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ホタル舞う河原で

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ホタル舞う河原で
ホタル舞う河原で ホタル舞う河原で

リアクション

 夜祭りからの帰り道で、妻の高円寺 柚(こうえんじ・ゆず)が手にしている物を見て。
「……それは、やはり買いすぎじゃないのか?」
 高円寺 海(こうえんじ・かい)はぼそっとつぶやいた。
「そう?」
 言われてあらためて自分の持っている物を見る。
 わたあめ、りんごあめ、焼きトウモロコシ。ヤキソバに、イカの姿焼きに、べっこうあめに、お好み焼きに、玉子焼きにと、多種多彩な夜店の食べ物が入った袋を下げていた。
 もちろんこれを全部柚1人で食べるわけではない。家に帰って、あらためて海と食べるのだ。
 柚は目をぱちぱちさせ「んー?」と唇に指を添えて何か考え込む様子を見せたあと。
「お祭りってやっぱり楽しいから、いろいろ買い込んじゃうんですよね!」
 と屈託なく笑った。
 あまりに柚が幸せそうに笑うものだから、海もそれ以上言えなくなり、ふーっと息を吐く。そして手を差し出した。
「こっちへ渡せ。オレが持つ」
「え? でも」
「柚はこっちを持っていろ」
 半ば強引に柚の持っている袋を取って海が渡したのは柚のきんちゃく袋だった。
「海くん、私半分持ちますっ」
「いいから。さっさと行くぞ」
 柚が両手で持っていた荷物は、海の左手だけで収まってしまっていた。空いた右手を差し出されて、柚はその手を握る。
 そのまま手をつないで歩いていると、何かが柚の視界を横切った。
「どうした?」
 ぴたりと足を止めた柚に海が訊く。柚はきょろきょろ辺りを見回して、右手の川の方で「あ!」と声を発した。
 柚の面に笑顔がほころぶ。
「見てください、海くん。ホタルです」
「ん?」
 柚が指し示す方を向くと、柚の言うとおり草の間をホタルらしき光がちらちら舞っているのが見えた。
「ずっと歩きっぱなしですよね。近くに行って見てみませんか?」
 座って、ホタルでも見ながら休憩しましょう。


「草がすべるから気をつけろ」
「はい」
 下草の生えた斜面を海の手を借りて下りる。
 柚は、行き返りの夜道用にと持ってきていた懐中電灯を消して、月明かりと先導する海の手を頼りに草むらを歩いた。柚の近くの草からふわりとホタルが空へ浮かんで、宙を漂うように飛ぶる
 明滅する、か細い光。
 それは地上の星のよう。
 川の水面へ目を向けると、満天の星と地上の星が合わさったそこに月の光が作用して、光の川ができていた。
 幻想的なその光景に、柚は足を止める。
 海は、柚がすっかり見とれているのを見て、その場に腰を下ろした。
「ここで休憩しよう」
 柚を足の間に入れ、海は後ろに手をつく。柚は立てられた海の右足にもたれて川の水面を舞い飛ぶホタルを見ていたが、あるとき川を渡ってきた夜風にぶるっと身を震わせるのを見て、身を起こした海が背中を抱き寄せた。
「こうしていれば少しはマシだろ」
「海くん……とってもあたたかいです」
 ぴたりと背中にくっついた海の胸から伝わってくるぬくもりを感じながら、前に回された海の腕にそっとほおをすり寄せる。
「ねえ海くんは、地球でホタルを見たことありますか?」
「ああ、何度か。部活の合宿は、夜遅くまでやっても近所迷惑にならないように、大抵の場合が田舎の学校でだった」
 答えたあと、ふと思いあたる。そういうことを訊くということは。
「柚は? ないのか?」
「はい。実はないんです」
「都会っ子だな」
 くすっと笑いに胸が震えたのが分かった。
「まあ。海くんは違うって言うんですか?」
「暴れるな。せっかく静かにして、寄ってきていたホタルが逃げるぞ」
 海に言われたわけではないが、言うとおりだったので、柚はぽかぽかたたこうとしていた手を下げて、ひねっていた体を元に戻し、あらためて海の胸に背中を預けた。
 そうして、下から海の横顔を見上げる。
(かっこいいなぁ……海くん)
 結婚して大分経つけれど。やっぱり、やっぱり、見惚れてしまう。
 じっと見つめる柚の視線に気づいたように、海が視線を下げて柚を見た。そのまま顔が下がってきて、キスをする。そして、閉じていた目を開けば、いつの間にか柚は仰向けになって、舞い飛ぶホタルを背景に自分を見下ろす海を見上げていた。
 海くん、と。
 名前を呼ぼうとして開いた唇に、海の唇が下りてくる。そのまま倒れるように横になった海と至近距離で顔を合わせて見つめ合った。
 ――愛しています。
 声にならないつぶやき。唇の動きでそれと読んだのか、海は顔をなぞる柚の指を取り、指先にキスをした。
 そのまま絡めた指から伝わってくるぬくもりが、ひたひたと柚の胸を満たしていく。
 満たされる喜びに包まれながら、柚は海のとなりで目を閉じた。