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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

リアクション

 キャバクラ『ひまわり』を後にしたミツエ達が午後になってさらに賑わいを増した通りを歩いていると、奇妙な看板を目にして足を止めた。

『軍師あります。皇帝様先着一名限定』

 看板の向こうには生花で派手に飾り立てられたテント。
 怪しい、と思っているとテントの奥から節のついた声が漏れ聞こえてくる。
「沽らんかな、沽らんかな。我は賈を待つ者なり」
 どういう意味、と尋ねるミツエに、
「川の名前だろ」
「からかっているのでしょう」
 と、孫権と劉備がそれぞれに返す。
 しかし次の瞬間、テントから出てきた人影に曹操が驚きの声をあげた。
「関羽か!」
 劉備の目もこぼれそうなほどに見開かれる。
 ずーっと携帯着信拒否をされている関羽によく似ていた。
 けれど、その人物はゆったりと首を横に振る。
「それがしはうんちょう タン(うんちょう・たん)と申す者。かのご高名な関羽殿とは別人でござる」
 落胆する劉備と曹操に代わり、孫権がうんちょうに質問をした。
「この看板はなんだ? お前がその軍師か?」
「いいえ、それがしはただの店番。軍師殿にお会いになられるなら中へ」
 入り口へ誘うように手で示すうんちょう。
 孫権はミツエを振り返った。
「ちょっと様子見てくる」
 言って、さっさと中へ入っていってしまった孫権を、劉備と曹操も急いで追っていった。
 かつての王城の一室を思わせるテントの中、三人を待っていたのは皇甫 嵩(こうほ・すう)だった。
 まさかの人物に固まる三人に、皇甫嵩はしてやったりというふうに笑う。
「軍師とは貴公のことであったか」
「これは曹郎ではないか。久しいのぅ。漢丞相の大任苦労苦労。帝位追贈で漢室の逆徒となったことは惜しいのぅ」
 うぐっ、と詰まる曹操をそのままに皇甫嵩は次に孫権に視線を移した。
 孫権は彼のことは話に聞いたことしかない。
「文台殿のご子息か。覚えておるぞ。よく泣く子であったことよ」
 やさしげなその目は、孫を見る祖父のようだ。
 唖然とする孫権から、最後に硬直したままの劉備へ。
「盧子幹殿門下の風雲児か。──にしては、孝献帝存命のうちに登位するとは師にも似ぬ所業よの」
 はぅぅ、と痛いところを抉られて膝を着く劉備。
 三人を倒したところで満足そうに笑んだ皇甫嵩は、とどめの一言を発した。
「仕官したいのはそれがしではなくての。しかも貴公達にと望んでいるのでもないのだよ」
「それを、早く言ってください……」
 泣きたい気持ちを押し殺し、声を絞り出す劉備。
 けれど、相手が自分達ではないと言うなら……残るは一人しかいない。
 三人は頷き合うと、皇甫嵩に少し待つよう頼み足早にテントを出た。
 結果はどうだったのか聞きたくてウズウズしていたミツエは、入り口の幕を乱暴に押し退けて戻ってきた三人にパッと顔を向けたが、言葉を発する前に孫権に腕を引かれてテントの中に引きずられてしまった。
 一緒に待っていた親衛隊達も慌ててついていく。
「いったい何なの」
 と、孫権の手を振り解いたミツエは、じっと自分を見つめてくる皇甫嵩の視線に気づき、睨み返した。
 皇甫嵩はハッとしたかと思うと、畏怖するように平伏し、テントのさらに奥へ導いた。
 紗の幕をくぐれば、白羽扇を優雅に揺らしながら積まれた書類に目を通している二十代前半の女がいた。皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)である。
 伽羅はミツエの姿をみとめると、驚いて手から書類を落とし皇甫嵩同様、地面に手をついて出迎えた。
「これはこれは、このようなところにまさかおいで頂けるとは。菲才なれど郭隗の故事に倣い、四海に人材を求める陛下の令名を高めるべく、あえて策を弄しました。数々のご無礼お許しください」
 今までにない恭しい態度に若干引きながらミツエは、とりあえず伽羅に椅子に戻ってもらうことにした。
 伽羅の態度をナガンとガイウスが胡乱な目つきで見ている。それは伽羅が教導団の者だからなのだが。
 後ろでそんな目をしている者がいることなど知らないミツエは、伽羅と向き合って座るとさっそく質問を始めた。
「軍師を名乗るからには、これからのあたし達の動きについて最善の道を教えてくれるのよね」
 もちろんです、と頷く伽羅。
「陛下にはまず残虐憲兵を処断し、パラ実復興派の正統なる庇護者を名乗り、以って五校長会議の『良きパラ実は攻撃せず』に乗じ、宜しくキマク派の手薄な拠点を手中に収め善政を敷き、シャンバラに覇を唱え、しかる後に各校を威徳で圧伏し中原への足がかりを築くのが上策かと」
 一つ一つ頷きながら聞いていたミツエだったが、話が終わる頃には苦笑していた。
 ぽりぽりと頬をかきながら、これが他校との認識の差ってやつね……と呟く。
 伽羅の策は確かに堅実で良いのだが、おそらく上策すぎる。
 残虐憲兵の人身売買所では、近いうちにそれが露わになるだろう。
 けれど、彼女の献策を拒否はしない。ただし。
「他校をどうこうしようという気はないわよ」
 これだけは言っておいた。
 故に、険悪な状態の教導団にも構うつもりはない。向こうから仕掛けてくるなら話は別だが。
 同時に気になることもあった。これは、今ミツエ三国軍にいるすべての教導団の団員にも関することだ。
「今後あたし達と教導団がぶつかり合うことになったら、あんたはどっちにつくの?」
 伽羅は穏やかに微笑み、三人の英霊と親衛隊達を端から見ていくと、はっきりと答えた。
「王道を行く者を支えましょう。陛下に王道を歩ませしむることこそ輔弼の者の勤めと心得ております」
 劉備は頷き、曹操は微妙な表情になった。
 ミツエはというと、鋭い目つきで伽羅を見つめている。
「大雑把に言えば、あたしが暗君暴君にならない限りは味方するってわけね。じゃあ、こっちからも言うわ。裏切ったら地の果てまでも追いかけて復讐するわよ。追いついた先であんたが墓の下にいても、墓から引きずり出して死体を槍で突いて鞭打つから」
 ミツエの目は本気だった。
 そして最後は今話題になっている虹キリンのこと。
 伽羅は、これは必ずしも瑞兆とは限らないと言った。天下が治まっていないのに現れたのは、逆に凶兆である、と。
 伽羅はこれにも丁寧に意見を述べていく。
「孔夫子も『獲麟』を以って春秋を……」
「待って! 小難しい話はいいわ。要点だけ言って」
 伽羅は少しだけ口元を緩めると、簡単にまとめた。
「思うに、これは何人かの呪詛でしょう。が、凶兆と決まったわけでもなく……」
 全てを腐らせて突き進むなど確かに呪いのようだと、ミツエは思った。
「こちらにある生花の花びらをお使いください。これを陛下の歩む先に撒き、もしそれが腐ったなら凶麟の印でしょう。排除するのがよろしいかと」
 やってみるわ、とミツエは立ち上がり、花びらの盛られた籠を用意していた皇甫嵩からそれを受け取り、外に出た。
 一行の見守る中、ミツエは花びらを一掴み取ると、行く先にパッと散らした。
 はらはらと舞い落ち、最後の一枚が地面に乗る。
 しばらく変化はないかとじっと見ていたが、花びらには何の変化も起きなかった。
 ニヤリと持ち上がるミツエの口角。
「キリンは吉兆よ!」
 ますます捕獲成功の知らせが待ち遠しくなるミツエだった。

 無事仕官を果たした伽羅は、このことを報告するため携帯を取り出した。