生前と代わらず、やることの規模がすごいね」
ヴリドラだけでも負担は大きいだろうのに、更にこの人数と艦船までをも一緒に召喚させるとは。
苦笑して、そして「ありがとう」と礼を言う。
ヴリドラと、今は意識の無いジール、そして、リューリクへ。
そうして、ジールの召喚によって現れた八龍ヴリドラに天音は、帰る前に、少し付き合って貰えるかな、と誘った。
「「「何ダ」」」
興味なさげなヴリドラに、天音は言う。
「もう一度、“天命の神殿”に行きたい」
「「「……」」」
考える様子だったブリドラの、身体が二つに分裂した。
二つ首の方は以前と殆ど大きさが変わらないが、一つ首の龍は小さく、天音の肩にズシンと降りる。
「行クガイイ」
と、言ったまま、後は黙って何も言わない。本当に、付き合うだけ、ということだろう。
天音は苦笑して、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を見た。
「お前が考えていることは解るが、ジールを放っては行けない」
世話になったジールをこのままにして去るつもりにはなれず、残って介抱するというブルーズに頷いて、彼女のことを任せる。
西カナンの『天命の神殿』遺跡に、巫女トゥプシマティの姿はなかった。
聞くところによると、何もなくなってしまった此処に一から街を作るよりも、既にある街に神殿を移設する方が手間が無い、ということになったらしい。
天音はその足で、トゥプシマティが仕えることになった街の神殿へ向かう。
その街の中心部に、神殿は建設途中だったが、トゥプシマティには会うことができた。
「久しぶり」
と言う天音に挨拶を返して、
「それで、御用とは?」
と訊ねる。
トゥプシマティは魔道書である。
かつて、望む運命に導く力を欲したリューリク帝によって狙われ、欠けた一部を奪われて、その分身が、長い間リューリクに仕えていた。
リューリクに仕えた間、トゥプシマティは元の記憶を失っていたが、つい先頃、本体である彼女が、欠けた一部を取り戻し、全ての記憶が戻ったトゥプシマティは、彼女の一部に戻ったのだった。
天音は、再びその一部を分け、『分冊』という形で、トゥプシマティがリューリクの元に戻ることはできないだろうか、と考えた。
だが、話を聞いた巫女の表情は翳る。
「……私は、リューリク帝に一部を奪われた後、長いこと分冊の状態にあり、そしてその間ずっと、ひとつに戻ることを願ってきました。
再び分かれることを、私は望みません」
「それは、分かたれたもう一人のトゥプシマティも、なのかな?」
勿論、過去酷い手段で奪われた彼女が納得できる形で在るのが一番だと考えるが、今はいないトゥプシマティが、不憫にも思える。
「記憶喪失の人が記憶を取り戻した時、記憶が無かった間のことは覚えていなかったりするでしょう。
記録としては、私の中に残っていますが、私の中に別の人格が存在するわけではないのです」
ひとつに戻った時、それは捨てたのだから。
話を聞いて、天音は密かに溜息を吐く。
「……女神イナンナは、自らに仕える巫女が望まぬ分冊を、強いる方ではないと信じます」
巫女が静かにそう言って、天音は、心を読まれていることに気づいた。
何らかの方法で、イナンナに交渉しては貰えないだろうか、そんなことを考えたのだ。
「……そうか。仕方ないね。今回は帰るよ」
一度で良い返事が貰えるとも思っていなかったのだ。
トゥプシマティと別れ、ブルーズの待つエリュシオン帝都に戻ろうとするところで、ヴリドラが天音の肩で羽を広げ、無言で飛び去った。
◇ ◇ ◇
ウィスタリアから、真っ先に出て行ったのは、トゥレンの龍だった。
搭乗しているトゥレンは、ブルーズ達の方へ目をやったが、そのままミュケナイへと去って行く。
「……酷い顔色だったな」
ブルーズの呟きと被って、ジールの師である老齢の男が、トゥレン、と呟きながら彼を見送り、
「知り合いか?」
と訊ねると、彼も元第七龍騎士団に所属していたのだと知った。
トゥレンが視線を寄越したのは、彼に対してだったのだろう。
イルダーナが、ジールの師として相応な人物を探した時、彼を紹介したのがトゥレンだという。
「そうですか、あれの知り合いでしたか。
面倒くさい性格をしていますから、あれと付き合うのは大変でしょう」
彼はそう苦笑する。
「トゥレンは、自分も他人もどうでもよく、何ひとつ執着するものを持たなかった。
けれど、第七龍騎士団と仲間達だけは、とても大事にした……」
言いかけて、彼は言葉を止めた。
「ああ、失礼した。あれの話ではありませんでしたな」
ナラカから戻って来た者達に事情を聞いた後で、ジール達二人を帝都内の自宅に送り届ける道中、ブルーズは彼に、カサンドロスのことを訊ねた。
契約者の存在によって翻弄された、元第七龍騎士団。
その副団長と騎龍とは、どんな人物だったのだろう。
「……さて、私の話では、欲目も贔屓目も偏っているだろうが……」
懐かしく、遠い目を、彼はする。
「……我々の団長は、とてもおかしな御方でしてね。
何と言いますか、本人は大真面目なのに何処かずれていると言いますか、言動が悉く周囲のを失笑を買ってしまうような」
元第七龍騎士団の団長、セリヌンティウスのことを、ブルーズは思い出した。
惚れっぽく、頭を断ったり腕を断ったり、こと話題に困らない元龍騎士は、今ニルヴァーナに居る。
「龍騎士団の団長という立場にありながら、シャンバラまで行ってしまった腰の軽さには、全くあの人らしいと皆で呆れたものです。
そしてその団長を、真面目な副団長が真面目に尊敬しているものだから、二人の掛け合いといったら、それはもう、団員達の酒の肴でしたな」
ふふ、と笑って、彼は目を閉じる。
団員達は皆、団長と副団長を尊敬し、彼等を好きだった。
けれど、時は流れて行くし、過去を懐かしんだところで、あの頃が戻ってくることは、もう二度とない。
ブルーズは、言葉も無いまま、彼をじっと見つめる。
カサンドロス達の死を、彼はどんな思いで聞いたのだろうか。
ブルーズの表情を見て、彼はただ静かに微笑んで、少し肩を竦めた。