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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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 普段は生徒と教員で溢れるイルミンスール魔法学校も、今日ばかりは外の賑やかさに引けを取って静かな雰囲気を醸し出していた。
「これは……石ですの? それにしては違和感を感じますけれど……」
 天井高く、広々とした講堂にやってきた一行の中で、『サイフィードの光輝の精霊』グレイスが壁に手を触れて首をかしげていた。
 イルミンスール魔法学校は主に大理石で作られているが、日常茶飯事的に起こる生徒同士の魔法による喧嘩、あるいは実験中の暴走による被害を抑えるため、極薄の結界による被膜がなされている。ちょうどフィルムのように大量に生産することができ、強度もそれなりにあるため、このような場所では重宝されている。魔法をうっかり発動させて壁を損傷してしまった生徒が、教員の監視のもと結界を『貼り直して』いる光景は、もはやイルミンスール魔法学校の恒例にもなっている。
「グレイスさんの住んでいるところって、どうなってるのかな?」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)の問いに、グレイスが壁から手を離して答える。
「わたくしの住処も、石造りですわ。精霊は自然に寄り添って暮らしていますの。……最近では、よく分からない建物が多く建てられているようですけれど」
「えっと、空京、だったかな? そこの建物の中に入ってみたけど、空気が淀んでいて、すぐに息苦しくなっちゃったよ。あれは外と中とを完全に遮断しちゃってるね。その点、ここは居心地がいいね。世界樹の中にあるからかな、流れが感じられる」
 『ウインドリィの雷電の精霊』コヨンが口を挟み、大きく伸びをした。
「そっか〜、じゃあ百合園に来てもらったとしても、息苦しくさせちゃうだけかなぁ?」
 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)の問いに、コヨンが首を振って答える。
「建物が優れていても、そこに流れる空気……雰囲気っていうのかな、それが良くなければ、やっぱり気分悪いよ。大事なのは、客人をもてなそうっていう心じゃないかな。キミの言う百合園ってところが、とても雰囲気の良いところだったら、ここと同じように楽しく過ごせると思うよ」
「そうなんだぁ。じゃあプレナ、いつ来てくれてもいいようにお掃除頑張るねっ。モップ掛けには自信あるんだよ〜」
 プレナが、今は持っていないモップをかける真似をしたところで、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)穂露 緑香(ぽろ・ろっか)の皆を呼ぶ声が届く。
「皆さん、お茶の準備ができましたよ。一休みしていきませんか?」
「自分は特製のラッシーを用意してきたっすよ。……本当は特製魔法スープといきたかったところっすけど――」
 言いかけた言葉を、プレナとマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)のこわ〜い視線を受けて緑香が引っ込める。
「じょ、冗談っすよ、冗談。ほら、飲んでみれば分かるっす」
「それじゃいただきま〜す……うん、おいしい! 甘くてとってもおいしいよ!」
「ほら、自分だってやる時はやるっすよ」
 緑香の注いだドリンクを口にしたララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が笑顔を浮かべる。それに惹かれるように、プレナとマグ、波音、そしてグレイスとコヨンもドリンクに口をつける。
「あら、甘さの中にも爽やかさがあって、意外と飲みやすいですわね」
「この苺、かな? それがうまく引き立てているね」
「そこまで言ってもらえるなんて、作ってきた甲斐があるってもんっすよ」
 グレイスとコヨンの賞賛の声に、緑香が笑みを作って答える。その隣でアンナが、魔法瓶に用意したジャスミンティーを一杯ずつ注いでいく。立ち上がる湯気からはほんのりとジャスミンの爽やかな香りが漂い、含んだそばから清々しい気分にさせてくれた。
「ここには何人くらいの方がいらっしゃいますの?」
 グレイスの問いに、波音が腕を組んで考え込む。
「えっと、あたしが入って来た時は1500って聞いてたけど、今どのくらいかな?」
「私も詳しくは知りませんが、3倍程度にはなっていると思います」
「すると5000か。さぞかし賑やかだろうね」
「わぁ、すごいねイルミンスール。百合園って今何人くらいかなぁ?」
「数えてないからアレっすけど、2倍いってないと思うっすよ、見た目」
「……これだけの人間を一所に集める組織が、わたくしたち精霊にどのように接するか気になっていましたけれど。……今日の一件で、少なくともあなたたちは良い人だというのが分かりましたわ。これからのことは個々の精霊に委ねられるでしょうけど、叶うならわたくしは、このイルミンスールという地で人間のことをもっと知ってみようと思いますわ」
「ボクも、少し興味が湧いてきたかな。いつかはイルミンスールだけじゃなく、キミの出身地にも足を運んでみたいね」
 少なくともグレイスとコヨン、二人の精霊には好感を持ってもらえたことに、波音とアンナ、プレナと緑香が顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「あのね、おねぇちゃん。ララ、おねぇちゃんにプレゼント作ってきたの! 受け取ってくれる?」
「マグもだよぉ。ララちゃんに分けてもらって、作ってみたんだ〜」
 ララとマグが、二人で一緒に作った、イルミンスールの森で採れた葉を詰めたアクセサリーをグレイスとコヨンに手渡す。
「ありがとう、大切にするわね」
「ミントのような爽やかさ、そして人間の心の温かさを感じるね」
 グレイスとコヨンにそれぞれ頭を撫でられ、ララとマグが嬉しそうに顔を綻ばせる。
 それからも一行の間に、楽しげな会話が途切れることはなかった。

「どうですの、イルミンスールは? 気に入っていただけたと思いますの」
「……ふむ……悪くはない、な……」
 エフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)にエスコートされている『ナイフィードの闇黒の精霊』セスカが、生徒の姿の消えたどこか寂しげに映る室内を眺めて、満更でもないとばかりに表情を緩める。
「……祭と聞いたが……騒がしいのは好まない。このくらいが俺には……丁度いい」
 安堵の溜息をつくセスカ、入り口でどうしようかと立ち往生していたところをエフェメラに「お話がありますの。少し宜しいです?」と半ば強引に連れ回され、ここに辿り着いていたのであった。
「私のイルミンスールには、ここだけじゃなくもっともっと素敵な場所がたくさんありますの。セスカさんセスカさん、いっそイルミンスールへ留学しますの」
「……それは……どうかな。今は静かだけど……また騒がしくなるかもしれない。それに……ナイフィードが一番落ち着く」
「んもー、そうは言ってもさー、精霊ばっかりで引き篭もっててもつまんなくない? 違う世界を覗くのは怖いかもだけど、それ以上に楽しい事も多いんだよん」
 リンクス・フェルナード(りんくす・ふぇるなーど)の言葉にも、セスカは首を縦には振らない。
「……申し出は正直、嬉しいが――」
「おい、悪いがあんたに選択権はねーんだ。YESかはいの二者択一ってな」
 それまで沈黙を貫いていたフォルトゥナ・フィオール(ふぉるとぅな・ふぃおーる)が、躊躇するセスカの首筋に抜いた剣をあてがいながら脅迫まがいの言葉を投げかける。
「これが主命なんでな、悪く思うな、よ……?」
 違和感に気づいたフォルトゥナが、手にした剣を引こうとして、どれほど力を込めても一ミリも動かないことに気がつく。
「……不思議な剣だ……だが、使い手が未熟では、この剣も哀れだろう……」
「なっ、てめ、何を――」
 言いやがる、それを口にする前に剣を引かれたフォルトゥナの身体が前につんのめる。そこに、風を切ってセスカの拳がフォルトゥナの腹を捉え、剣を取り落としたフォルトゥナがぐったりと床に崩れ落ちる。
「わぉ、さっすがいぶし銀、やり方まで渋さが漂ってるねん」
 リンクスの賞賛を無視して、セスカがエフェメラに歩み寄る。
「そんな、酷いですの。私がこんなに頑張ってますのに……」
「……絶対に断る、というわけではない。時が来たら……また会うこともあるだろう」
 そう言い残して、セスカがゆっくりとその場を後にする。

「……ここなら大分落ち着けるわね。風の精霊に呼ばれて来てみたのだけれど、騒がしい場所はどうも苦手で……あなたたちがここに連れてきてくれて、助かったわ」
 別の人家の消えた室内で、『ナイフィードの闇黒の精霊』アナタリアがようやく静かな場所を得たとばかりに安堵の溜息をつく。
「やはり、事前に調べた通りでしたわね。セリシアも、個体差はあっても大体、闇黒の精霊は静かな場所を好む、と言っていたわ」
 パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)の言葉に頷いた茅野 菫(ちの・すみれ)が、アナタリアの向かいに腰を下ろして尋ねる。
「こうして知り合ったのだから、あたし、あんたと連絡を取り合いたいな。ね、あんたたち精霊はどうやって連絡を取り合ってるのさ?」
「どう、と言われても、私には説明することはできないわ。今は世界樹があるから、私は力を使うことなくあなたとお話ができる。ここを離れてしまえば、いつでも声を届けることはできない。……もし、この仕組みを説明できる精霊と、それを理解できる人間がいたら、あなたと私もいつでも連絡を取れるのかもしれないわね」
 アナタリアの言葉を聞いて黙り込んだ菫に代わって、相馬 小次郎(そうま・こじろう)が声を発する。
「おぬしは普段、どのような生活を営んでおるのだ? そして、精霊は人との係りをどうしていきたいと思っておるのだ?」
「……人間と精霊とでは、生きる時間もその意味も違うわ。闇黒という一つの属性において、精霊は個であり全。起きている間は個として、そして眠りにつけば全として振る舞う、それが精霊よ」
「むぅ……分かったようなまったく分からんような説明であるな」
 首を傾げる小次郎の前で、アナタリアがさらに続ける。
「精霊は……急速にこの地で勢力を拡大しつつあるあなたたちに、危機感を抱いています。そして、あなたたちが精霊にどのような影響を及ぼそうとしているのか、見極めようとしています。……そう、かつてこの地を治めた王国に連なる者たちとなるのか、またはその王国を滅ぼした者たちに成り果ててしまうのか、と」
「それは、シャンバラ王国と、鏖殺寺院のことかしら? あなただけがそのことを知っているの?」
 パビェーダの問い掛けに、アナタリアは首を振って答える。
「精霊は全て、この記憶を備えているはず。今は忘れてしまっている精霊もいるかもしれないけど、皆、知っているはずよ。王国の繁栄を、そして、滅亡までを」
 アナタリアが話し終え、辺りに沈黙が降りる。その沈黙は、二つの声によって打ち破られた。
「お、おい、そんなに怒るなって! 何でも言っていいっつったから言っただけだろ!?」
「そうは申しましたが、程度が過ぎます! 購買のパンを全部買い占めでもしたら、他の生徒や精霊が困ってしまうでしょう? それにエリザベート様の肖像画に落書きをして、ボクもちょっとやってみたかったけど、ただで済むとお思いですか?」
「ちょっとまてお前、今なんか言わなかったか――」
「ともかく、聞き分けの無いご主人様には、お仕置きです! ジュレ、ご主人様を捕まえなさい!」
「気が進まぬが……許せ」
「なっ、い、いつの間に!?」
 後ろから現れたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)に羽交い絞めにされた『ナイフィードの闇黒の精霊』カカが、メイドの格好をしたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に組み敷かれ、さらけ出されたお尻を叩かれる。
「誰かの事を思いやる気持ちは、精霊も人間も変わりありません。ご主人様にはそのことをよくよく分かっていただきたく思います」
「わ、分かった、分かったから、こんな恥ずかしい真似は止めてくれー! うう、誰にもぶたれたことないのに……
「十分反省しているであろう。その程度で止めてやれ」
 『お尻ぺんぺん』をしていたカレンが、ジュレールの言葉もあってカカを解放する。
「申し訳ありませんでした、ご主人様。ですがこれもご主人様を思ってのこと、なにとぞご理解いただければ幸いであります」
「お、オレもワガママ言っちまったからな……これからは気を付けるよ。……うし! 次はどこに連れてってくれるんだ!?」
「それではご案内いたします、ご主人様。……ジュレ! 行きますよ!」
「まったく……いつまでこのような芝居に付き合わねばならぬのだ……」
「ジュレ!」
「……今、行く」
 カレンに呼ばれたジュレが溜息を残して、その場を立ち去っていく。
「……個体差がある、とは聞いていたけれど……」
「あそこまでとはね……」
 一部始終を目撃していた菫とパビェーダが、顔を見合わせて感想を口にした。

 学校内に特別に設けられた各学科の展示コーナーを、『ナイフィードの闇黒の精霊』ヨルムを連れた和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が案内していく。
「えっと、まっすぐ行った先が魔女術学科の展示で、そこから右に曲がった先が錬金術学科の展示みたいだな」
「ほう、なかなか興味深い展示がされているようだな。では、手近なところから回っていくとしよう」
 精霊祭準備委員会が何時の間にやら用意した案内図を片手に先導する樹の後ろを、長身、黒の短髪という風貌のヨルムが付いていく。さらにその後ろを、樹を見守る形でフォルクスが歩いていく。
(周りに危機は……感じられないな。しかし、樹は案外、こういった仕事に向いているのかもしれないな。ここは樹に任せるとしようか)
 フォルクスの思惑をよそに、これまでまとめられたレポートを張り出した展示の前で、樹とヨルムの会話が交わされる。
「ふむ、よく調べられている。僅か数年という期間を考えれば、大したものだ」
「そうなんだ。……俺、難しいこととかよく分からなくてさ。ここには凄い大切なことが書かれているって知っても、内容とか全然分からなくて」
 ヨルムの視線を受けながら、樹が言葉を続ける。
「……でも、フォルクスに会って、パラミタに来て……色々あって、俺、この世界のことが好きだなぁって思った。精霊のことも、もちろんヨルムさんのことも知らないことだらけだけど……もし、俺がこれから色んなことを知って、そのことで誰かが幸せになれたり、苦しみから解放されたりしたら、いいな、って思うんだ」
「……知識の探求には際限がない。個人では途方も無い作業であると言えよう。……それでも求めてしまうのは、人間も我ら精霊も変わるところはない。何より、純粋に知りたいと思うことを知りに行く姿勢は、失われるべきではないと考えている。……ここの者たちは、その姿勢に満ち溢れている。それは尊いものではないだろうか」
 ヨルムの言葉に、樹が頷く。

「これで、一通り学校内は回ったよ。結構歩いたから、そこで一休みしましょう」
 言って十六夜 泡(いざよい・うたかた)が『クリスタリアの水の精霊』ユリネを連れて学校傍の石段に腰を下ろす。胸のポケットに収まっていたリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)が飛び出して、泡の頭にちょん、と乗る。
「世界樹の中なのに、水が流れているのね。……綺麗な水だわ」
 ユリネが、学校をまるで堀のように囲んで流れる水を、その透き通るような肌をした手に掬う。指の間からこぼれ落ちた雫は、差し込む光を受けて宝石のように輝きながら、また流れに戻っていく。世界樹イルミンスールが生み出した水は、魔法学校を外敵から守る結界の役目を果たしていると共に、生徒たちの癒しとしても機能していた。
「ユリネさんの住んでいるところにも、きっと綺麗な水の流れがあるのでしょうね」
 水に指を浸しながら、泡が尋ねる。季節は冬、イルミンスールに流れる水もまるで身を切り裂かんばかりに冷たいが、歩いて火照った身体にはそれが心地よくもあった。
「そうね。上から下に向かう流れがあって、上の水は永久に融けない氷となって存在しているの。そこでは氷や雪の精霊が暮らしているわ。わたしたち水の精霊はそれよりも下流で、清らかな水の流れと共に暮らしているわ」
「へえ、一度それを見てみたいわ。精霊の住む世界って、純粋に興味あるもの」
「わたしも、人間がどんな暮らしをしているのか、知ってみたかった。だから、こうしてここに来ることができて、とても嬉しい。……あなたのような優しい人に出会えたことも、ね」
 周りを飛び回るリィムと戯れながら、ユリネが微笑をたたえて告げる。その何とも形容しがたい美しさに泡が目を奪われていると、空から3つの影が近付き、二人の傍に舞い降りてくる。
「はぁ〜、リンネちゃん疲れたよ〜。ちょっと休ませて〜」
「もー、お祭りはこれからだよ、リンネ! へばってる場合じゃないよ!」
「カヤノ、リンネさんは忙しかったんだから、休ませてあげましょう」
 流れる水に顔を浸して疲れを癒すリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)を、カヤノが早く早くと急かし、レライアがまあまあとなだめる。
「3人ともお疲れさま。今ちょうどこの子とお話していたところだったんだ」
「こんにちは。わたし、ユリネっていいます。えっと、カヤノさんと、レライアさんですよね? お二人のことは伝えで聞いています」
 ユリネがカヤノとレライアに挨拶し、同じ属性ゆえかすぐに打ち解けた一行は会話に花を咲かせていた。
「ありがとね、お祭りに協力してくれて。みんなの協力がなかったら、きっと上手くいかなかったよ〜」
「いいよ、私も精霊とは友達になりたかったし。皆そう思っているから、力を貸してくれてるんじゃないかな」
「うん! リンネちゃんも、もっとたくさんの精霊とお友達になれたらいいな! ……そろそろ、時間かな〜」
 立ち上がったリンネが、空の一点を指して振り返り、疲れを微塵も感じさせない笑顔で告げる。
「精霊祭はこれからもっともっと盛り上がっていくよ! 今日はめいっぱい楽しんでいってね!」
 言葉と同時、巻き上がった炎がまるで幕が上がるかのように空に上り、細かな輝きを残しながら消えていく。
 魔法によって演出される『精霊祭』、その本格的な始まりを告げるかのように――。