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「……ここは保育園じゃないぞ」
 ぞろぞろと入ってきた子供達を見て、優子は苦笑混じりにそう言った。
 優子は個室のベッドに横たわっていた。
 看護師がベッドの背をあげてくれて、背を預けたまま優子の上半身があがる。
「いやそれが……かくかくしかじか」
 引率の先生と化している康之が、経緯を優子に話す。
「ああ、なるほど。子供化したアレナに……早川、ヘル・ラージャ。それからロザリンドか」
 ロビーで合流したメンバーの他、病室の入口からロザリンドがそっと顔を覗かせていた。
「はいそうです。お久しぶりです、優子様。大人数になってしまい、申し訳ありません」
 ユニコルノがぺこりと頭を下げて、お見舞いの品をサイドテーブルに置いた。
 ユニコルノ達が持ってきたのは、涼しげで日持ちのする水菓子の詰め合わせだ。
「ありがとう。こんな遠くまで、来てもらえてうれしいよ」
「さて、娘さんからもお母さんに渡すものがあるようです!」
 康之がアレナを優子の前に連れてきた。
「ゆうこさん、わかばぶんこうのみんなからです。あ、ゼスタさんからでもあるんですけど……どこかにいっちゃって、いっしょにはこれなかったんです」
 その頃、セイニィ達に連れて行かれたゼスぴょんは動物園で子供達と楽しく?過ごしていたとか。
「そうか、折角だからゼスタを地球の家族に合わせたかったんだが……逃げたか」
 優子は軽く笑みを浮かべた。
 カーネーションが鉢植えであることには特に反応は示さず、若葉分校生からの贈り物を普通に喜んでいた。
「果物食べられるかな? 食べきれない分は、家族に持って行ってもらってくれよな」
 アレナのお土産のカーネーションは康之がサイドテーブルに置き、自分からのお土産もその隣に置いた。
「むきます」
「おおっと、カットは俺にやらせてくれ!(危ないからな……)」
 果物に手を伸ばしてきたアレナを止めて、康之は果物ナイフを取り出すと、林檎を手に取った。
「定番はやっぱり林檎のうさぎカットだな!」
 と言いながら、林檎を4つにカットして、皮にナイフを入れるけれど……。
「ん、んん……なんか形が、皮とれないし……」
 悪戦苦闘して、結局。
「なんか狼カットになりました〜」
 それは、ごつごつした林檎の兎カットだった。
 兎というより狼カットだ。
「つよそうなリンゴおおかみさんです」
 出来上がった林檎を見ながら、アレナは楽しそうに言った。
「ちょうど4切れだし、それは子供達にあげてくれ」
 優子がそう言い、林檎は4人の子供達が食べることになった。
「はいどうぞ」
 康之から林檎を受け取り、ユニコルノが呼雪とヘルに渡した。
「わーぼくのは、キツネっぽいよー。こゆきのは、たぬきー。こゆき、ぼくがたべさせてあげる、はいあーん」
「ヘル……病室では大人しくしていないと駄目ですよ」
「あっあっ、ごめんーわかってるよー」
 林檎を取り上げられて、ヘルは口をとがらせた。
「呼雪は自分で食べられますよね」
 ユニコルノの言葉に頷いて、呼雪は狸っぽいうさぎリンゴをしやりしゃりと食べる。
「はい、落さないように落ち着いて食べてくださいね」
「うん」
 ヘルもユニコルノに返してもらって、美味しそうに食べはじめた。
「それで優子さん……ご気分はどうです? いつ頃パラミタに戻れそうですか」
 康之が控え目に優子に尋ねる。
「調子は悪くないんだが、まだ体に麻痺が残っていて、まともに歩くことも出来ないんだ」
 苦笑しながら優子が答えた。
「パラミタには直ぐにでも戻りたいと思っている。しばらくは宮殿の病棟で過ごすことになるだろう。済まないが、助けてくれるか?」
 優子がアレナに視線を向けた。
「はい! ずっとそばでかんびょうします……はやくもどりましょう」
「ここを退院する日が決まったら、俺もアレナと一緒に迎えに来ます!」
 康之が言うと、優子は「ありがとう」と微笑んだ。
「ん? ゆうこちゃん、もうすぐたいいんできるの? よかったね!」
「ありがとう」
 ヘルの言葉にも、優子は微笑みを見せた。
「……ゆーこさん」
 そんな優子の目を、呼雪が小さな目――大きな赤い瞳でじっと見つめた。
 真剣な表情で、何か言いたそうだったけれど、彼の口からは何も言葉が出てこなかった。
 優子が負傷した事件は、地球でもパラミタでも大々的に放送されていて、呼雪も優子が撃たれる姿や搬送される姿を見ていた。
 元気そうにしているけれど、心も身体も元気ではないことを感じ取っていた。
「……だいじょうぶ」
 呼雪は優子の手をとって、そう言った。
 元気になって、あるべき場所に戻った時、また充分やるべき事が出来るようにゆっくり休んで欲しい……。そんな思いを抱いていたが、上手く言葉にすることは出来なかった。
 優子の手がぴくりと揺れて、彼女の瞳がかるく揺れた。
「……ああ」
 そして優子は呼雪に吐息のような返事をした。

 面会は短時間だけと言われていたこともあり、長居はせずに契約者達は優子の病室を後にした。
 しかし、その後も――幼児と化したロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だけは残っていた。
 皆がいなくなってから、ロザリンドは椅子をよいしょよいしょと持ってきて、半ばよじ登るように座って、優子と目線を合わせた。
「ゆうこさん、あまりだいじょうぶじゃないですよね……。
 わたしはなおってげんきなのです」
「そうか、それは良かった。パラミタの事、任せっぱなしですまない」
「パラミタでは、あたらしいおおきなじけんはおきてなくて……いまはなんとかなってます。ただ」
「ラズィーヤさんがいなくなったから」
 こくんと頷いて、ロザリンドは話を続ける。
「しずかさんもたおれてたいへんだったのです。
 らずぃーやさんがかえってきたら、しずかさんにごめんなさいしてもらうのです。
 でも、わたしもみんなにごめんなさいなのです。
 もっとなにかできたはずなのに、あのときもいまもなにがいいのかわからないです。
 ほんとうにごめんなさいです」
 幼児とかしているために、感情がこみあげてきて、ロザリンドの目に涙がたまる。
「あの時、偶然居合わせただけのキミは、皆の為に力を尽くしてくれて、私の事も助けてくれた。
 こうして会話が出来るまでに回復出来たのは、キミ達が私の庇ってくれて、傷を癒してくれたから。
 ……ロザリンド」
 優子は少し自嘲的な笑みを見せた。
「自分ではそう思ってないのかもしれないけれど、居合わせただけのキミは、人を助ける力となった。
 ……私は?
 ラズィーヤさんの護衛として同行した私は――。
 ラズィーヤさんを守ることも、ラズィーヤさんの真意を理解することもできなかった。
 1人でいると、『少しは頭を使うことできませんの?』というラズィーヤさんの言葉が、頭に響くんだ」
「ゆうこさん……」
「私がもっとうまく立ち回り、皆を指揮できていれば……。キミが気づいたラズィーヤさんが稼いだ時間を有効に使えていれば……考え出せばきりがない、が」
 優子の目は死んではいなかった。
 幼子の目ではあったが、真剣な目でロザリンドは優子の目を見つめる。
「振り返ることよりも、前に進むことを考えなければな」
「……はい」
 ロザリンドは頷いて、優子をいたわるような優しい目を向けながら尋ねる。
「いま、なにかしたいこと、やってほしいことありますか?」
「したいことは、鍛錬。そして育成。後世を育てていきたい。
 今回の件で、私は引責辞任を考えもしたが、後任が決まらないきがして、な。
 ロザリンド個人にしてほしいことは、桜井静香さんを支えることかな」
「わかりました……ささえになれるとはいいきれませんが、やります。ゆうこさんと、しずかさんと、みんなと、がんばります」
「うん、ありがとう」
 優子がようやく、ロザリンドに穏やかな微笑みを見せた。
「あ、そうです」
 ロザリンドは鞄をごそごそして、水筒を取り出した。
「ゆーこさんがげんきになるように、のみものつくってきたのです。
 えいよーどりんくとか、び、び、びたみんとか、おにくとか、おやさいとか、げんきになるものいっぱいいれたのです」
 どくどくどくどくと、水筒のコップに飲み物?を注いでいく。
 どくどく毒々しい色の液体だった。
「これをのんではやくげんきになってくださいね」
 笑顔で、ロザリンドは液体を優子に差し出した。
「なんだか、強烈なにおいが……」
 優子の顔色が悪くなっていく……。
「そ、そろそろ面会時間が終わります。お友達も待っていますよ!」
 控えていた看護師が、ロザリンドの手からコップを受け取った。
「そうですか……では、ここにおいておきますね」
 サイドテーブルの上にロザリンドは水筒を置くと、椅子からぴょんっと下りて、よいしょっとまた椅子を持ち上げて片付けて。
「それでは、またぱらみたでいっしょにがんばりましょう」
 ぺこりと頭を下げると、異臭漂う病室を後にしたのだった。