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思い出のサマー

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●ロックフェスの季節

 夏、それはロックフェスの季節!
 本日、空京のライブハウス『The Masterplan』を中心に、隣接する二つのライブハウスとの合同開催による真夏のロックフェス『パラフェス2024』が開催されている。
 登場するバンド・アーティストは全部で十八組、正統ロックンロールからパンク、メタル、あるいはアイドル、そしてテクノ系まで、幅広いラインナップが揃っているのが魅力だ。
 もちろん三つのハコ(=ライブハウス)に一斉にバンドが出るわけで、「アレの裏はコレ」「コレとソレが同じ時間帯だから一つを諦めなければならない」といった制約があるわけで悩ましいが、それで悩むのもまたフェスの醍醐味なのである。超満員札止め入場制限がかからない限りは途中入退室も自由なので、「あのバンドの前半だけ見て、後半はこっちのシンガーに移ろう」といった高度な楽しみ方も可能だ。
 ライブハウスと言ったが、その規模はかなり大きい。メインの『The Masterplan』はオールスタンディング状態で1300人以上の収容が可能で、二番目の規模の『Be Here Now』だって700人は入る。マニアックなミュージシャンや新人が中心となる『Heathen Chemistry』は200人規模だった。
 数々のバンドが伝説を作り、聴衆に夢を与えてきたこの日、昼から始まったフェスもいよいよ大詰め、深夜に近い時刻になって『Heathen Chemistry』のトリを飾るバンドが登場した!
「うわ、すっっげえ!」
 怒号のような大歓声に迎えられ、ステージに上がった狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は、ぐるっと客席を見回して血をたぎらせている。
 乱世を包むのは、トレードマークとも言えるレザー地の衣装、チェーンにスタッドで完全武装されている。露出部分は多いが気にしない。傷もあるがそれは勲章だ。斜めに被った改造学帽の中央には銀製の髑髏が、ビシバシグッと光っている。
「おいおい、超満員じゃねぇかよ!」
 マイクをつかんでスタンドから引き抜き、乱世が吼えるがごとく言い放つと、怒号はさらに地鳴りへと変化した。
 今回、乱世は結成したばかりのニューバンドを率いてこの場にある。バンド名が『狩生乱世バンド(仮名)』というのも、まだ発展途上である証拠だ。
 以前所属していた重低音ハードロックバンドは解散してしまったが、昔取った杵柄、まだアルバムのひとつも出していないバンドであるにもかかわらず、第三ステージとはいえトリを飾り、しかも、期待を胸に集まった大観衆で超満員札止めの状況となっていた。メインステージ『The Masterplan』でないのは残念だが、そこだって射程にあるといっていいだろう。
 乱世に導かれ現れたメンバーも、なんともものものしい風貌であった。
 邪悪臭をぷんぷん振りまくゾンビのようなすごいパラ実生はベースを握り、そして、鉞(まさかり)のようなモヒカンヘッドはドラムキットの後ろに座った。
 だが一人、ほとんどイメージがかぶらないメンバーもいる。グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)がそれだ。
 グレアムは貴公子のような姿を未来的な衣装につつみ、光を放つギターキーボードを抱えている。
 グレアムは一歩引いた立ち位置から、沸き返る客席とこれを睥睨する乱世の背を見つめた。
 乱世たった一人が音楽という目に見えない力で、これだけの観客を熱狂させているのだ。
 ――こういう経験ははじめてだが、僕も最近「音楽」というものに興味が出てきたところだ。
 グレアムのステージ装束は他の三人とは同系列ではない。しかし存在感という意味なら満点で、しかも並んで立てば、他のメンバーとも不思議に調和していた。
 ドラムのカウントがはじまったかと思いきや、怒濤、とにかく怒濤、爆発的な音楽が鳴り出した。うねりをあげるベース、切り裂くようなギター、殺傷力に長けたドラム、そして乱世のグロウル! まるで悪魔の行進曲だ!
 グロウルとは単純にいえば極端な濁声。
 濁声を美しく聞かせる音楽と言えば、これしかない!
 ハードコアなデスメタルだ!
 ただうるさいだけの音楽ではない! 断じてない! それは乱世のヴォーカルラインが確かに安定しているという理由もあるが、グレアムのキーボードが、美旋律をたくみに奏でているからであろう。
 乱世は歌う! 吼える!
 美醜が混じり合う魂の叫び。これが芸術でなくて、何だ!?
 以下、歌詞の抜粋だ!

「強靭! 轟沈! 粉砕! 爆砕!

 弱肉強食 狼が吠え豚を食う!
 そんな格差社会にドロップキック
 正直者が馬鹿を見る
 そんなフザケタ世の中に延髄チョップ

 24時間臨戦リベンジ
 下剋上カウンターパンチ

 お前のビッグマグナムで
 さまよえる青いゾンビの臭い脳髄撃ち抜け

 VOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 最後の特大グロウルで、ライブハウスは誇張ではなくぐらぐらと上下に揺れた。
 曲の合間に乱世は叫ぶ。
「テメェらもっと叫べ! 拳を上げろ!」
 狂乱の叫びが巻き起こる、何千にも見えるほどの力強い拳が打ち上げられる。
「ヘドバンだヘドバン! 頭振れ!!」
 乱世には誰も逆らえない! ハードコアな客たちは、首がもげるほどにヘッドバンギングの嵐を巻き起こした。まるで風車だ。風車が何百も大暴れしている。
 狂獣のごとき演奏が次々と繰り出され立て続けに観客を燃やし、これ以上続けば全員討ち死に……となりかけたとき、グレアムが中央に立ちソロ演奏をはじめた。
 それは、ヘドバン疲れした身を癒すような極上のメロディ。
 つまびくは『エール・ド・レーヴの愛の歌』をサンプリングしたアンビエント・テクノサウンド。血管にしみこんでくるような、そして血のなかでぷちぷちと気泡を弾け消させるようなメロディにリズムだ。
 無機質な電子音の海の中、ときおり響く癒しの歌声があった。

 小鳥たちは大空を舞い
 子供たちは草原を駆け
 この思いは胸を溢れて 歌声は風にこだまする


 この歌声は、アイビス・エメラルド(アイビス・グラス)のヴォーカルをサンプリングしたものだ。しなやかな素の歌声が、グラスファイバーのような存在へと姿を変えている。
 都会のビル街にひっそりと妖精が舞い降りたかのような、元曲とは違った趣を見せている。
 乱世のステージとは対照的に、最初は静かだった観客席が、次第に表情を変えてゆく。操られるように音楽に魅せられ、心よりも体が先に動き出すかのようであった。
 ――これが「音楽の力」なのか……。
 グレアムはたしかにこのとき、これを知った。
 グレアムがそっと音を閉じ、中央からさがって定位置に戻ると、リフレッシュした表情で乱世が前に踏み出した。
「やるじゃねぇか」
 と言って乱世は、グレアムの肩に手を置いた。
「さあここからラスト、そしてアンコールに向けて突っ走るぜ!」