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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●秋の園にて、あなたに祈る

 外は夏、ひたすらに夏だ。
 しかしこの植物園の中は別天地だった。ここでは春夏秋冬、あらゆる季節の植物を楽しむことができる。
 四季を模したドーム型、それぞれのなかに、それぞれの季節が封じ込められているのだ。
 リア・レオニス(りあ・れおにす)たち三人は、現在その『秋』の園にいた。春、夏と回った上での三番目ということになる。 
 散策すればそこは紅葉の秋。ひらひらと舞い落ちるイチョウの葉も目に愉しい。
 空気は涼しく、外が灼熱の状態にあることなどたちまち忘れてしまった。
 リアが願ったのは、なによりも花を見ることだった。
 コスモス、キンモクセイ、菊に萩……秋の花は夏の花とは異なり、どこかはかなげで、せつない。色は比較的淡く、きめ細かいものが多いのも特徴であろうか。
 けれどそこには生命が宿っている。夏の花々のように力強くアピールしているわけではないが、秋の花は内に、たしかな生命力を感じさせる。芯の強さと表現してもいい。
 生命力――それを想うとき、リアの心はあの人に飛ぶ。
 リアが花を捧げたい人は、たった一人だ。
「アイシャにはどの花が似合うだろう……」
 吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)はこの場所にいない。本来であれば、真っ先に誘いたい人であったのに。
 ふたりを阻むものは彼女の容態だった。悲しいことではあるが。
「恋の病には付ける薬はなさそうですね」
 レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)がつぶやいたが、リアは聞いていないようだった。それだけ想いが強いということだ。
 秋の園を一望できる場所には小亭のような休憩所があり、屋根の下には木製の丸テーブルと椅子が用意されていた。ここで誰からということもなく「休憩しようか」という話になった。
「ま、これはいわば景気づけだ。秋らしいものを選んだぜ」
 ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が売店で買ってきたのは缶入りの珈琲だ。もちろんホットである。
「実際は秋じゃないんだけどね」
 リアはひとつを受け取った。
 手の中で缶が温かい。少し熱いくらいだ。
「いいじゃないですか、それもまた一興です」
 レムテネルは笑って、プルリングに指をかけた。
「じゃあまあ、口を付ける前に祈りを捧げるというのはどうだ?」
 ザインが言うと、リアは寂しげな笑みを浮かべて言った。
「そうだね。……祈ろうか、アイシャの回復を」
 しばし三人は黙祷した。
 ――心や絆には力がある。不思議な力が。
 リアはそう信じている。
 その力は、きっと病を癒すものになるだろう。リアは毎日のように見舞いに通って、アイシャに力を分け与えられるよう尽くしてきた。それが実を結ぶことを念じたい。
 やがて彼らは珈琲を口に運んだ。
「悪いな、暗くさせちまったか……」
 ぽつりとザインが言うも、リアは静かに首を振った。
「嘆いてばかりいても仕方がない。彼女の容態が、より悪化していないことだけでも感謝しないとね」
 そんなリアの姿勢を評価したのだろう。レムテネルは微笑を浮かべうなずいて、カバンから携行品を取り出した。
「さて……風光明媚なこの場所で、いかがです? 一勝負」
 折りたたみ式のチェスボードだった。使い込まれたもので、盤の角は丸みを帯びている。ケースから取り出された駒も同様だ。木製だが、ところどころ塗装が剥げていた。けれど大切に扱われたものらしく、いずれにも目立った傷はない。
「チェスか」
 ふっとリアは相好を崩した。
「ではリアが対戦の一方を務めるということで。ザイン、やってみますか?」
 駒を並べつつレムテネルが水を向けたが、
「いや、俺はどうも気が短いせいか、じっくり考えるゲームは苦手でね……って、知ってるだろ? 見物させてもらうとするさ」
 ザインはぱたぱたと手を振ると、両手を組んで頭の後ろに置き、柱に背を預けた。
「では私がリアと対戦するとしましょう。クイーン落としにしましょうか?」
「冗談、ハンデなんかいらないよ。最近じゃけっこう良い指し手になってきたと思うんだ、俺も」
「結構。手加減はなしですからね。いつも通り」
「それで頼むよ。よし、今日こそレムに勝つぞ」
 ぐっと気合いを入れてリアは座り直す。
「その意気です」
 真夏だけれど秋の園、その中央でいま、静かな戦いが幕を開けた。
 ゲームに集中しながらも、なおリアの心の半分以上は、アイシャのもとにある。
 アイシャがここにいてくれたなら――そう想いながら、駒を動かした。
 リアが願うのは、ただひとつ、そのことだけだ。