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 空京の謝恩会会場に、続々と若者達が集まっていた。
「クロークは入って右にある。コートや荷物はそこに預けてくれ」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、訪れた若者達を案内するために、入口に立っていた。
 空京大学に所属していることもあり、現地スタッフとして志願して、準備に力を注いでいた。
 卒業生達から集めた資金で運営されるため、そこまで豪華な会には出来ないが、限られらた予算の中で、最大のもてなしが出来るよう努力したつもりだった。
 会場の警備マニュアルの作成、空京警察との連携、避難路の確認などの準備も余念なく行ってあった。
 会場には既に、数百人の若者が集まっている。
「……ん?」
 訪れた知り合いを見て、レンは軽く眉をひそめた。
「よく来たな。スピーチの準備は出来ているか?」
「スピーチ? ……トイレで考えるよ」
 苦笑しながら、その人物は会場へと向かっていく。

 若者達が次々と入場していく。
 そんな中に現れた神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、男性貴族の礼服を纏っていた。
 髪型も女性としては短めのショートヘアに。
 アクセサリーは全くしていないが、凛々しく強い存在感があった。
 思わず近くにいた者は、道を開け。
 お喋り好きな少女達の喋り声が止まり、熱い視線が集まっていく。
 そして、優子の隣には、魅惑的なドレスを纏った崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の姿があった。
 皆の視線は亜璃珠にも注がれる。値踏みするような視線だ。
「イメージチェンジか」
 会場の警備に当たっていたザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)が優子に声をかけた。
「いや、そういうつもりじゃなかったんだが……。亜璃珠が勝手に」
「とても似合ってるでしょ」
 少し困ったような表情でい言う優子の隣で、亜璃珠は満足気に笑みを浮かべている。
「確かに、似合ってはいる」
 ザミエルのその言葉に、優子は頷いた後、亜璃珠に目を向けた。
「じゃ、行ってくる」
「ええ、また後で」
 軽く微笑み合うと、優子は上座の方へと向かっていく。
 亜璃珠は優子を見守った後、百合園の友人達の元へと歩いていった。

「ふふ、ごきげんよう鈴子さん。卒業式お疲れさまでした〜」
 百合園生に囲まれていた桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)の元に、百合園の制服姿の雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が姿を現す。
「あーあ、これでもうこの制服ともお別れなんですねぇ……可愛かったのに、残念」
 リナリエッタは晴れきった笑顔を鈴子に向けていた。
 数日前まで、色々悩んでいた彼女だけれど、そんなことは一切感じさせないような明るい笑みだった。
「鈴子さんの制服姿も、もっと見たかったわぁ。ほとんど着ないんだもの〜」
「写真なら、いくつかありますわ。今度見に来ます?」
「え? マジマジ? いくいく、いきますわぁ」
 笑い合った後。
 リナリエッタは少し真剣な表情へと変わる。
「そうそう。元生徒会長にOG会のお話したんですよ」
「ええ、軽く聞いています」
「あ、そうよねぇ。2人親友だしぃ? で、何をするでもない、ゆるゆるな会ならOKだそうで」
 言った後、リナリエッタは目を輝かせた。
「というわけで、初代白ゆる会合コ…お茶会セッティング担当、雷霆リナリエッタを宜しくお願いしますぅ。短大生活が楽しみですねぇ……」
「リナさん……進学決めたのですね」
「え? ああ、はい」
 鈴子の問いに、大きな感情は表さずにリナリエッタは答える。
「私、短大に進学することにしました。よろしくお願いしますねぇ」
「ええ、これからもよろしくお願いいたします。……でも、ゆる会の合コンの手伝いはしませんよ?」
 笑いながら小声で、鈴子はリナリエッタにこうささやく。
「そういうのは、百合園関係なく、ですね」
 それにしても、と。
 鈴子は舞台近くにいる、優子に目を向けた。
「似合いますね、ああいう格好も。女性のファンが増えそうですわ」
「凛々しい顔立ちで、あれくらいの身長のすらりとした体格の男性が鈴子さんの好みなのかしらぁ?」
「そうですね、素敵だとは思いますが……身長はリナさんくらいが理想的ですね」
 長身のリナリエッタを見上げて、鈴子は微笑んだ。

 卒業生代表による開会の挨拶の後、謝恩懇親会が始まった。
 会場には、数百人の若者と、学園の教職員や、貴族、政治家が集まっていた。
 無数に設けられたテーブルで、会話と食事を楽んでいき。
 音楽の変更などを切欠にテーブルを変えて、若者達は恩師に感謝を述べたり、人脈作りに精を尽くしていく。
「この辺りで一曲、弾かせてもらうわよ!」
 マイクを手に取ったのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。
 隣には、バンド仲間の熾月 瑛菜(しづき・えいな)の姿もある。
 会場の演奏はほぼ、2人で担当していた。
 懇親の邪魔にならない静かな演奏がメインだが、こうして時々、ライブも行っている。
「お世話になった、先生たちに贈る曲を。旅立つ卒業生たちを送る曲を!」
「弾かせてもらうわ!」
 ローザマリアと瑛菜は顔を合せて頷き合うと、マイクをセットし、瑛菜はリードギター。ローザマリアはリズムギターを奏でていく。
 二人が奏でた曲は、リズミカルな明るい曲だった。
 教職員、来賓は手拍子を。
 若者達は手を振り、声援を送っていく。
 息もピタリと合ったWギターによる、心を高揚させる音楽が会場に響き渡っていく。
 年若い子も多い為、酒類は一切ない会場だけれど、飲み会の席よりも会場は沸いていた。
 その曲が終わった後。
 ローザマリアはマイクを手に取った。
「瑛菜。私は、貴方とのバンドが好き。瑛菜と弦を爪弾いている時、私の心も魂も震える。貴方となら、パラ実どころかパラミタ大陸だって――いいえ、世界だってシメられると信じてる。まだまだ発展途上かも知れないけど、それでも……瑛菜は、私とこれからもずっと、バンドを組んでやっていってくれる?」
 ローザマリアの問いに、瑛菜は静かにマイクをとった。
「勿論ッ。あたしは歌が好き。ギターが好き! ローザとこうして演奏するのって、めちゃ気持ちいいー!」
 言った後、瑛菜はローザマリアにハグをした。
 ローザマリアは抱きしめ返して、感動を現した後。
「それじゃ、ラストのナンバー行くわよ! Are you ready? ――All right! Rock’n Roll!」
 ローザマリアの声が響き渡り、会場が沸き立って。
 曲が、瑛菜の歌が始まった。

「パラミタの学生らしい会になったな」
 レンは飲み物を載せたトレーを手に、来賓席のラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に近づいた。
「そうですわね」
 ラズィーヤは、ノンアルコールのシャンパンを受け取る。
「もうすぐ、神楽崎のスピーチだ。……楽しみだな」
 にやりとレンは笑みを浮かべる。
「こういう場での優子さんは、堅苦しくてつまりませんわ。そつなくこなすと思いますけれど……。パラ実生へのスピーチは面白そうですわよ。内心、びくびくしているでしょうから。言わせてみたい言葉、ありましたのに」
 ラズィーヤは少し残念そうだった。
 会も終わりに近づいて、卒業生から教職員や来賓に感謝の言葉が贈られていく。
「百合園女学院の短大を卒業いたしました、神楽崎優子です。本日は、お忙しい中、お越しいただけましたことを感謝いたします。お蔭さまで、無事卒業式を終え、私たちは次なる道へと歩み始めます――」
 神楽崎優子の立場は微妙だが、彼女も学生として、恩師や来賓の方々への感謝の言葉を述べた。

 主催の学生から閉会の挨拶があり、一先ず会が終わった後。
 若者達は友人や、この会で知り合った者達と二次会へと向かっていく。
「スタッフの打ち上げに呼びたいところだが、二人とも予定があるだろうからな」
 警備に当たっていたザミエルが、ラズィーヤと、共にいる優子に言った。
「今度は必ず付き合えよ」
 そう笑顔で言うザミエルに。
「素敵なお店で楽しませてくださるのでしたら」
 と、ラズィーヤは答え。
「都合がついたら、皆と是非」
 優子はそう答えた。
「では、楽しい会をありがとうございました」
「今日はありがとう。お疲れさま」
 ラズィーヤと優子は、会場を後にしようとする。
「お疲れ。……そうだな、最後に私からも言葉を贈ろう」
 ザミエルはそう言うと、優子に……そして、まだ残っている者達に語った。

「これから先どんな道を歩んでも歩みだけは止めちゃいけない。
 諦めはそのまま結果に繋がる。
 納得した人生を歩みたければ歩き続けろ。仲間と共に・・な」