リアクション
第2章 よるのドキドキたいけん
1日目の夜の自由時間。
子供達は大人達の目の届く範囲で、自由に遊んでいた。
千返 かつみ(ちがえ・かつみ)とパートナー達は、パートナーのうちノーン・ノート(のーん・のーと)だけ幼児化しなかったため、ノーンが皆を引率する形で、川原に散歩と肝試しに訪れていた。
「お化けがでるかもしれないぞー」
ノーンは魔道書で普段は本の姿だが、今日は183cmの中肉中背の男性の姿をしていた。
「おばけおばけー」
3歳児と化した千返 ナオ(ちがえ・なお)はにこにこ笑みを浮かべながら、お化けを探している。
「おばけあえるかな? こわいけどあってみたいな」
5歳児と化したエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)も、興味津々といった表情で辺りを見回している。
「お化けに、食べられちゃうかもしれないぞ」
悪戯気にノーンがそう言うと、ナオは目を大きく開いて驚いた。
「え? たべちゃうの? おばけいやー!」
そしてノーンにぎゅっとしがみつく。
「たべない、よね?」
エドゥアルトは眉を寄せて首をかしげた。
「どうかなー? ほら、迷子になるからちゃんと手をつなげ」
そう言って、ノーンは2人に手を差し出した。
「うん、ノーンと手つなぐ」
こくんと頷いて、エドゥアルトはノーンと手を繋いだ。
「まいごになりたくない。ノーンとて、つなぐー」
ナオもぎゅっとノーンの手を掴む。
「かつみは? ……いいの?」
エドゥアルトは後ろを歩いているかつみを気にかける。
ノーンの手は2つしかないから、自分とナオが繋いだらかつみは繋げなくなってしまうのだ。
「おれはひとりでだいじょうぶ!」
5歳時と化したかつみは胸を張って言う。
「おばけがでたらやっつけてやる。みんながまいごにならないよう、ここからみてるから!」
そうしてかつみはノーンたちの後ろを歩いていく。
「……あっ、なんかひかった、お、おばけ?」
小さな光が目に入り、ナオは驚いてノーンの手を強く握りしめた。
「またひかった……ちいさな、やさしいひかり。……えっと、ほたる?」
エドゥアルトがノーンを見上げて訊ねた。
「ああ、そうだな。ほんの少しだが、蛍が生息しているようだ。
静かにしてないと、蛍は逃げちゃうんだぞ」
「そうなんだ……しー、だね」
「しー、だね」
エドゥアルトとナオは静かに目を凝らして蛍を探す。
そして小さな光を見つけると、顔を合わせて微笑んだ。
「よし」
皆の後ろを歩いていたかつみは、脱げた靴を履き直していた。
「……あれ?」
顔を上げたら、さっきまで前にいたはずの皆の姿はなく、声も全く聞こえない。
「お……おれ、ひとりになっちゃった……みんな、どこいったの?」
周りには街頭もなくて、左側には川、右側には林があるだけだった。
「も、も、も……しかして、おばけにたべられた!?」
ぴゅっと風が吹いて、草木が揺れた。
「なんかうごいた!? やっぱり、おばけだ……きっとおばけがみんなをたべちゃったんだ」
かつみは震えながらも、ぎゅっと拳を握りしめて大声を上げる。
「こらー! おばけー! みんなをかえせ、かえせってば!!」
「ん? かつみの姿が見えなくなったが、声は聞こえるな」
2人の手を引いたまま、ノーンは振り向いた。
直後に、かつみの声が叫び声に変わる。
「どうした!?」
ノーンは急ぎ、声のする方――来た道を戻る。
「おばけ、おばけってさけんでるよ、どうしたのかなっ」
「おばけ、いたのかな?」
ナオとエドゥアルトは驚きながら、ノーンと一緒に走る。
「みんなをかえせー! かーえーせーーーーー!」
……角を曲がった先。すぐそばにかつみはいた。
「かつみ!」
ノーンが名前を呼んで駆け寄ると、かつみはぺたんと地面にお尻をついた。
「どうした……ってそうか。私たちが食べられたと思ったのか……一人で怖かったな」
ため息をついて、ノーンは微笑んだ。
「こわかったの? みんないるよ」
エドゥアルトが屈んでかつみと目をあわせる。
「怖くなんかないんだから……怖くなんか……」
かつみは、ぽろぽろ目から涙を落としていた。
「もうだいじょうぶなんだよ。だからなかないで」
言いながら、エドゥアルトも泣き出してしまう。
「……どうしたの? いたいの?」
ナオはかつみのそばに座り込んだ。
「いたいのとんでけー、ないちゃだめー」
大きな声で言って、ナオもつられて泣き出してしまった。
「いたくないし……怖くない、怖くないんだ……っ」
言いながらもかつみの目からは大粒の涙が落ち続けていた。
「まったくこの意地っ張りめ」
「なかないでー、わーん」
「だいじょうぶー、ふえええ」
「こらこら、なんでナオとエドゥまで泣いてるんだ」
子供達は大合唱で泣き出してしまい、ノーンはしばらくその場で苦笑していた。
少しして、ちょっと落ち着いてから。
「かえりは、かつみがノーンとてをつないで」
エドゥアルトがそう言うと、かつみは「おれはだいじょうぶ……」と首を左右に振る。
「ほら」
ノーンはナオと、目をぐしぐし擦っているかつみの手を握った。
「こうして、かつみのて、つないでるから。みんなでかえろう」
エドゥアルトはかつみのもう一方の手を握りしめた。
ようやくこくんとかつみは首を縦に振ると、皆と一緒にコテージへと歩き出す。
雲の間から月が顔を覗かせて、帰り道を明るく照らしてくれた。
○ ○ ○
「アディみて、かわがとってもきれい! おさかなさんみえるよー」
「ほんとですわ、きれいです。おさかなさんもたのしそう」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と、
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、今回は2人共幼児化して、林間学校を楽しんでいた。
さゆみは4歳くらい。アデリーヌは5歳くらいの外見だった。
「おさかなさん、つかまえよー!」
「さゆみ、ぬれてしまいますわよ」
「だいじょ……」
水の中に手を入れようとしたさゆみは、水面に映っている自分の姿と、隣にいるアデリーヌの姿に気付いた。
「う……ぶ……」
答えながら、ずーんと沈み、だらりと肩を落とした。
「……まけた」
「どうかしましたの? さっきから」
薬を飲んで幼児化した直後から、さゆみは時々『負けた』と口にして沈んでいるのだ。
「なんでもなーい、えーいえーい」
だけれどすぐに元気を取り戻して、さゆみは水をばしゃばしゃかき混ぜていく。
さゆみは可愛らしいイメージで、イタズラな表情が印象的な幼女だった。
対してアデリーヌは、幼女なのに美しいという表現が合う容姿をしていた。そう、後年の美貌を予期させるような美しさだった。
幼児化した直後にうちのめされて、沈んでしまっていたさゆみは、水面に並んで映った自分達の姿を見て、またもや軽く落ち込んでしまったのだ。
でも、綺麗で可愛い彼女と一緒に遊べることがとても嬉しくて楽しくて、直ぐに気を取り直して自然を観賞したり、山菜を採ったり、こうして川で遊んだり、子供らしく楽しい時間を過ごしていった。
そして夜。
星空観察、蛍見学も存分に楽しんでから、2人はお風呂に入ることにした。
……というか、2人が戻った時には、お風呂の時間はとっくに終わっていた。
引率の大人たちが星座について子供達に教えている間に、空の星座を追うようにさゆみは歩き出して、皆から離れてしまい……1人またもや遭難しかけたのだ。
そのため、集団で入るはずだった大浴場には入れず、2人は貸切の家族風呂に入ることになった。
体を洗って湯船に入って、顔を合わせると2人は微笑した。
互いにちょっと疲れた顔をしている。さゆみが遭難しかけたためだ。
「もう……さゆみったら」
アデリーヌが少しだけ咎めるような顔で言うと、さゆみは穴があったら入りたい気分になり、思わず顔まで潜ってしまいたくなったけれど……。
「えへへへ。そういえばさ」
恥ずかしげに笑った後、はぐらかすように全く関係ない話をしだした。
「あしたははやおきして、ラジオたいそうやるんだって。スタンプもらえるのかな?」
「スタンプ?」
「たくさんためると、ごほうびもらえるんだよ!」
「そうなのですか? たくさんためるにはどうしたらいいのでしょう」
アデリーヌは不思議そうに首をかしげた。
「まいにちでたらいいんだよ」
「でも、このりょこうでは1かいしかやりませんわよね」
「うーん、1こでももらえるかな? 1かいでもかいきんしょー♪」
「ふふふ、もらえるといいですね」
そんな他愛無い話を、2人は子供の姿で楽しそうにしていく。
今、こうしている瞬間がとても大切だった。
寿命の差で、さゆみが先に逝ってしまうことは決まってしまっている。
永遠に一緒にいられないことは判り切っている。
はしゃぎながら、幼い心ながら、さゆみはそれを悟っていた。
「……」
はしゃぎ、楽しんでいる彼女と共に微笑みながら、アデリーヌには、さゆみのそんな繊細な気持ちも伝わってきていた。
(ずっといっしょにいきられないことはわかってる……おもいで、だけは。ふたりのおもいでだけは、のこしたい)
(そんなことはおもわないで。わたくしだけみて……)
笑顔の中。
楽しい会話をしながら、二人の目には切なげな色が浮かんでいた。