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リアクション
●勝負球
振りかぶる。
この瞬間が好きだ。
集中力と緊張感と、アドレナリンが頭の中を駆け巡る感じ。
そして投げる。汗を吸い込んだ白球を、キャッチャーミット目がけて。
投球コースは頭のなかで組み上がっている。イメージコントロールは完璧。
監督からのサインも最高だった。『思いっきりやれ』だもの。そうこなくっちゃ!
剛速球は唸りを上げて、目指すミットに突き刺さった。球が駆け抜けたその軌跡を、完璧に遅れてバットが掠めていった。
「ツーストライク!」
ボールスリーの状態からここまで持っていった。相手は強打者、昨シーズンのホームラン王で本日も絶好調、なんと本日は全打席安打と来ている。
ヒリヒリするような空気の中ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、この試合を楽しんでいた。満場の客席の誰よりも、敵味方含めた選手の誰よりも楽しんでいるという自信もあった。
――次で決める!
心のなかで己に、敵打者に、満場の客席、テレビ観戦中のファン……そのすべてに誓う。
世界が平和になってから三年。
百合園女学院を卒業して、ミューレリアは野球の道へ進んだ。
もっと世界を冒険するのも、学校に残るのも楽しそうだとは思ったものの……じっくりと自分に問いかけた結果、そのすべてより野球が好きだと悟ったのである。
――それに、ドージェと約束したしな。もう一度野球をしようって。
となれば負けっぱなしじゃいられない。世界最強の野球選手になって、今度こそアイツに勝たないと自分じゃない!
そう決めてから彼女はひたすら、シャンバラプロ野球ことSPBで自己研鑽に励んだ。所属チームはヴァイシャリーガルガンチュア、わずか一年で彼女は、右に出る者なきエース投手となった
会場中の視線が集まっているのを感じる。
優勝がかかった一戦、衛星中継もされているから、きっと世界的な注目も浴びているだろう。
このときミューレリアが思ったのは、勝利への執着ではなく自身の半生だった。それも、本格的に野球の道に入るより前のことだ。
――百合園へ入学する時は、とにかくでっかいことをやって親父を見返すんだってことばかり考えてた。
けどまさか――とここで唇の端が上がってしまう。
まさか、世界を救うなんてでかすぎることをやるとは思わなかった。
とはいえおかげで、ミューレリアの父、彼女に言わせれば「頑固親父」もついに認めた。
「お前はもう一人前だ。自分の道を自由に進め」
その一言だけを告げ、以後は本当に、何一つ干渉してこなくなった。
以後の活躍は、先に述べた通りだ。
現在、試合は九回裏、ツーアウトにして満塁、一打が出れば逆転負けという状況だ。
「さて……」
ミューレリアはボールをぐっと握った。
こんな状況にもかかわらず、負ける気はこれっぽっちもなかった。
――楽しいこと、悲しいこと、嬉しいことに辛いこと。色んな思いが私のボールには込められている。私一人じゃなくて、チームが、友達が……パラミタで出会った皆が支えてくれる。
この手に握ったボールには、彼女のすべての過去が、輝く今が、これからの未来が詰まってるのだ。
それを投じてどうして、負けることなどありえようか!
振りかぶった。
この瞬間が、好きだ。
集中力と緊張感と、アドレナリンが頭の中を駆け巡る感じ。
「さあ、行くぜ! これが私の! 未来を切り拓く一球だぜ!」
勝負球はもう決めている。
ミューレリアがまだ学生だった頃、百合園の皆と一緒に鍛え上げた自慢の一球。
「いっけええええっ!!」
この日最高の投球が、ミューレリアの手から放たれた。
螺旋回転するボールだ。ドリルのように。
そのため空気抵抗は限りなく少なくなり、打者からすればホーム直前で、ボールが伸びたような感覚を与える。
それがジャイロボール。しかもこのとき放たれたのは、渾身の、史上最高のジャイロボール!
打者のバットが空気を切り裂いた。木目がボールに迫っていく。
当たる、と思われた瞬間にはもう、ボールはその先を進んでいた。
バズンッ!
爆発音のような音と共に、白球はミットに沈んだのである。
打者は勢い余って膝を付き、それでも止まらずに上半身を傾けた。息が荒い。空振りの悔しさよりも驚き、もっといえば『今見たものが信じられない』とでもいうかのような表情をしている。
ミューレリアは両腕を頭上に振り上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
地鳴りのような大歓声が彼女を包み込む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
この日、シャンバラプロ野球界にまたひとつ、歴史的場面が誕生した。